2018年11月15日

私の死生観の話。(前編)父が亡くなる前後の話と、不思議な甥っ子について。

なんか、タイトルは重そうですが、全然重くない内容です。
なぜなら、私は「死があまり怖くなくなってきた」からです。

6年前に父が亡くなったことが、私が初めて「身近な人」を亡くした経験ですが…
その頃から、だいぶ私の死生観が変わってきたのです。
今回はそのことを書いてみようと思います。


子供の頃はたいていみんなそうだと思いますが…
私も「死」というものが怖かったです。

自分がなくなってしまう。終わってしまう。
その後どうなるのかわからない。

そのことに対して、漠然と不安を感じることがたまにありました。
(たまに、という程度で、ふだんはそんなこと考えていなかったですが。)


ニュースや物語で、人を助けるために自分の命を投げ出す人の話を聞いたりすると…
「私には、とてもそんなことはできない」
と思っていました。
自分の命をなくしてまで他人を助けるなんて、およそ想像のつかない行動でした。

いろいろやりたいこともある。
まだまだ生きたい。死にたくない。
子供を産むまでは、私は自分の「生」に執着がありました。


しかし…
自分の子供を産み、育てていくうちに
「子供を守るためなら、自分は死んでもいいかも」
と感じるようになったのです。

もし子供の命が危ない状態で、私が死んで子供は助かるのならば…
私は死んでもいいと思いました。

そりゃ、ある程度子供が育つまでは、できるだけ死にたくはないです((+_+))
子供が小さいうちに死んでしまったら、心残りかなあ〜とは思います。
しかし、子供の命を守るためなら、自分の命は惜しくありません。

私が、そんなに子供をかわいいと思っているのか…というと、さほどでもありません(笑)
保護者として面倒は見ていますし、幸せになってほしいとは思いますが…そんなに手をかけているわけでもありません。
3人とも、もうある程度育ってはきたので、親は「子供の向いている方向がずれていたら多少修正する」程度の関わりで、後は好きにやってくれていいと思っています。

でも、子供は”守らなければならない対象である”と感じます。
これは母親の本能なんでしょうね。



そんなふうに、子供を育てたことでも私の死生観はけっこう変わったのですが…
父の死に関わる出来事は、またその考えを「加速させた」ような感じでした。


父が亡くなった時のブログはこちら
父が亡くなりました


このブログに書いたことは事実なのですが、この時には書かなかったことがあります。

それは、この前後で私の甥っ子が「霊能力がある」ということがわかった、ということでした。
こんなことを書くと引かれるかも、と思ったので今まで書いたことはなかったのですが…(^_^.)

私はそれまで、霊能力とか幽霊とか、その類のことはあまり信じていなかった…というか、興味がありませんでした。
自分ではそんなものは見えませんし、怖がりでもないので、霊体験や怪談などを聞いてもちっとも楽しくないというか。
だからその手のことはあまり知りもしませんでした。


父は亡くなる前に、ガンであることがわかり、相当取り乱して家族にも当り散らすような精神状態でした。
その頃、私の次兄の子供…私の甥が、毎晩騒ぐようになったのだそうです。

甥は自閉症で、この当時は6歳くらいでしたが、それまでは奇声をあげるだけで、言葉は全くしゃべりませんでした。
しかしこの頃、家に貼ってあった「五十音表」の字を指して、自分の意志を伝えようとするようになったのだそうです。
それからは、iPadなどのキーボードを使って「しゃべる」ようになったのです。ただし、自分だけでキーボードを操作することはなくて、母親である義姉の手を取ってキーボードを押すのです。
だから、義姉を通してしか甥の言葉は「聞く」ことができないのですが…。

甥はこの時、なんで騒いでいるのか聞くと
「おじいちゃん(私の父)が苦しんでいる」
と言います。
「おじいちゃんのうしろの人がそれを伝えに来る」
のだそうです。

そういうことを最初に聞いた、甥の両親である次兄夫婦は…
もちろん、最初は「いったい何を言っているのか」と思ったそうです。
兄も義姉も、そういう霊だのなんだのの話を信じているようなタイプではありませんでしたので。

甥いわく、どんな人にも必ず「うしろのひと」がいて、その人を守っているらしいのです。

最初はその話に半信半疑だった次兄ですが…
次兄の「うしろのひと」は、「加藤さん」だと甥から聞いてびっくりしたそうです。

なぜなら、私の母の旧姓が「加藤」だったからです。
そんなこと、小さい子供に教えたことなどありませんから…。
つまり、次兄の「うしろのひと」は、母の親戚だったということでしょう。
それから、どうも甥の言っていることは本当なのでは?と思うようになったそうです。

まあ、なにぶん子供の「言う」ことなので…
人が聞いたことに必ず答えてくれるわけでもないし、きちんとした文章になっていなくて、何を言っているのかよくわからない部分も多いのですが、6歳にしては不自然に難しい言葉や言い回しをしたり、やけに達観したようなセリフを言ったりします。
とても本人が自分で身に付けた言葉とは思えないし、本人が作っている話にしては「できすぎ」なので、おそらく霊や神様から聞いている言葉なのかと思いました。


甥はどうも、植物や動物、生きている人の「うしろのひと」、死んだ人の「霊」、そして「神様」とも話せるようでした。「悪魔みたいなもの」も見えるそうです。
ただしどんな霊とでも話せるというわけではなく、話しづらい霊もいて(理由はよくわかりません)、それは甥が話ができる霊経由で話を聞いたりしているようでした。

甥はおそらく生まれつき、そういうものが当たり前に見えて会話していたようで、周囲の人には「そういう人やモノ」は見えていない、ということを「会話ができるようになってはじめて知って」びっくりしたらしいです。

そして甥は人の「マイナス感情」を感じやすいらしく、父が不安定な時はそれをずっと感じていたようでした。
父が亡くなった後の母も不安定な時期があったようで、それで騒いでいたこともあったらしいです。
それも、赤の他人よりも血がつながっている親戚の心情のほうがどうも通じやすいみたいです。

そして甥の母である「義姉」の心を、甥は読み取れるようで、次兄がiPadを通したふたりのやりとりを見ていると「全然義姉が言葉を発していないのに、意志疎通ができていることがある」のだそうです。

しかし次兄は、実の子である甥とは「会話」はできないそうです。
また甥には姉がふたりいますが、この二人とも会話はできないらしいです。


甥は現在中学1年になっていますが、自閉症児なので言動はいまだ「3歳児」みたいな感じです。
はっきりした言葉はしゃべりませんし、しょっちゅう飛び跳ねたり物をかじったりしています。
しかし学校の勉強はできているようですし、本などは触っただけで読んでいるような感じらしく、相当の知識を持っているようです。

甥の不思議な話を書きだすとキリがないので、今回はこのあたりでやめておきますが(^^)
私はこのことをきっかけに、人の「守護霊」とか「神様」というのはどういうものなのか、というのを調べるようになりました。


(続きます)


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posted by はなずきん at 15:27 | Comment(0) | 近況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする