2019年05月23日

母だけの剣道日誌(43)剣道の「ここが苦手かも」と思っていたところ。(その2)説明が足りない、反論ができないのが、不信感につながるのでは。

母だけの剣道日誌(42)剣道の「ここが苦手かも」と思っていたところ。(その1)下手な人にも、楽しめる場があれば。 より続いています。


剣道の稽古ではよく「自分より上の人にかからないと、上手くならない」などと言われますが…それは、ある程度のレベルをクリアしている人にしか当てはまらないのではないでしょうか。

まだ、ろくに一本も取れないような私が、はるかに上のレベルの人にかかっていっても…
こちらからは全く隙が見えないので「何をしたらいいのやら」という感じなのです。

「こういうことを教えたい」という意図があって、それを上手く伝えてくれる人が相手ならともかく…
そうではない「上級者」と稽古しても、こちらは何もできなくて失望感を感じるだけ、ということはよくありました。


実際、あまり親交のない上級者にかかっていった時に
「いったい、この人は私に何を教えたいんだろう」
と感じたことは、けっこうたくさんあります。

何度打ちにいっても、ただよけられたりさばかれて、こちらにはガンガン打ち込んできて。
こういう人に限って全力でガッツリ打ってきたりして、泣きそうなくらい痛かったりします。こちらは女性で初心者なのに、手加減なしですか〜?
もしかすると、ただ「打ち込み台」にされているだけなのでは!?と感じることも時々ありました。

稽古が終わった後にあいさつに行くと「ここができていません」と言われますが…
そういうのは、稽古の最中に言ってくださいよ!と思います(^^;

子供とか学生とかの若かったり、大人でも運動経験があったり、ある程度の実力がついている人なら、そういう「体に教え込む」やり方もアリかもしれませんが。
初心者に毛が生えた程度の年配の女性が、打ってもただよけられて、ガンガン打たれるだけでは…「痛いしもう勘弁してほしい」という発想にしかなりません。



打つべき時がよくわからないけど、自分から行かなきゃ!と思って打ち込むと「”当たるだろう”という剣道はダメ」と言われ…
「どうやったら隙ができるんだろう」と探っていると「待ってばかりじゃダメ」と言われ。
まれに「今なら打てる」と思って打って行っても、自分が打つのが遅いせいか当たらなかったり、よけられたり。

特に、相手がはるか上のレベルだと、
「相手には、こちらが打って行くことは丸わかりなんだろうな」
という絶望感しかありません。

「待ちすぎてもダメ」「やみくもに打ってもダメ」と言われるのは、まあわかるといえばわかりますが。でも「じゃあ、いつ打って行けばいいのか」なんてことは、鈍い人にはなかなかわからないのです。
そもそも、レベルが上すぎる人に、当たるわけがないのです。経験が浅くても当てられるような人は「センスがある人」です。

私でも、同じようなレベル、あるいは自分以下のレベルの人になら、当たることはあります。でも、そういう機会自体が、ほとんどないのです。それなのに、上の人ばかりにかかっていては…いったい、いつになったら一本の取り方がわかるのでしょうか。

「一本が取れない人」は、剣道の楽しさがなかなか味わえない人とも言えます。
勝つ経験がめったにできず、いつも注意されてばかりでは…モチベーションも下がってしまうでしょう。
でも、そのことに配慮をしてくれる先生はあまりいません。


「めったに一本が取れない人」に対しては、「できる人」とは別の指導が必要だと思うのです。
同じくらいのレベルの人とやる機会を増やすとか、地稽古でも「約束稽古」的なものをやるとか。

やっぱり、同じくらいのレベルの人が相手のほうが、稽古している時に安心感があります。
「できないこと」のレベルがだいたい一緒だから、できていなくてもあまり恥ずかしくないし。できるまで同じことを繰り返したい、という気持ちも似ているので、「私はこれをやりたい」ということも言いやすい。

これだけ稽古をしてきてある程度慣れている私でも、体格のいい男性に当たるのは気がひけますし、実力が上すぎる人に当たると、本当に何をすればいいのかと悩んでしまいます。通常の稽古の時に、無用に緊張を強いられることが多いのはどうなのかな…、と思います。

また、相手が自分よりはるかに上手い場合は
「この人は、自分を相手にしているよりも、自分自身が上手くなるような稽古をしたいのではないか」
などと考えてどうしても遠慮してしまい、なかなかやりたいことが言えなかったりします。


こういうことも、「偉い先生」にはなかなか言えません。
言ったこともありますが、なかなかわかってもらえなかったりしますし…。
やっぱり「できる人」にはわからないのかなあ、なんて感じてしまいます。



あと、よく言われるのは…
「先生によって教えることが違う」
ことも、困った部分です。

とある先生に「こうしなさい」と言われたから、それを一生懸命やろうとしてきたのに…
別の先生に「それじゃダメだよ、こうしないと」と、バッサリやられたりします。


それは「目指しているところは同じだけれども、通る道筋が違う」というだけのことなのだ…と言われますが。

特に出げいこに行った時など…
自分の会の先生に言われたことを、何年間もかけてやっと身に着けたのに、それを否定されることもあります。
その場では、そこの先生の教えに従ってやってみるのですが、私のような不器用では、そんなにすぐに言われた通りにはできません。
その会では「当たり前」のことが、私にはできなかったりすると…何年もやってるのに、この程度のことが習得できてないのか、と思われてるのかな、なんて感じてしまいます。


先生によって教え方が違うのは、ある程度は仕方ないでしょう。
(でも、同じ会の中では統一してほしいですが〜!)
でも、自分が努力して身に着けてきたものを「それはダメ」と言われるのは…なんだか理不尽だなあと感じます。それは、教えられている側が、反論できない空気があるからではないかと思います。

剣道の高段者は、自分のやり方に信念がある方が多いからなのでしょうか。
自分と違うやり方をしている人に対して「そんなやり方じゃダメ」という言い方をする人が多いように感じます。
(もちろん、そうではない腰の低い先生もたくさんいらっしゃいますが…)

人に何かを教える以上は、ある程度は断定的な物言いをせざるを得ないところはあるでしょう。
でも、「あれ?教わったことと違う?」と思った時に、それをこちらから聞きづらい空気があるのです。

私は、SZ先生やSG先生に教わっている時であれば…
「他の先生にはこうしろと言われたのですが」と聞けますし、先生に要求されていることの理由がよくわからない、と思えば質問しますが。
ご年配の高段者の先生とか、他の会の先生などには、そういうことを聞きづらいです。

まして、子供なんかは「前教わったことと違う、どっちをやればいいの?」と思っていても、質問すらできないようです。
うちの息子も、私には
「なんで、同じ会の先生なのに全然言うことが違うんだよ〜」
と愚痴っていましたが、その場では言えないようですよね。


「先生への反論は許されないような、厳しい師弟関係があって築かれるもの」もあるでしょう。
本当に強くなっていく方は、きっとそんなことは乗り越えているのでしょうけれども…。

でも、そうではない剣道の形も、もっとあっていいのではないか、と思っています。


私は、二段を取得してから1年半が経ち、受審まであと半年を切りましたが…つい昨日まで、剣道形の6、7本目を全く覚えられていませんでした。覚えたい、やりたい気はずっとあったのですが、それを先生に教えてもらえる機会がなかったのです。

当会には、私以外に三段を受ける予定の人がいないせいか、形をやる時間があっても、なぜか他の人と一緒に「小太刀」をやらされました。今年、四段以上を受審する予定の人は生徒の中にはいないのに、です。
初段や二段受審予定の人がいる時は、私はそちらの相手をさせられたのに…私には、いつまでも6、7本目を教えてもらえませんでした。

他に三段を受ける人がいるからしょうがないのか…?と思っていましたが…
一回だけ、形の稽古の時に二段を取得した中学生がいて、6、7本目をやることになったので「私もあっちに行ってもいいですか?」と先生に聞いたら「あなたは、小太刀をやってください」と言われたのです。

6、7本目は特に、相手がいないと非常にやりづらく、動画を見て覚えるだけでは限界があります。
これまで何度も「まだ、6、7本目を覚えていないので覚えたいのですが」と大人担当の先生に言ったのですが…なぜかあまり取り合ってもらえませんでした。
「小太刀が終わったら太刀をやる」みたいなことを言っていたので待っていたのに、小太刀が一通り終わったら、形稽古は終わってしまいました。

先生には先生の考えがあって、小太刀を優先して教えていたのだとは思いますが。
私みたいなのは、覚えてから何度も繰り返さないと身に着かないので、直前にやるのでは遅いのです。
審査に必要であり、本人がやらせてほしいと言っているものを、なんで教えてくれないのだろうか。その理由をきちんと説明されることもなかったので「理不尽だなあ」と思い、これまでは信頼していたN先生に対する不信感を、強く感じてしまったのです。

それが、先日の「試合稽古で、剣道をやる気を失った」のに、結びついてしまったのだ…と思います。


昨日の稽古では、来年2月に三段を受審するSWさんが来ていたこともあり、
「どうしても6、7本目を覚えたいんです!」
と言って、自由稽古の時間にSG先生をつかまえて教えてもらい…やっと、通して稽古することができました。
ここまで自分で主張しないと、審査に必要なことすら教えてもらえないなんて…


また、他の会はどうなのかわかりませんが、当会では、審査を受ける人が少ない時には、なかなかその審査のための稽古をしない時があります。
別に意地悪でそうしているわけではないのでしょうが、おそらく「審査を受ける人がいることをさして意識していない」か「審査稽古をさほど重要視していない」(ちょっとやればなんとかなると思っている?)のでしょうか。

でも、1級、初段あたりを受ける人は、まだいろんな経験が足りないことも多いですし、どういう稽古をやればいいのかも自分でよくわかっていません。審査形式の稽古をしっかりやってくれたほうが、安心して受審できるはずです。
しかし当会では「直前に気が付いたらちょろっとやっている」ようにしか思えません。たまたまその時に審査を受ける人が休んでいたら、その稽古が受けられていないまま受審、ということだってありました。
学科のことも、ちゃんと事前に先生に見せたほうがいいとか、そういうことも伝わってなかったり。

審査の予定なんて、4月には全部わかっているのですから。
先生がきちんとスケジュールを立てて、必要なことは伝えて、本人がきちんと来るように促してやってほしい、といつも感じているのですが…。

審査の付き添いも、あったりなかったりで。うちの次男が初段を受けた時も、私は付き添いましたけど…その時は先生は、来ていませんでした。先生が付き添っていることのほうが多かったのですが、どういう基準でそうしているのかよくわからないのです。

先生は「全体を見て」はいるのでしょうが、個々の事情に対して細かく配慮してはもらえません。
初心者のうちは「どういう準備が自分に必要なのか」もわからないのに…。私はいつもそれにやきもきしていて、必要なことが伝わるように、個人的にアドバイスしたりしていましたが…
なんか、もうちょっと「会として」初心者に優しくしてもらえないのかなあ、といつも感じています。


(続く)

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posted by はなずきん at 11:42 | Comment(10) | 母だけの剣道1(三段に向かって) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする