2018年11月16日

私の死生観の話。(後編)私のお墓は、いらない。

私の死生観の話。(前編)父が亡くなる前後の話と、不思議な甥っ子について。 より続いています。


さて、父のことに話を戻しまして…。

甥には人の「マイナス感情」が伝わってしまうので、父の精神状態が悪い間はずっと騒いでいたそうです。
しかし、父も死が近づくにつれ、激しい憎しみや、悔しさのようなものは治まっていったようでした。

父が亡くなった時に、甥は「おじいちゃん(の霊)は笑っていた」と言っていました。
それを後から聞いて、私は、
「ああよかった、父はあれほど苦しんでいたけれど、その気持ちは残さず逝けたのだ」
…と思いました。


私はあまり感情の起伏が大きいほうではなく、いろんな物事に対してもわりとクールなほうです。
卒業式で悲しいと思ったこともありません。

父が亡くなった時にも、私は悲しくはありませんでした。
父はやっと、肉体のある苦しみから解放されたのだと感じたのです。


亡くなった後もしばらく、父は私たちのそばに来ていたようでした。
家族が集まっていると、甥が「おじいちゃんが来てる」「笑ってる」と言っていたのです。

霊である父はよく「コメント」をしていたらしく、次兄が家でゴロゴロ、だらだらしていたら
「そんなにゴロゴロするのは良くない」
みたいな事を言っていたらしく、霊になっても生前と言うことはあんまり変わらないのだなと思いました(笑)

父が亡くなった後に実家にいた母は、夜ふと目が覚めた時に、父の遺影が金色に輝くのを見たそうです。母に挨拶?に来ていたのでしょうか。
私は全くそういう経験はしませんでしたが…。

結婚してからは、そんなに父と会うことも多くはなかったせいもあるのかもしれませんが、私はいまだに、父が亡くなったという気があまりしていません。亡くなってからも、甥っ子経由でたびたび「父のコメント」を聞いたりしていましたし(^_^.)。

亡くなって6年経った今は、父はだいぶ遠いところに行ってしまったらしく、たまにしか来ないそうですけれども。


そんな話を甥(=義姉)から聞いたり、自分でもいろいろ調べたりして…

「死は終わりではない。
こちらの世界から、あちらの世界に行くだけなのではないか」


と、私は思うようになりました。



実際に、自分が死を目前にした時にも、そんなに達観できるかどうかはわかりません。

でも、子供を社会人になるまで育てたら、私の今の「生物としての役目」は終わりなのかなあとは感じています。
そこまでできれば、その後の命はそんなに惜しくはない…と思うようになりました。

子供を持つ、育てるっていうことは、次世代へバトンを渡している…ということなのでしょうね。


私は、今の生活が楽しいです。
子育てや母の世話などがあるので、なんでも好き勝手にできるわけではありませんし、めんどくさいこともいっぱいありますが、剣道をやっているのは本当に楽しくてしかたありませんし、他にも楽しいことはいくつもあります。
子供が育って行くのを見るのも面白いです。

でも、早く死にたいと思っているわけではありません。これから先にやりたいことも、まだまだあります。
剣道も続けたいし、山にも登りたいし、子供が巣立ったらのんびり旅行でもしたいです。
私には「93歳でハレーすい星を見るまでは生きる」という目標があり(笑)、できるだけ元気で長生きしたいと思っています。

しかし、今の状況でできること、やりたいことはだいたいやっているので、もし明日死んでも(子供が小さいうちに残していくということ以外は)悔いはありません。



私は「自分のお墓はいらない」と考えています。

私の体は「ひとつの生物」であり「地球(宇宙)の一部」でしかない、と思っているので、死んだ肉体はただの物質となって大地に還ってくれればそれでいいです。
お骨も取っておいてくれなくてもいいと思っています。

自分のことを知っている人が、たまに自分のことを思い出してくれれば、それだけで十分です。

まあ、実際には、なかなかそういうわけにもいかないかもしれませんが…
残された人がしたいようにしてくれていいのですが、私にとっては、お墓も遺骨も仏壇も、いわゆる供養も、必要だとは思っていません。


最近は「遺骨ペンダント」など、遺骨を身に付けて供養する、守ってもらう、みたいな考えがありますが…そこにこだわるのは私にはよくわかりません。
私は、大事な人の思い出は、自分の心の中にあるもので十分ですし、その人を思い出すためのものが欲しいというのなら、「形見の品」のほうがいいのではないでしょうか。もう死んでしまった肉体に執着する必要はないように思います。

私は子供によくこう言っています。

もし私がどこかで亡くなって、遺体が見つからなかったら、無理に探す必要はない、と。
私は自分でちゃんと成仏するから、遺体を探すことにはこだわらないでほしいと。

遺体は「その人だったもの」でしかないのです。
命がなくなってしまえば、ただの物質なのですから。

もちろん、自分だったものですから、あえて粗末に扱われるのは嫌ですけど…
見つからないものを無理に探してもらうことはないと思っています。
ほっておけば大地に還るのですから、それでいいのではないでしょうか。


私は、地球の生命の歴史を知った時に
「私の生命は、地球に生まれた最初の生命からずっとつながってきたものなのだ」
ということに気づいて、感動しました。

子供を産まず途中で死んでしまった生物には、その子孫はいないわけで…
私がいるということは、私を産んだ父母、さらにその父母、さらにその父母…と、それがずっと途切れることなく続いてきたのだということなのだと。
今生きている生命のすべて…つまり私の中にも、地球の生命の歴史が詰まっているのです。

いったいその「はじまり」から「私まで」の間にどれだけの代があったのかわかりませんが…
私はその「つながってきたすべての生」に感謝したいと思いました。
その時代を生き、子供を産み育ててくれたすべての「先祖」に。

そして、自分に子供が生まれた時に…
そのバトンを自分の子供がつないでいって欲しい、と思いました。

その「つながり」を感じるのが「先祖に感謝すること」ではないのか。
お墓詣りをすることだけが先祖に感謝することではないのではないか、とも感じました。

だって、自分の先祖は父方だけではなく、母方もいるわけで…
それをたどれば、自分に血がつながる先祖なんて、近代だけでも数えきれないくらいいるはずです。

もちろんお墓参りをして、先祖に感謝の意を表すことはいいことではあると思いますが…
私は自分の子孫にそれを強要したくはありませんし、自分を直接知っている人がいなくなった後まで「自分の印」を残すことにもあまり意味を感じません。
地球上の幾多の生物のほぼすべてに「お墓」なんてものはないわけで、そんなものを作っているのは人間だけですから。

親にとっては、子供が幸せでいてくれることが「親孝行」だと思います。親にお礼や感謝を言いに来なくたって別にいいのです。
それと同じで、お墓詣りをすることイコール「先祖孝行」ではないのでは…。
そういうことに、後世の子孫を縛るのはどうなのかなあと思っています。
子孫が絶えてしまえばそんなことをする人もいなくなってしまうわけですし。

私がいろいろ調べたり、甥の話を聞いて感じたことは、
「死んだ人(霊)の考えは、生前の考えが多分に影響しているのではないか」と思います。
供養してほしいと思う霊がいるのは、生前にそういう宗教観があったからではないだろうか、と思うのです。
縄文の人が先祖代々のお墓詣りや法事をしていたとは思えませんし、今の宗教観は近代になってからできたものでしょう。

私は「供養もお墓もいらない」と考えているわけなので、私についてはそれでも大丈夫なんじゃないかな?と思っています。



しかし、実際に周囲の人を見ていると…
やっぱり「死が怖い」という人は多いのだなと思います。

自分の父もそうでしたし…
「自分や家族が、いずれ死ぬということを考えたくない」から、何も考えないようにしている人、というのがけっこういると感じます。

そういう人にとっては、私みたいな考えは全く理解できないのだろうな〜と思います…。


まあ、私みたいに割り切っちゃっている人のほうが少ないのでしょうけれども(^_^.)

人はそれぞれ、その人の「寿命」を全うして死んでいくのだと思います。

だから私は、たぶん母が亡くなってもあまり悲しくないと思うんです。
主人が亡くなっても、寂しくなるとは思いますが、さほど悲しくはないかもしれません。
「生きている間に会えなくなるだけ」で、死んだ人はきっと「あちら」にいて、私が亡くなればまた会えるのだろうと思っています。

子供についてだけは、あまり若いうちに死んだらかなり悲しいでしょうけれども…
でも、自分が100歳の時に子供が72歳で死んだら別に悲しくないかなあ〜。
そのくらいまで生きれば、十分寿命をまっとうしたと言えると思うので。

「身内が死んでも悲しくない」なんて言うと、冷たい人だと思われそうなのと(実際に冷たい人かもしれませんが)
死について、あまりにあっけらかんとしていると「不謹慎」と言われそうな気もして、なかなかこういう事を言うことも少ないので…
ブログに書いてみたというわけでした。

今回の話はこれで終わりですが、不思議な甥っ子の話については、いろいろ逸話があるので、また書きたいと思っています。

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posted by はなずきん at 11:39 | Comment(0) | 近況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする