2019年05月26日

母だけの剣道日誌(46)剣道の先生は「できる人」が好き

なんだか、告発シリーズみたいになってきましたね?(笑)
私、よっぽどたまっているものがあったんですかね…?

私は、同じような経験年数の、同年代の女性に比べれば、だいぶいろんな経験や見聞をしているほうかな、と自負していますが…。
稽古の出席率も高いですし、会の行事もほぼ休んだことがなく…いろんなことを知りたいと思っていましたから、たくさんの人に話も聞きました。それだけに「う〜ん、ここはなあ…」と感じていることも、人より多いのかもしれません。

今までは
「嫌な部分よりも、剣道の魅力のほうが上まっていたから」
ということもあり、あんまりそういうことは書かないできたのですが…
もう、ここまで来たら徹底的に書いちゃいます!(^^;


「剣道の先生は、自分ができる人なので、できる人のほうが好き」
ということこそ、なかなか上手くならない人に目が向かない原因のひとつなのではないかと私は感じています。


だから、剣道の稽古は「できる人」向きな内容が圧倒的に多いのではないでしょうか。


それは、大人だけではなく、子供の剣道を見ていてもそう感じます。
特に「強い団体」の先生はその傾向が高いと思います。

以前、警察で剣道を習っていた時。
次男が、市の大会でそこそこの成績を上げたことがありました。
それは次男にとっては、防具をつけるようになっての初試合だったのですが…。

団体戦で、大将の子がそれなりに強かったので、同じチームの次鋒だった次男もそれに引っ張られて、銅メダルを取れたのです。
たまたまその時は、当市の優勝常連である「強豪N剣友会」の子たちが他の試合に行っていていなかったから、というラッキーな要素も大きかったのですが(^^;。

母と子の剣道日誌(35)次男、まさかの…?

この時…次男は「高学年Aチーム」でしたが。
高学年は「Bチーム」に精鋭を集めていて、優勝候補と思われていました。

Aチームは大将の子こそ、経験がそれなりにある子でしたが、残りのふたりは防具コースに入って数か月でした。
だから正直、次男のチームは全然、期待されていなかったのです。私だってそう思っていました。

ところが…強いはずのBチームは、2回戦で優勝チームに当たって敗退してしまいました。
Aチームのほうは、たまたま強い相手に当たらなかったこともあり、大将の子も健闘して3回戦まで行き、銅メダルをもらえたのです。


この時、警察の先生は、次男の試合場の審判だったのですが…
Aチームの息子が試合をしている時に、隣でBチームも同時に試合をしていました。

その時、先生は…明らかに隣のBチームのほうに気を取られてちらちらと見ていて、次男の試合には関心がなさそうでした。
先生が審判をしている会場での、次男の公式戦初試合だったのに、です。


自分が審判をしている会場で、教え子が初試合をしているのに、見るのは隣の「期待の精鋭」のほうの試合なのか

それを見た時、私はすごくがっかりしました。
そして、いちおうメダルを取ったというのに、次男たちのチームは「軽く1回ほめられた」だけでした。

よく金メダルを取ってくるような子たちを育てている先生にとっては、
「あんまり強くない子が、たまたまラッキーで取れた銅メダル」
なんて、たいした意味はなかったのでしょうが…

大将の子も、それまで伸び悩んでいたけど、最近実力をつけてきたなと感じていた子だったのです。それが今回、実を結んだんだなあ、と私は感動していたのに。
次男も「引き分け、勝ち、負け」という戦績で、初試合にしてはなかなかの健闘ぶりだったのです。
もう一人の子も、「引き分け、負け、負け」でしたが、がんばってはいましたよ。


この時、先生がもっとこのチームの子たちをほめるような人だったら。
次男のその後も、少しは違っていたのかもしれないな、と思います。

「たまたまラッキーでメダルを取れただけ」
でも、ほめられれば調子に乗ってがんばるかもしれないじゃないですか。

次男はこの頃、試合に出て、「同じくらいの経験の子には勝てることもあった」のに、先生からほめられることは少なかったです。

先生の目には「市大会で優勝候補になるくらいの子」たちしか、目に入っていなかったのかなと思います。
この子たちも、ほめられることは多くはなかった気がしますけど、強い子はほめられなくたって強くなりますから。


先生が明らかに目をかけていない、というのがなんとなく伝わったからなのか。
「できる子向き」の指導しかなくて、なかなか上達できなかったからなのか。
次男は、だんだんやる気を失っていってしまい、稽古に出るのを嫌がるようになりました。

子供と一緒に稽古をしていた私も「子供の隅っこで、個人的な指導がほとんどない状態で稽古しているだけ」の状態に限界を感じていましたし…会の「お局様」とその子供が嫌〜な雰囲気を作っていたせいもあり。
結局、警察をやめて今の会に移ってきたというわけです。


そういえば、この時の市大会では…
強豪N剣友会の中では「あまり強くない子たち」が出ていたわけですが、それがふだんの「優勝常連の子たち」とあまりに実力差があったことにびっくりしました。この時出場していた、N剣友会のほぼ全チームが、1回戦負けをしていたのです。(次男たちも勝っていました)
それを見て、
「N剣友会も強い子には力を入れてるけど、そうでない子はやや放置されてるのかも…」
と感じたのでした。


ここまで、はっきりと態度には出ない先生であっても…

やっぱり、言葉の端々に
「強い人(才能のある人)には期待している(弱い人はまあどうでもいい)」
というニュアンスを感じることは、よくあります。

当会とK会との練習試合の時に、八段のおじいちゃん先生が来て、試合の講評をしてくれたことがあるのですが、終始それなりに強い人の試合のことばかり話していて…
私なんか、まったく目に入ってないのかなあ。
と感じたこともありました。


当会の大人担当N先生も、以前はもうちょっと「できない人にも優しかった」気がしますが…
だんだんみんなのレベルが上がってきて、対外試合でも勝てるようになってきた人が増えたからなのか、最近は激を飛ばされることのほうが多いのです。そして、稽古の内容も最近は「できる人向け」にシフトしてきています。

N先生は「できない人を、あきらかに見下している」ような態度はしません。稽古の時は、ちゃんとみんなのことを見てくれてはいますが。
何気ない会話の端々から「やっぱり、できる人が好きなんだろうなあ〜」という印象は受けます。
長年「勝ってなんぼ」の大学の剣道部の監督をやってきたのだから、当然かもしれませんが。


「できる人が好き」な先生が多いのは、事実だと思います。
でも、そういう人ばかりではないですけれども。

私が好きなSZ先生は
「あまりやらなくて強い子より、一生懸命がんばってて弱い子のほうがいいと思う」
と言っていますし…
私に対しても
「はなずきんさんは、たくさん努力してるから大丈夫」
などと言ってくれることもあります。
できていない人のこともしっかり見ていて、その時に必要なアドバイスをくれますし。

でも、天然な発言をして私をがっかりさせてくれることも、ときどきあります(笑)。

私がTHさんのことを
「経験が少ないのに、すぐできるようになりましたよね〜」
とほめたら

「THさんは器用だよね!SN(THさんの娘)もそうだけど、親子はなんでか似るんだよねえ〜。
KK(次男)の手を引き付ける癖も、はなずきんさんと似てるよねえ〜」


ってそれ、「どっちも上手くできてない」って意味ですよねえ〜?まあ、事実だからしょうがないですが…、
これはただ単に「評価をしている」だけだから、へこみながらも流せないことはないのですが。



そして、当市剣連の会長(今は元会長ですが)は、初心者やできない人にもやさしい先生だなあと感じます。
私が1級を受審する頃から気にかけてくれていましたし、最近は初心者スタートのお母さんたちのための、女性稽古会を開いてくれたくらいですから。(私は日程の都合が合わず参加できなかったのですが)

他にも、K会の「重鎮」IT先生なども、強い人も弱い人も、分け隔てなく目をかけて評価してくれる人だなあと感じます。

こういった先生がいたから、私もなんとかめげずに続けてこれたのですよね。


でも、剣道を続けて「下手な限り」は、ずっとこういう劣等感を感じたままなのだろうなあと思います。
なまじ中途半端に?上達してきたからこそ、「できる人」との差を感じる機会が増えたのが「もう無理かも」と感じた原因なのでしょうね。

剣道が「武道」であり「勝負の世界」である以上、「できる、できない」を感じざるを得ないのですよね。
私みたいなのは「ゆる剣道」みたいなので楽しむ程度でもいいのになあ(笑)。(それは、スポーツチャンバラ!?)


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posted by はなずきん at 16:23 | Comment(0) | 母だけの剣道1(三段に向かって) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月25日

母だけの剣道日誌(45)私が、一本が取れない理由。

ブログにコメントをいただいたhideさんといろいろやりとりしているうちに、
「自分がなぜ、なかなか上達しないのか」
の理由が見えてきたので、そのことを書いてみようと思います。

剣道の先生というのは、そもそも「才能のある人」なので…
なんで「下手な人が下手なままなのか」がよくわかっていないのでは、とよく感じます。


でも、それは「できる人」には想像もできないような理由があるのです。
なかなかそういうことを書いている人は少ないと思うので、詳細に書いてみようと思いました。


私が初段の頃までは、そもそも
「打突部位に当てることがあまり上手くできていなかった」
のです。

打った部位がずれていることはもちろんですが、当たっていてもスカッとすべっていたり、打ちが弱かったりしたのだと思います。
あと、そもそも「当てる時に相手のことをよく見てなかった」というのもあります。打つ瞬間に目を離してしまっていたりしたので、うまくコントロールできていなかったのでしょう。これは、SZ先生に指摘していただいて初めて気づいたことです。
「打突部位を打つ瞬間までよく見る」という基本的なことが、最初はよくわかっていないのですよね。

こういったことを克服するのは…
ふだんの稽古の積み重ねでなんとかなったような気がします。
素振りの基本をしっかり見直したり。
手の内を締めるように気をつけたり(これは、まだちょっとしかできていませんが…)。
打つ時に集中するように心がけたり。

数多く稽古をこなすことによって、最近はわりと「相手に当てられるようになって」はきました。


でも、いざ試合となると…「なかなか一本にならない」のです。
「自分としては、ちゃんと相手に当てているつもり」でも、です。




当たっていても一本にならない理由を、先生や他の人に聞いてみると

「打った時に止まっている」(打ち抜けていない)
「打った時の姿勢が良くない」
「発声が足りない」
「打ったというアピールが足りない」
「打ち切ってない」


などと言われます。


「打った時に止まっている」

これはまあわかりやすいですよね。
これは、ふだんから打ち抜けるような意識を持って稽古すれば徐々に直っていくと思います。


「打った時の姿勢が良くない」

これはけっこう難しいです。
基本稽古の時には、まあできていないことはないと思うのですが、いざ試合となると崩れてしまうからです。


「発声が足りない」「打ったというアピールが足りない」

この二つはほぼ同じ次元にあります。できそうで、案外難しいです。
私は声は出していますが、どのタイミングでどのくらい出せばいいのかというのは…けっこうファジーですよねえ。
打った時に、めちゃくちゃ「コテコテコテ〜!!!」などと言う方がいますが、あれはそれなりに効果があるのでしょう。でも、なかなか恥ずかしくてできないんですけどね(^^;。
そもそも、当たっているかどうかも自分でよくわかってないのに、なかなかアピールできないです〜。

私は審判をやらされた経験があるので、確かに「アピールがあるほうがわかりやすい」というのは理解できていますが…
そもそも初心者のうちは審判をする経験も少ないので、審判が何を見ているかというのもわかりづらいですよね。


「打ち切ってない」と「打ったというアピールが足りない」

このふたつも、似たような次元にありますが…これは、かなりわかりづらいです。
「打ち切ってない」というのは、打った後の姿勢が大きく影響しているのだと思いますが、「打ち切る練習」というのをすることが少ないので、なかなか身につきません。


この「一本にならない」原因は、もっとふだんの稽古の中で詳しく解説して、実際にできていない人をその場で修正して「できるまで」やらせていくべきなのでは?とよく思います。

さすがに、他人のを見ている分には「ああ、これは一本なのだろうな」というのは、だいたいわかってきたのですが…
それが自分がやっている時となると、実際に「これならできている」「これじゃダメ」というのをいちいち指摘してもらえないと、わからないのです。

すぐ上手くなる人は、「見た情報」をあまり考えずに自分の体に取り入れることが上手いのでしょうね。
主人はわりと運動センスがあるほうなのですが「特にどう動くとか、考えてないことのほうが多い」と言ってますから。
でも、私はまず「考えて動いて、それに慣れる」という過程があってやっと「考えずに動けるようになる」のです。


もっと初心者のうちは、人の試合を見ている時も
「なんでこれが一本で、これは一本にならないのか」
というのは、全然わからなかったです。

多少はわかるようになった今でも
「え〜、これは一本にならないの!?」
と感じることはよくあるのですが…
そのあたりももっと、詳しく解説してくれればいいのになあといつも思います。



なんで、基本稽古の時はできているのに、試合稽古や地稽古の時にはできなくなるのかというと。
「相手に当てられるかどうか」
という点だけに注力してしまうので、なかなか他の要素に気を配れなくなるからなんですよね。


今までにいろいろ注意はされているから、試合稽古の時も「姿勢、できてるかな?」などと我に返ることもあるのですが…
そうこうしているうちに「打たれて終わり」になってしまいます。

私みたいなのは、上手い人に当たれば「ほぼ、瞬殺」ですから、試合をしているというよりは「打たれに行ってる」感じです。
私と同レベルの人なんて、会にひとりかふたりくらいしかいないですから、30秒で終わるような試合稽古を繰り返したところで、上達するわけがないじゃない、と思います(^^;
「一本を取られたとしても」まだ試合稽古を続行させてもらえればいいのに、と思います。

本当は「試合稽古」のような状況で、いちいち止めて解説してほしいです。
(当会ではたまにそういうことをしてもらえる時もありますが、やる頻度が少ないと思っています)

試合が終わってから「あの面はいいところを打ってました」とか言われても…
「えっ、どれだろう!?」とか思ってしまうのは、私の記憶力が足りないのでしょうか?(笑)
でも試合の時って「真っ白」になりがちではないですか〜?

また、いっぺんに「あれもこれも注意」されても、私にはできないのです。まずひとつのことをクリアできないと、次のことに意識がいかないのです。姿勢も打突のタイミングも残心もなにもかも、いっぺんに気を付けられません。
「とりあえず今は、ここに注意してやりなさい!」と言われれば、そこに集中できますが。
稽古の時はそうできますが、稽古の時と試合の時では緊張感も状況も違いますし…。

また、対外試合などの時に「なんであれは、一本にならなかったんだろう?」と思って、理由を知りたいと思って質問しても、判定にクレームをつけているみたいに思われることもあるようで、聞きづらいんですよね。そうじゃなくて、本当に理由を知りたいだけなのですが。



じゃあ、地稽古の時にそういうことを練習すればいいじゃないか?と思うかもしれませんが…
地稽古の時にはもちろん、いろいろ気を付けてやっています。でも、それで自分が「直そうと思ったことができているかどうか」というのは、相手に言ってもらえないとよくわからないのです。

また、自分が「ここを直そう」と思ってやっている時に、全然違うことを注意されたりすると…
今はそこをやりたいんじゃないんだけどなあ、と感じたり。

それに、自分では「あっ、上手く当たった!」と思っていても、本当に当たっているのかどうかがよくわかりません。特に小手はわかりづらいんですよね。たまに、当たっていることが確信できても、一本の基準を満たしているのかどうかは、本当によくわからないのです。
(それがわかっていたら、一本が取れるようになっています!(^^;)

すごく親しい人であれば
「自分ではよくわからないので、当たったかどうか教えてもらえますか」
とお願いすることもあるのですが…
それも毎回はうっとおしいかな、と思って、なかなか言えないのです。


こういうのを克服するには「一回ごとのフィードバック」が必要なのだと思います。
「今のはここができている」「できていない」というのを、その場で言ってもらい、「できるまで」やり直す。
できたら、それを何度も繰り返して体に覚えさせる。
それを、1回の稽古だけではなく、何回か繰り返す。

私みたいなのは、そのくらい「しつこく」練習することが必要なのです。


「できる人」は、軽く何度も稽古する…というのを繰り返しているだけでも、それなりに身に着くものがあるのでしょう。
でも、この「しつこい稽古」は「できる人」にも効果があることなのではないでしょうか。



また、ビデオを取り入れるのも効果があると思います。
「できない人」は、自分がどうできていないのか、見えていないのですから…


まず「このようにできていない」というのを、画像で本人に認識させる。
そして「ここを直すためにはこうやる」という練習を繰り返して、ある程度できるようになったら、その映像を見せて直ったことを認識させる。こういうのも、「後から反省」するのでなく「その場で」やってほしいのです。

「後から反省」させてもわからない、覚えられないっていうのは…犬や子供のしつけみたいなもの!?
まあ、そんな程度ですよ。「できない人」のレベルって。(笑)


そして、自分の稽古を自分で撮影するのは、稽古の流れなどのタイミングもあってなかなか難しいのです。撮影したものをただ自分で見るだけでなく、「先生に評価してもらう」ということはとても役に立つと思います。
もっと、稽古全体にビデオ撮影を取り入れるべきなのではないか?と思っています。



とりあえず、今の時点で思いついたことだけ書いてみましたが…
また今後、気がついたことがあったら書いてみます。


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posted by はなずきん at 12:52 | Comment(18) | 母だけの剣道1(三段に向かって) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月24日

母だけの剣道日誌(44)剣道の「ここが苦手かも」と思っていたところ。(その3)剣道団体の運営も、変化していかなくては。

母だけの剣道日誌(43)剣道の「ここが苦手かも」と思っていたところ。(その2)説明が足りない、反論ができないのが、不信感につながるのでは。 より続いています。


私は、子供だけがやっていた時も含めると、3つの剣道団体を経験しています。
また「ママ剣士」の知り合いも増えたので、他の団体の事情を聞くこともありますが。

剣道団体のほとんどが、ボランティアで教えたり、運営しているところが多いからでしょうか。
責任の所在がはっきりしないせいか、いろんな部分でファジーというか適当なところが多いという印象です。会によって、適当な部分は微妙に違うようですが…。

時間にルーズ
会費の運用が不透明
誰が何の役割を負っているのかよくわからない
伝達事項がきちんと伝わっていない
新しく入ってくる人に対して不親切(説明が足りない)
複数の先生が指導に当たっている場合に、教え方が統一されていない


などのことが多いのではないかと感じています。


その中でも、私は特に「不親切」なことが気になってしょうがありません。
今までいた団体の3つ全部が「不親切だなあ」と感じましたから。

というのは、「剣道団体にいる人がみんな不親切な人」というわけではなく…
「いつ、どこで、誰が、どのようなことを誰に伝えるべきか」
というのが、はっきりと認識されていない(明文化されていない)場合が多いのだと思います。

何も知らない人が、剣道を習う立場になる場合、(子供が習う場合の保護者も含めて)知るべきことは本当に多岐にわたっています。

どの道具をいつどこで買うのか、どういうものを買えばいいのか。
子供が剣道を習う場合、稽古の時に保護者の付き添いが必要なのか。
当番がある場合、どのような内容なのか。
行事などがある場合、参加必須なのか、出るなら何をすればいいのか。
先生や他の生徒にはどう接すればいいのか。
審査を受ける時は誰がどう決めるのか。
試合に出る時は何が必要なのか、親はどうすればいいのか。

こういうことは、そのたびにきちんと説明しないといけないのに、どうもそのあたりがおざなりになりがちな気がします。
みんな、最初はわからないことだらけだったはずなのに…長いこといるうちに、そのことを忘れてしまうのでしょうか。
「剣道界独特のルール」もあれば「その会独自のルール」もあるし、新しい人は「何がわからないのかも、わからない」のです。

私は剣道を習い始めたのが警察で、警察では私以外に大人はいなかったので…
今の剣友会に移ってきた時、最初と最後の整列の時に「大人は段位順に並ぶ」ということも知りませんでした。子供のほうはどこでもたいてい、年齢順に並んでいるものなので。
最初は私は全然そのことに気づかず、適当に並んでしまっていて、後からそのことを知って恥ずかしい思いをしたものです(^^;

当会では、「稽古の後に先生のところに行ってあいさつ(指導を受ける)」というのも、私が入った頃はほぼやっていなかったのですが。
出げいこに行った時に「うちの会の子だけよその先生に挨拶してない」ということで問題になり、子供は毎回ではないけれども挨拶をするような機会を作るようにして、大人のほうは毎回あいさつをするようになりました。



剣道は礼儀作法も細かいですし、団体や先生によっても微妙に違うルールがあります。
袴の履き方、防具のつけ外しですら手順や所作があったりしますが、そういうのをしっかり教えてるところもあり、気にしていないところもあり。初心者のうちは本当に「どうすればいいのか全くわからなかったり」、「知らずにやっていたことを、だいぶ後から注意された」なんてことも多かったりします。

ある程度知識がついてきたらきたで、他の人に対して気づいたことを、自分が注意してもいいのか?先生から言うべきことなのか?ということにも悩んだりしますし…
先生も複数いることが多く、先生の中でも上下関係があって、誰の意見が優先なのかがあいまいだったり。そういうことも、入ってきたばかりの人にはよくわかりませんよね。

こうして書いてみると、剣道界って本当にめんどくさいですね(笑)。
「やることが多い」だけならまだしも、あまりそのあたりが統一されてもいないのですから。
「ハードルが高い」と感じる人が多いのもよくわかります。



また、保護者のほうでも…「ちょっと前の時代の人」は
「私たちの頃は、わからないことは自分で先輩に聞いたりしたのに、今のお母さんって、そういうことをしないよね!」
などと言って、あんまり「今どきの保護者」に歩み寄ってくれなかったりします。
自分からは絶対挨拶しない人が「あの新人さん、あいさつしてこないわよね」と怒っていたり…。

でも、これだけ子供が減っている今、会に人を入れなければと思うのであれば、いろんな変化が必要なはずです。
今までのやり方を押し付けるだけでなく、「今いる保護者や、初心者の大人」の意見を汲み取っていく必要があると思います。



でも「今までずっとこうだったんだから、これでいい」と決めつけている「お局様」が剣道団体にはけっこういるのではないでしょうか。私が所属していたどの団体でも、そういう方がいました。
明らかに意地悪をしてくる人もいれば、一見善意の人に見えるのに、自分と違う意見は聞いてくれない人というのもいます。

「お局様」が、「先生」「先生の奥さん」「高段者」「強い子供の保護者」だったりすると、立場はかなり強いものになります。
他の人が違和感を感じていても、そういう人には意見を言いづらいし、言ったところで却下されてしまいます。「お局様」は先生の信頼を得ていることも多く、先生に訴えてもたいして状況は変わらなかったりします。

そういう人は、確かに会に貢献はしてきていて、その人なりの「正義」があるのでしょうけれども。「お局様」と合わない人はやめてしまうか、不満があっても言えずに飲み込んでいます。
だから「裸の王様」状態になっているのに、それに気づかないのです。

でも、中にいる人は入れ替わっていくわけですし、時代によって状況も変わってくるわけです。
剣道団体は「生徒」がいなければ成り立たないわけですから、所属している人が、萎縮することなく意見を言える場を持たなくてはいけないのでは、と感じています。



それに、剣道の先生とか団体の空気はどこか「厳しそう」なので、わからないことがあっても、なんとなく聞きづらかったりします。
それは剣道の先生がみんな厳しいという意味ではなく、武道をやっている、道場である、というだけで、経験がない人には怖いと感じてしまうこともあります。
偉そうにしているつもりでなくても、そう感じられてしまうことがある、というのも、もうちょっと配慮してもいいのではないかなと思います。まあ、実際にすごく偉そうにしている先生や保護者も、いますけれども…(^^;

だから、先生や運営の役員さんの側から、新人さんに気を配ってあげるべきだと思うのです。
子供が多かった時代ならいざ知らず、今は「入りたい人だけ入ってくれればいい」みたいな空気では、剣道を習う子供はいなくなってしまうのではないでしょうか。
「こんなこと聞いてもいいのかな?」と躊躇させないような空気づくりや、ざっくばらんに話す機会を作ってあげることが必要だと思いますが…なかなかそうできている団体は少ないように思います。

「上に対して意見を言いづらい」というのが、剣道界の一番大きな問題だと思っています。


さて。
この「ここが苦手かも」の話、今まで溜めていたことだけに、書き出したらいっぱいありました〜(笑)

でも、今の私にとってはこれが「デトックス」になったのかな。
そして、同じような不満や意見を持っている人からも共感のコメントをいただいて、あらためていろいろ考えることができました。
愚痴ばかりになってしまったけれども「剣道の門戸を広くする」ためにも書くべきだったのだろうな、と感じています。



私は、剣道を通じていろんな人と知り合い、これまで楽しく過ごしてはきましたが…
同じようなレベルの人、腹を割って話せる人はほぼいなかったのですから、やっぱり私は「孤独」だったのです。

私がいることで、助かっていたと感じている人もそれなりにいるとは思いますが…。
会の中でも、私と運営との関係は微妙だったので、本当に腹を割って話せることはありませんでした。
運営とはさして関りのない人から見れば、私は「いつも楽し気に剣道をやっている人」にしか見えていなかったのでしょうけれども…
「私は、この会にとってあまり必要とされていないんだろうな」という気持ちは、最近はずっと感じていたのです。



でも、私にとっては「同期」であるSGさんが来た時の稽古は、やりやすいですし。
(お仕事が忙しいので、いつも来られているわけではないのですが…)

唯一「やめたい」ということを話したKDさんは、電話で
「私がもう少し行っていれば、はなずきんさんはそこまで嫌にならなかったかもしれないですよね!?」
って言っていたのですが…それからは毎週稽古に来てくれています。心配してくれてるのかな。

いつもどこか呑気なSZ先生は、
「はなずきんさん、三段は行けるかもしれませんよ!?」
(それはほめているのか、けなしているのか?ちょっと複雑ですけど(笑))
なんて言いながら、いろいろ役に立つ稽古をつけてくれますし。

まあ、楽しいこともいっぱい、あるんですよね…。


きっぱりやめたほうがいいのかどうか、いろいろ考えてしまいます。
でも、もし続けることにしたとにしても…
「今までよりは、会や剣道との距離を取ったほうがいいだろう」
とは感じています。

剣道が上手くなりたい、会に貢献したい、新しい人のフォローもしてあげたい。
そういう気持ちが強かったからこそ、運営との関係も上手くいかなかったのでしょうし、それができないことに失望してしまったのですから。


倦怠期の夫婦が、離婚はしないけど別居する、みたいな?
離れてみると、その良さも悪さも冷静に見られるようになるのかもしれません。
そのせいで、決定的に離婚になっちゃうのかもしれませんけど。(笑)


「剣道について、書くことは減るかも」なんて書いておきながら、変わっていくかもしれない私の気持ちをまた、つづらせていただくかもしれません。


「剣道の「ここが苦手かも」と思っていたところ。」の話は、これで終わりです。

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posted by はなずきん at 10:34 | Comment(2) | 母だけの剣道1(三段に向かって) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月23日

母だけの剣道日誌(43)剣道の「ここが苦手かも」と思っていたところ。(その2)説明が足りない、反論ができないのが、不信感につながるのでは。

母だけの剣道日誌(42)剣道の「ここが苦手かも」と思っていたところ。(その1)下手な人にも、楽しめる場があれば。 より続いています。


剣道の稽古ではよく「自分より上の人にかからないと、上手くならない」などと言われますが…それは、ある程度のレベルをクリアしている人にしか当てはまらないのではないでしょうか。

まだ、ろくに一本も取れないような私が、はるかに上のレベルの人にかかっていっても…
こちらからは全く隙が見えないので「何をしたらいいのやら」という感じなのです。

「こういうことを教えたい」という意図があって、それを上手く伝えてくれる人が相手ならともかく…
そうではない「上級者」と稽古しても、こちらは何もできなくて失望感を感じるだけ、ということはよくありました。


実際、あまり親交のない上級者にかかっていった時に
「いったい、この人は私に何を教えたいんだろう」
と感じたことは、けっこうたくさんあります。

何度打ちにいっても、ただよけられたりさばかれて、こちらにはガンガン打ち込んできて。
こういう人に限って全力でガッツリ打ってきたりして、泣きそうなくらい痛かったりします。こちらは女性で初心者なのに、手加減なしですか〜?
もしかすると、ただ「打ち込み台」にされているだけなのでは!?と感じることも時々ありました。

稽古が終わった後にあいさつに行くと「ここができていません」と言われますが…
そういうのは、稽古の最中に言ってくださいよ!と思います(^^;

子供とか学生とかの若かったり、大人でも運動経験があったり、ある程度の実力がついている人なら、そういう「体に教え込む」やり方もアリかもしれませんが。
初心者に毛が生えた程度の年配の女性が、打ってもただよけられて、ガンガン打たれるだけでは…「痛いしもう勘弁してほしい」という発想にしかなりません。



打つべき時がよくわからないけど、自分から行かなきゃ!と思って打ち込むと「”当たるだろう”という剣道はダメ」と言われ…
「どうやったら隙ができるんだろう」と探っていると「待ってばかりじゃダメ」と言われ。
まれに「今なら打てる」と思って打って行っても、自分が打つのが遅いせいか当たらなかったり、よけられたり。

特に、相手がはるか上のレベルだと、
「相手には、こちらが打って行くことは丸わかりなんだろうな」
という絶望感しかありません。

「待ちすぎてもダメ」「やみくもに打ってもダメ」と言われるのは、まあわかるといえばわかりますが。でも「じゃあ、いつ打って行けばいいのか」なんてことは、鈍い人にはなかなかわからないのです。
そもそも、レベルが上すぎる人に、当たるわけがないのです。経験が浅くても当てられるような人は「センスがある人」です。

私でも、同じようなレベル、あるいは自分以下のレベルの人になら、当たることはあります。でも、そういう機会自体が、ほとんどないのです。それなのに、上の人ばかりにかかっていては…いったい、いつになったら一本の取り方がわかるのでしょうか。

「一本が取れない人」は、剣道の楽しさがなかなか味わえない人とも言えます。
勝つ経験がめったにできず、いつも注意されてばかりでは…モチベーションも下がってしまうでしょう。
でも、そのことに配慮をしてくれる先生はあまりいません。


「めったに一本が取れない人」に対しては、「できる人」とは別の指導が必要だと思うのです。
同じくらいのレベルの人とやる機会を増やすとか、地稽古でも「約束稽古」的なものをやるとか。

やっぱり、同じくらいのレベルの人が相手のほうが、稽古している時に安心感があります。
「できないこと」のレベルがだいたい一緒だから、できていなくてもあまり恥ずかしくないし。できるまで同じことを繰り返したい、という気持ちも似ているので、「私はこれをやりたい」ということも言いやすい。

これだけ稽古をしてきてある程度慣れている私でも、体格のいい男性に当たるのは気がひけますし、実力が上すぎる人に当たると、本当に何をすればいいのかと悩んでしまいます。通常の稽古の時に、無用に緊張を強いられることが多いのはどうなのかな…、と思います。

また、相手が自分よりはるかに上手い場合は
「この人は、自分を相手にしているよりも、自分自身が上手くなるような稽古をしたいのではないか」
などと考えてどうしても遠慮してしまい、なかなかやりたいことが言えなかったりします。


こういうことも、「偉い先生」にはなかなか言えません。
言ったこともありますが、なかなかわかってもらえなかったりしますし…。
やっぱり「できる人」にはわからないのかなあ、なんて感じてしまいます。



あと、よく言われるのは…
「先生によって教えることが違う」
ことも、困った部分です。

とある先生に「こうしなさい」と言われたから、それを一生懸命やろうとしてきたのに…
別の先生に「それじゃダメだよ、こうしないと」と、バッサリやられたりします。


それは「目指しているところは同じだけれども、通る道筋が違う」というだけのことなのだ…と言われますが。

特に出げいこに行った時など…
自分の会の先生に言われたことを、何年間もかけてやっと身に着けたのに、それを否定されることもあります。
その場では、そこの先生の教えに従ってやってみるのですが、私のような不器用では、そんなにすぐに言われた通りにはできません。
その会では「当たり前」のことが、私にはできなかったりすると…何年もやってるのに、この程度のことが習得できてないのか、と思われてるのかな、なんて感じてしまいます。


先生によって教え方が違うのは、ある程度は仕方ないでしょう。
(でも、同じ会の中では統一してほしいですが〜!)
でも、自分が努力して身に着けてきたものを「それはダメ」と言われるのは…なんだか理不尽だなあと感じます。それは、教えられている側が、反論できない空気があるからではないかと思います。

剣道の高段者は、自分のやり方に信念がある方が多いからなのでしょうか。
自分と違うやり方をしている人に対して「そんなやり方じゃダメ」という言い方をする人が多いように感じます。
(もちろん、そうではない腰の低い先生もたくさんいらっしゃいますが…)

人に何かを教える以上は、ある程度は断定的な物言いをせざるを得ないところはあるでしょう。
でも、「あれ?教わったことと違う?」と思った時に、それをこちらから聞きづらい空気があるのです。

私は、SZ先生やSG先生に教わっている時であれば…
「他の先生にはこうしろと言われたのですが」と聞けますし、先生に要求されていることの理由がよくわからない、と思えば質問しますが。
ご年配の高段者の先生とか、他の会の先生などには、そういうことを聞きづらいです。

まして、子供なんかは「前教わったことと違う、どっちをやればいいの?」と思っていても、質問すらできないようです。
うちの息子も、私には
「なんで、同じ会の先生なのに全然言うことが違うんだよ〜」
と愚痴っていましたが、その場では言えないようですよね。


「先生への反論は許されないような、厳しい師弟関係があって築かれるもの」もあるでしょう。
本当に強くなっていく方は、きっとそんなことは乗り越えているのでしょうけれども…。

でも、そうではない剣道の形も、もっとあっていいのではないか、と思っています。


私は、二段を取得してから1年半が経ち、受審まであと半年を切りましたが…つい昨日まで、剣道形の6、7本目を全く覚えられていませんでした。覚えたい、やりたい気はずっとあったのですが、それを先生に教えてもらえる機会がなかったのです。

当会には、私以外に三段を受ける予定の人がいないせいか、形をやる時間があっても、なぜか他の人と一緒に「小太刀」をやらされました。今年、四段以上を受審する予定の人は生徒の中にはいないのに、です。
初段や二段受審予定の人がいる時は、私はそちらの相手をさせられたのに…私には、いつまでも6、7本目を教えてもらえませんでした。

他に三段を受ける人がいるからしょうがないのか…?と思っていましたが…
一回だけ、形の稽古の時に二段を取得した中学生がいて、6、7本目をやることになったので「私もあっちに行ってもいいですか?」と先生に聞いたら「あなたは、小太刀をやってください」と言われたのです。

6、7本目は特に、相手がいないと非常にやりづらく、動画を見て覚えるだけでは限界があります。
これまで何度も「まだ、6、7本目を覚えていないので覚えたいのですが」と大人担当の先生に言ったのですが…なぜかあまり取り合ってもらえませんでした。
「小太刀が終わったら太刀をやる」みたいなことを言っていたので待っていたのに、小太刀が一通り終わったら、形稽古は終わってしまいました。

先生には先生の考えがあって、小太刀を優先して教えていたのだとは思いますが。
私みたいなのは、覚えてから何度も繰り返さないと身に着かないので、直前にやるのでは遅いのです。
審査に必要であり、本人がやらせてほしいと言っているものを、なんで教えてくれないのだろうか。その理由をきちんと説明されることもなかったので「理不尽だなあ」と思い、これまでは信頼していたN先生に対する不信感を、強く感じてしまったのです。

それが、先日の「試合稽古で、剣道をやる気を失った」のに、結びついてしまったのだ…と思います。


昨日の稽古では、来年2月に三段を受審するSWさんが来ていたこともあり、
「どうしても6、7本目を覚えたいんです!」
と言って、自由稽古の時間にSG先生をつかまえて教えてもらい…やっと、通して稽古することができました。
ここまで自分で主張しないと、審査に必要なことすら教えてもらえないなんて…


また、他の会はどうなのかわかりませんが、当会では、審査を受ける人が少ない時には、なかなかその審査のための稽古をしない時があります。
別に意地悪でそうしているわけではないのでしょうが、おそらく「審査を受ける人がいることをさして意識していない」か「審査稽古をさほど重要視していない」(ちょっとやればなんとかなると思っている?)のでしょうか。

でも、1級、初段あたりを受ける人は、まだいろんな経験が足りないことも多いですし、どういう稽古をやればいいのかも自分でよくわかっていません。審査形式の稽古をしっかりやってくれたほうが、安心して受審できるはずです。
しかし当会では「直前に気が付いたらちょろっとやっている」ようにしか思えません。たまたまその時に審査を受ける人が休んでいたら、その稽古が受けられていないまま受審、ということだってありました。
学科のことも、ちゃんと事前に先生に見せたほうがいいとか、そういうことも伝わってなかったり。

審査の予定なんて、4月には全部わかっているのですから。
先生がきちんとスケジュールを立てて、必要なことは伝えて、本人がきちんと来るように促してやってほしい、といつも感じているのですが…。

審査の付き添いも、あったりなかったりで。うちの次男が初段を受けた時も、私は付き添いましたけど…その時は先生は、来ていませんでした。先生が付き添っていることのほうが多かったのですが、どういう基準でそうしているのかよくわからないのです。

先生は「全体を見て」はいるのでしょうが、個々の事情に対して細かく配慮してはもらえません。
初心者のうちは「どういう準備が自分に必要なのか」もわからないのに…。私はいつもそれにやきもきしていて、必要なことが伝わるように、個人的にアドバイスしたりしていましたが…
なんか、もうちょっと「会として」初心者に優しくしてもらえないのかなあ、といつも感じています。


(続く)

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posted by はなずきん at 11:42 | Comment(10) | 母だけの剣道1(三段に向かって) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月22日

母だけの剣道日誌(42)剣道の「ここが苦手かも」と思っていたところ。(その1)下手な人にも、楽しめる場があれば。

私は今まで、このブログにはあまりネガティブなことは書きませんでした。
剣道の楽しさを伝えたいと思っていましたし、ネガティブなことは読むほうもあまりいい気持ちはしないでしょうし、実際に、今までは楽しいと感じている部分のほうが大きかったからです。

会に対する不満にしても、もし、当人に読まれたら困るな…と、今までは核心の部分はぼかして書いてきました。
でも、「やめるなら、もういいだろう」と思って、前回の話ではだいぶ踏み込んで書いたのです。

剣道界には共通している「風通しの悪い部分」がありますから…
私と同じようなことで不満を感じている人がいるかもしれない。
だから、今まで「感じていたけれど、あまり書かなかったこと」も書いてみようと思いました。


前の記事にコメントをいただいたのですが。
私と同じくらいの年齢で初心者で剣道を始めた男性が、いろいろ苦労していた時に、私のブログを読んで「孤独な気持ちを和らげて貰えた」とあったのです。

それを読んで、私がブログを書いていた理由を思い出しました。

子供が警察で剣道を習い始めた時に、その稽古を見学しているのがあまりにも楽しくて。
私はそれで剣道が大好きになり、みんなにもこの楽しさを知ってもらいたいと思ったのが、剣道のことを書き始めたきっかけでした。
その前にいた剣友会では、稽古を見学していても全く興味が持てなかったのに、教え方ひとつでこんなに違うのか、と思ったのです。

また、最初に子供を入れた剣友会は、あまり剣道団体のことを知らずに「近い」「稽古の曜日が行きやすい」という理由だけで入れてしまい、失敗したと思ったのですが…
当時のネットには、「どういう剣道団体があり、どういう違いがあるか」などの情報が、ほとんどなかったので「剣道を始めて習わせた(習わせたい)子供の親の視点」でも、情報を発信したいと思ったのです。

それから私が剣道を始めたわけですが…
当時、ネットには初心者が書いている剣道のブログはほとんどありませんでした。
だから、初心者なりの視点で、そして剣道が大好きな人の視点で、感じたことを書きたいと思ったのです。

剣道をやっている人の中で、私みたいに「下手だけど大好き」という人は、少数派でしょう。
でも「下手だからこそ」初心者に共感してもらえるのではないかとも思って、このブログを書いていたのです。



私が、そこそこ運動のセンスがあるほうであれば…
まだ、続ける気でいられたのかもしれません。

それでも、自分なりには上達してきたとは思っています。
でも、周囲の、同じくらいの経験年数の同年代の女性の中で比べても…私は、決して上手いほうではありません。地稽古をしても「なんか、私のほうが負けてるよね」と思うことが、多いのです。

しかし私は、人並外れて運動ができないというわけではない、と思っています。二段の審査で当たった2人は、私よりはできていませんでしたし、他にも似たりよったりの人はいました。
でもたぶん、そういうレベルの人は
「そもそも剣道を習おうとしないか、習い始めても途中でやめてしまう」
のです。

初段、二段まではたくさんの受審者がいるのに、三段審査になると、極端に受審者が減ってしまうのは…
そういう理由が多いのではないでしょうか。


基本をなんとかこなせていれば取れる二段までと違って、「一本が取れる」ようでないと、三段は難しいからです。
三段はまだ、多少運動神経が鈍い人でも、地道にがんばっていれば取れないことはないですが…、四段のハードルはぐっと上がります。
私みたいな素質の人は、おそらくこのあたりで挫折するのでしょうね。


剣道の先生になっている人は、子供の頃から続けていたり、リバ剣の人がほとんどです。
大人で初心者スタートの先生もいますが「センスがあるから、先生ができるほど上達している」わけですし…先生に限らず、続けているのは「センスがある人」ばかりなのです。
私のような「がんばってるのに、できない人」の気持ちも、どうやればできるようになるのだろう、という悩みも、そうでない人にはなかなかわからないのでは、と感じています。


上達しないから嫌気がさす、わけですが…それは単に「下手な自分が嫌になる」だけではなく、
「こんなレベルでは今後は、やっていけないのでは」
ということを痛感してしまったからでしょう。

周囲にいるのは「できる人」ばかりなので、なかなか一本が取れない。
試合に出るたびに瞬殺される。
多少は上達してきても、周囲のレベルもどんどん上がっていくから、自分の上達が実感できない。
いつも注意されるばかりなので、楽しくない。



剣道が勝てるようになるのには、努力だけではなく「才能」が必要なのです。
運動能力、反射神経、気合い。その才能を合わせ持っている人は、そんなに多いわけではないと思います。
またある程度の年齢から始める大人は特に、後から鍛えられる部分は限界があります。

でも、そこまで上手くならなくてもいいから、楽しんでやりたいという人もいるはずです。
試合では勝てないとしても、基本稽古で元立ちを打つのが上手になっていくだけでも、それなりに楽しいのですから。

同じようなレベルの人が集まって、楽しんで、少しずつ上達できるような場があればいいのに、と思います。
自由稽古の時間に、基本稽古に専念していると「他の会の先生がいるんだから、かかりに行かないと!」と注意されたりしますが、無理に「上の人にかかれ」なんて強制されることがまず、ストレスなのです。
楽しんでやろう、という雰囲気なら、もう少し気を楽にしてできるのに。


剣道では、八段の先生も級も取ってないような人も、いっしょくたに稽古することも多いですけれども…あまり上手くなくて、そこまではやる気がない人が、ものすごく上の人にかかっていくことにはあんまり意味がないのではと私は思っています。
「すごく上達したいコース」と「そこそこ上達できればいいコース」と、分けてくれないかなとよく思います(^^;

また、私のような「なかなかできない人」というのは、「できる人」向けの稽古では、上達しづらいのです。
ひとつの技をやるのは数回だけで、できていなくても次に行ってしまうことが多いのですが…
「私はまだ、できていないのにな。もっとできるまでやらせてもらいたいのに。」
と、いつも感じていました。


(続く)

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posted by はなずきん at 15:33 | Comment(6) | 母だけの剣道1(三段に向かって) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする