2016年11月30日

母と子の剣道日誌(121)初段に向かって打て!(3)深夜の自宅前特訓!?

母と子の剣道日誌(121)初段に向かって打て!(2)努力を認めてもらえない悔しさ。から続いています…。


私は主人に言いました。

「私が剣道を始めたばかりの頃、全然体力もなくて、動きもできてなかったって知ってるでしょ。
そこから今までかけて、やっと人並みまで体を作ってきたんだよ。
人より遅いけど、少しずつは上達してきたって思ってた。

少なくとも、体力は同年代の女性の中ではあるほうなんだよ。
それだけでもほめてもらってもいいじゃない。
一生懸命がんばってても、剣道の技術が向上していなければ、あなたには評価されないんだね。」


「いや、たしかにお前の体は前に比べたら全然できてきてるんだよ。
体幹の筋肉はかなりついてきたし、体力もだいぶついてるようだし、それは感じてるよ。
でもだからこそ、もっと剣道もできるようになったと思ってたんだよ」


「そんなの、あなたの勝手な思い込みじゃない。

私は自分ができてないって自覚はあるよ!
いくらやっても、地稽古だと面が入らないんだから。

筋肉も体力も前よりついてきたのに、なかなか上手くならないのはなんでだろうって、いつも思ってる。
自分のどこが悪いのか、人に聞いて直そうともしてるよ。
でも、面を早く打てるコツがどうしてもつかめないんだよ。

それでも、続けていればいつかわかるだろう、と思ってやってる。

でも、肝心の有効打突が取れるようになってないんだから…
自信なんて、全然ないんだよ。」


「お前も、3年やってるんだし、自分では上手くなっている部分もあると思うんだろう?
なんで、そんなに自信ないんだよ。
もっと自信持ったっていいんじゃないのか」


「あなたが”お前は全然できてない”って言ったくせに…、
自信持っていい、なんて、矛盾してるじゃないの?

もともと自分は他の人よりできてない、って思ってるのに、
さらにあなたにそんな事言われて、自信なんて持てるわけ、ないじゃない!

でも、前の私に比べたら、はるかにマシになってるはずだよ。
私はセンスもないし、ちょっと無理すると体もついていかないけれど、
それでも、少しずつでも上手くなれればいい、と思って稽古を続けてるんだよ。」


すると主人は

「おまえ、もっと上手くなりたいんだろ?」

そう言って、玄関に置いてあった竹刀を持ってきました。

「俺に向かって、面を打ってみろよ!」

主人は部屋の中でやろうとするので「危なくてできない」と言ったら「じゃあ外でやろう」と。
あの〜、もう、夜の12時を過ぎてるんですけど!


でも、ここまで来たら引っ込めません。
私と主人は竹刀を持って、外に出ました。
(ご近所の方、深夜にうるさくて、すみませんでした


主人は防具もつけていないのに、私に「面を打ってみろ」と言います。
「危ないよ、当たっちゃうかもよ」
「いいよ、当たっても」


ええー、と思いましたが、そう言われては仕方ありません…
竹刀を持って構えている主人に向かって、寸止めで面を打ちました。

「やっぱり、お前の竹刀はなんだか遅いんだよ。
剣先に感覚が行ってないんだ。
ただ「振る」んじゃなくて、相手の打突部位に”ヒットさせる”つもりでやってみろよ。

俺の頭に、スズメバチが止まってると思え。
これを打ってあげないと、危ない!
だけど相手は気づいてなくて、竹刀をよけようとするんだよ。
でも、なんとしても、叩かないと!

そんなつもりでやってみな。」

主人はただ構えているだけでなく、地稽古のような状態で打ってみろと言います。
昔やっていただけあって、動きも竹刀の捌きも私より全然こなれていて、打とうと思ってもよけられてしまい、なかなか打ちこめません。
でも、言われたように、「叩く」感覚でなんとか打ちこもうとしました。

何度かやっているうちに、やっと面らしきものを入れられました。
そんなにビシっと入ったわけではないのですが

「そうそう、さっきよりは全然良くなったよ。
その感覚で打つように、これから気を付けてみなよ」

そして、なんだかんだで1時間くらい、深夜の路上で稽古をしたのです…。

なんですか、夫婦喧嘩からのこの熱血な展開は!?
いったいなんでしょう、この夫婦(笑)

確かに、主人に言われた内容はもっともだったし、私の弱い部分を気づかせてくれました。
稽古をつけてくれたことはありがたい、と思い、その日はそれで終わりました。



でも…人が必死に努力しているものに対して「できてる」か「できてないか」という見方しかできないのか、という事がどうにもひっかかります。

剣道は私の仕事でもなければ、代表選手でもない。
私はもちろん強くなりたいけれども、それが目的で剣道をやっているわけではなく、強くなるために努力をする事に意味があると思っています。

それに、私なりに一生懸命努力しているのに、体や才能の限界があって、トレーニングも稽古も思うようにはできてないのです。
でも、剣道が好きだから続けているのです。

それなのに「上手くならなければやる意味がない」と言われているように感じました。
主人は「そんな意味で言ったんじゃない」と言いますが…。

私の先生でもない、稽古仲間でもない、ふだんの稽古の様子すら見てないうえに、中学以来剣道をやってもいない主人から、なんでここまで言われなきゃいけなかったのか。

主人が仕事に行ってから、またふつふつと怒りが湧いてきてしまいました…。



子供が学校に出かけて、家でひとりで洗濯をしながら、そのことを考えていたのですが…。
私がどういう想いで剣道を続けているのかを知らない主人から、結果だけを見て「ダメ出し」をされたわけです。
自分が「できてない」ということを主人にあらためて突きつけられて、本当に悔しくて、ひとりでボロボロと涙を流しました。
今、このブログを書いていても、この時の気持ちを思い出して涙が出てくるくらいです。


うちは夫婦喧嘩をしたら、折れるのはたいてい私のほうです。
いつもは、夫婦の間がぎくしゃくしていること自体に疲れて、相手のほうが悪いと思っていても歩み寄ろうとしますが、この時ばかりは、私の怒りは収まりませんでした。


結局、主人が仕事から帰ってきてから、
「結果だけを評価するのでは、人の心は動かない」ということについては、改めて文句を言いました。

それからいろいろと話して「夫婦の間」としては和解をしましたが、
審査直前だというのに、自分はそこまで「できてない」のだ、ということが、心のどこかにひっかかったままでした。



しかし、私の打ちが弱いのはなんでだろう?とあらためて考えたのですが…
もちろん、私の力不足もあるのでしょうが、それだけではなく、今使っている竹刀が私には長すぎるのかも、と思い当たりました。
私は身長が高いので39の竹刀を使っていましたが、長いので竹刀がコントロールしづらいのかも。
当会の他の女性に聞いてみたら、みんな38で、39の竹刀を使っている人はいませんでした。

そう思って、以前使っていた38の竹刀を出してきて比べてみました。
なぜかこちらのほうが重く感じるのですが、その分しっかり振れるような気がします。

また、今使っているのは、小判型の39の竹刀だったのですが、どうも振るとふらついています。
ちょっと前まで、同じ竹刀のモデルチェンジ前のものを使っていましたが、ささくれたので新しくしたのですが…ささくれていても、素振りをする分には問題ないので、前のものを家での練習用使っていました。
それと新しいのを振り比べてみたら、同じシリーズの竹刀なのに、今使っているものは軽く感じて、かえってまっすぐ振りづらいのです。
前買ったのが使いやすいと思ったので同じシリーズを買ったのですが、今のは使いづらいことに気づきました。
主人も、新しい竹刀を振ってみて「なんだかこれ、やりづらいな。これじゃないのを使ったほうがいいよ」と言います。

なので、最近稽古に使っていた39の小判型の竹刀を使うのはやめ、別の39の竹刀と、以前使っていた38の竹刀を使って、どれが一番打ちやすいか試すことにしました。
まだ試している途中なので、どれがいいのかの結論は出ていませんが、とりあえず初段審査は38の竹刀を使ってやることにしたのです。


(続く)
posted by はなずきん at 10:54 | Comment(2) | 親子で剣道3剣友会編(初段まで) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はなずきん さん

まあ、いいご夫婦ではありませんか(^_^)

きっと、ご本人同士は、本気で喧嘩されているのでしょうけど、喧嘩するほど仲が良い、という印象ですよ。

うちは、ほぼ喧嘩はしません。つまり、そういうことです。

ちなみに、私も、一級は39の竹刀で受けましたが、剣友会の先生に「ずいぶん重たい竹刀使ってるんだねえ」と言われて、馴染みの武道具屋さんに相談したところ、お店で一番手にフィットする38の竹刀を勧められまして、結局初段は、38で受審しました。

私自身、まだちゃんとできていないのですが、よく素振りの時に、「ただ竹刀を上下させるのではなくて、最後、手の内を効かせて、剣先のスピードを出せ」と言われますね。そういうことでしょうか?
Posted by 麻子 at 2016年11月30日 11:16
麻子さん

この当時は、ちょっと夫婦間もぎくしゃくしていたんですよ。
これをきっかけに、お互いたまっていた事を吐き出して、いい方向に行けたかな〜という感じです。


麻子さんも、結局38にしたのですね。
年配の女性は39を使いこなすのは難しいのかもしれませんねえ。


主人が言う「ヒットさせる感覚」というのは、手の内を効かせる、とほぼ同義かなと思います。でも、主人の「止まっている蜂を叩け」という説明のほうが感覚的にわかりやすかったですね。
最近はそれを思い出しながら、稽古しています。

竹刀を変えたからなのか、感覚が少しつかめたからなのか、前よりは打ちがしっかりしたような気がしています。これを忘れず定着させたいです。
Posted by はなずきん at 2016年12月01日 16:24
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