2019年07月26日

メタボな主人と3度目の富士山。めざせ、剣が峰!(その18)3日目。わたし、宝永山火口に萌えてます!

メタボな主人と3度目の富士山。めざせ、剣が峰!(その17)3日目、大砂走はエンターテイメント! より、続いています。

ざくざくと降りるのが超・楽しかった大砂走りの分岐点から…
初日に、富士宮ルートで横目に見ながら登ってきた「宝永山」のほうに向かいます。


宝永山とは。

富士山の、静岡県側(南東)の山腹にある「富士山最大の側火山」です。
宝永山噴火口は直径約1,000m以上あり、山頂火口の約700mを超える大きさなのです。
※側火山(そくかざん)とは、複成火山の主火口以外の場所での噴火活動で形成された火山性地形のことです。

江戸時代中期の1707年(宝永4年)に、富士山の噴火が起きました。
これが、一番最近に確認されている、(いまのところ)富士山の最後の噴火なのですが…。

その爆発の規模たるや、かなりのもので。
富士山周辺への影響が甚大なのはもちろんのこと、降灰は関東一円に届いたのです。
もちろん、江戸の街へも灰が降りました。


Wikipediaより抜粋しますと…
現在の御殿場市から小山町(御厨地方)は最大3mに達する降下軽石(噴火初期)、降下スコリア(中期から後期)に覆われた。家屋や倉庫は倒壊または焼失し、食料の蓄えがなくなった。田畑は『焼け砂』(スコリアや火山灰など)に覆われ耕作不能になり、用水路も埋まって水の供給が絶たれ、被災地は深刻な飢饉に陥った。

火山灰は関東一円に降り注ぎ、農作物に多大な影響をもたらした。

被災地の管轄は、小田原藩以外は幕領や旗本知行地が多く細分されていたが、幕府は全国各藩への石高に応じた課税により資金調達し被災各地の復興に努めた。小田原藩では自力での復興は無理であると判断し、領地の半分を幕府に差しだし救済を求めた。しかし、噴火から20年以上を経ても復興できない地域が多くあり、小田原藩の米の収量が元に戻るまで90年程を要した。

酒匂川流域では、堆積した火山灰(富士山周辺で推定40cm)により水位が上がり堤防が決壊し、水没する村が続出した[9]。大岡越前守忠相に見出された田中休愚が徳川吉宗の命を受けて享保11年(1726年)から復興に当たった[10]。

そして山体には、ぼっこりと大きな火口の穴が空きました。
この「宝永山」は、現在の富士山の地形の中で、もっとも特徴的な地形と言ってもいいでしょう。

「富士山の地形萌え」な私が、頂上のお鉢巡りに次いで楽しみにしていたのが、この宝永山を通ることでした。

大砂走りの分岐点から、宝永山の山頂を見たところです。
ここをスタートしたのが7時5分頃。
IMG_7294_1.JPG

山頂はすぐそこ、なのですが…
なんか道が細く見えるうえに、この時は風がめちゃくちゃ強かったのです!
なんか、吹き飛ばされそう!?
IMG_7304_1.JPG

宝永山山頂への道は、歩いてみたらそんなに細くはなくて、そういう意味では怖くはなかったのですが…
この時はとにかく、風の強さがハンパなかったのです!

大砂走を下ってきて、わりと暑くなっていた私は薄着になっていたのですが、
「このまま、この風にさらされ続けたら、低体温症になるかも!」
と、思いました(^^;

※低体温症とは、体温が下がりすぎて「正常な生体活動の維持に必要な水準を下回ること」を言います。
山登りなどで、雨や風などで寒さにさらされ続けると、わりとなりやすい症状です。富士山は夏の登山でも低体温症になる人はけっこう多いのですよ。

必死に急いで歩いて、宝永山の山頂に着いた私は…ソッコーでレインウェアの上着を出してきてはおろうと思いましたが…
風が強すぎて、レインウェアが飛ばされそうで、しゃがみこんで必死に上着を着ました(^^;

宝永山の山頂に着いたのが、7時30分頃です。
登頂気分を味わいたかったですが、とにかく風が強くてそれどころではありません!(^^;
山頂部分に置いてあるモニュメント?の写真だけ撮って、さっさと降りることにしました。
IMG_7306_1.JPG
このモニュメントには、どの方角に何が見えるかなど書いてありましたが、この時は全然眺望もなく、風も強くてそれを確かめるどころでは…、(笑)

宝永山山頂から見た周囲。ほぼ曇りで、あまり遠くは見えません。
IMG_7308_1.JPG

さて、宝永山山頂を降りていきます…
つまり、行く先は「火口の中」なのですよ!
IMG_7311_1.JPG

いや〜、この宝永山火口は、大迫力でした!
火口の範囲が広すぎて、写真に上手く映せないのがすごく残念でしたが…
ものすごい、スケール感だったのですよ。

IMG_7316_1.JPG

本当に火口は大きくて、宝永大噴火の凄さをあらためて感じました。
火口地形のど真ん中を歩けて、私はもう、楽しくて楽しくてしかたなかったのです!


こんなこと言うと不謹慎かもしれませんが、私、富士山の噴火に巻き込まれて死ぬなら本望かと…(笑)
そのくらい、富士山とか噴火とかが好きなんです(^^;

宝永山からの下りは、大砂走りの砂質にも似ていたので(もうちょっと大粒でしたが)勢いよく、ざーっ、ざーっ、と降りていくことができて、楽しかったです。
昨年通った「吉田口ルート」の下山道(ブルドーザー道)の砂質とも似ていました。
昨年の下山はだいぶ苦労しましたが、今年の脚力があれば、前よりはだいぶ楽に下れるような気がしました。

火口のど真ん中には、巨大な噴石がいっぱいゴロゴロしていました。
ここに到着したのが8時過ぎです。
↓噴火している時は、この大きさの岩が、飛ばされていたってことですよね…、すごい力ですよね…、
IMG_7324_1.JPG

「宝永第一火口」の底から撮った、周囲のパノラマ写真です。
パノラマにしてもまだ、このスケール感が表現できなくって悔しいです!(笑)
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さて、大興奮、大満足の宝永山火口を抜けて…
これから向かうのは、富士宮口の六合目となります。

(つづく!)

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【おまけ:今日の雲】
今日は夏空が綺麗でした!
いっぱい、雲の写真を撮ったので、載せてみます(^^)

ぽっかりした雲が、金魚っぽい!と思って撮りました(笑)
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posted by はなずきん at 20:43 | Comment(0) | 富士登山記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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