2018年08月22日

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その10)悲願達成!登頂成功です!

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その9)九合目到着。山頂まであと一息! より続いています。

九合目から頂上までは、ほぼ岩場でした。
足は疲れていますが、小幅でゆっくり、深呼吸しながら登ります。
この時は、長男が先頭、すぐ後に私、その後に次男、少し離れてS子先輩という順番でした。

長男はふだん全然運動していないくせに、男子高校生だから体力はあるんですね〜。

地道に登っていくと…
頂上の久須志神社の鳥居が見えました!
本当に、あそこが頂上なんですね!?

033_1.JPG

この鳥居を抜け、階段を少し登ったところが本当の「頂上」です。
少し先を行く長男に続いて、私も頂上に到着しました。

やったあ!ホントに頂上まで来たぞー!!

つ、ついに…
私の中学生以来の悲願が叶ったのです!

037_1.JPG

しかし…頂上は霧だらけで、下界は全く見えません。
下界どころか、頂上のあたりでも少し遠くは見えないような有様で、もちろん「お鉢」も見えませんでした。
頂上に来た達成感はありましたが、「天下一の眺望」は全く望めなかったのでした…
041_1.JPG

頂上に到着したのは9時半。当初の予定通りの時間に着きました!
本八合目を出た時は予定より1時間遅れだったのですが、その遅れを取り戻した感じです。

私は、頂上に着いた時が一番元気で、高山病っぽい症状はほとんどありませんでした。頂上が特に空気が薄いとはあまり感じなかったです。
おなかがすいたので、半分残っていた朝ごはんの「レトルト釜飯」を食べました。

私のちょっと後に次男、もう少し後からS子先輩も頂上に到着しました。
長男とS子先輩は「けっこう頭が痛い」とは言っていましたが、そんなに具合が悪そうな感じでもありません。
頂上の気温は10度くらいはあったのでしょうか?けっこう涼しくはありましたが、私は薄手の長袖シャツの状態でさほど寒いとは感じませんでした。

私は最近、旅行先などであまり「記念品」の類は買わないことにしているのですが…
せっかく苦労して頂上まで来たんだから、何かひとつは買おうと思いました。

静岡県富士宮市に「富士山本宮浅間大社」という、富士山を御神体とする神社がありますが、”富士宮ルート”の頂上にはその「富士山本宮浅間大社」の奥宮があります。

私が登った”吉田ルート”の頂上にある「久須志神社」は、
「富士山本宮浅間大社の奥宮の末社」
(ややこしいですね〜)という位置づけです。

久須志神社の前で、次男、私、S子先輩です。
上のほうは曇りでしたが、周囲が全部雲なのでまぶしくて、私はずっとサングラスをしていました。
043_1.JPG

私はこの「久須志神社」で、お守りを買いました。
そして、五合目の神社でも八合目の神社でも「封印」していた、おみくじを引きました。
悪い結果が出ると嫌だったので、頂上に来るまではおみくじを引かなかったのです。

しかし…おみくじの結果は「小吉」とイマイチで…。内容的にもあまり良くはありませんでした。でもいいや、もう頂上に登れたし!(笑)
ふつう、あまり良くない内容だと神社に結んで来るのですが、このおみくじは記念に持って帰ることにしました。

下で待っている主人と娘にもお守りを買おうかな?と思ったのですが、ここのお守りは最低でも1000円するのです。全体的に普通の神社の倍近いお値段なので((+_+))ちょっと「高い」と思って、主人たちに買うのはやめました…。

なにせ、今回富士山に登るのには相当、お金がかかっているのですよ。
交通費、レンタカー、レンタル道具、食糧などの装備に加えて、山小屋で購入したドリンクの代金やトイレ代も馬鹿になりませんでした。家族で登ると出費、ハンパないです。家族全員で登るのは今年が最後でしょう…。

山小屋では、いろいろな記念品などを売っていましたが、高かったのもあって何も買いませんでした。
山小屋のお兄さんが
「ビール冷えてますよ〜!」
と声を張り上げていましたが、あの天気と気温で「ビール冷えてます」って言われても…どちらかというと「あったかい甘酒」とかのほうが欲しい感じですよ。
あのビールは全然、売れてなかったろうなあ(笑)。


吉田ルートの下山道は、七合目までトイレがないので、頂上でトイレに入っておくことにしました。
下の山小屋のトイレは「任意の寄付」の箱があるだけですが、ここは「窓口」があり、先に料金300円を払わないと入れないシステムでした。
(本八合あたりの山小屋でもそういうシステムのところがあったようですが)


私たちより後から登ってきたグループの人たちが、登頂を祝って「万歳三唱」をしていました。
私と長男がそれを聞いて「私たちもやろう」ということになりました。

ふだんだったら、自分から万歳三唱なんてまずやりませんけどね…
なにせ、日本一の山に登ったんですから、そのくらいはやりたいじゃないですか!

ええ、私と長男、次男、S子先輩の4人でやりましたとも。
もちろん、音頭を取ったのは、私です(笑)

「富士山の登頂を祝ってー!ばんざーい!」「ばんざーい」
「ばんざーい!」「ばんざーい」
「ばんざーい!」「ばんざーい」



「よしっ、これで頂上でやるべきことはやったぞ!」

(っていうか、視界が悪すぎて他にやる事もなかったのですが…(^_^.))

というわけで、下山道へと向かいます。

(続く)

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posted by はなずきん at 16:37 | Comment(2) | 富士登山記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月21日

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その9)九合目到着。山頂まであと一息!

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その8)主人&娘、本八合目で無念のリタイア。 より続いています。

「富士山第一ホテル」で、主人と娘と別れ…
私、長男、次男、S子先輩の4人で頂上を目指します。

本八合目から八合五尺あたりまでは、岩場ではなく砂っぽい道です。
案外登りやすく、八合五尺の「御来光館」に到着したのは、本八合目を出てから15分後くらいの8時10分頃でした。

027_1.JPG

この「御来光館」より上は、頂上まで山小屋はありません。
「次の待ち合わせは九合目で」
と子供たちと決めて、登り始めます。

この後はけっこうキツイ岩場が続きます。
道も狭く、登山者がつらなっているのですが、自分もそんなにハイペースでは登れないので、その列の流れで進んでいる感じでした。
八合目あたりだと、ホイホイと人を追い越すように登っている若い人が時々いますが、さすがにこのあたりはみなさん、ゆっくりとしか登れないんだと思います。傾斜もキツイし、空気もだいぶ薄くなっているようですしね。

本八合目あたりまでは私より先行していた長男も、このあたりになってくるとそんなに早くは登れないようで、さほど離れない状態で連なっていました。

上に行くほど道は狭くなっていくのですが、下のほうに比べるとなんとなく人が減っているようで、そんなに混雑している感じでもありません。ここまで来れない人もけっこう多いのかもしれないなと思いました。
もし主人が来ていたら、この道を登るのには相当時間がかかっただろうな…と思いながら登っていました。

上のほうに白っぽい鳥居が見えたので、
「あれはもしかして山頂の神社?」
と思っていたのですが、それは九合目にある鳥居だったのでした。


このあたりでは、前日からの蓄積もあり、足がやや疲れてきていました。
「まだ行ける」という気持ちと、「疲れたなあ」という気持ちが同時にあって…
くじけそうになった時は
「(そんなに強そうでもない)母が60才の時にも登ったんだから、5年も剣道を続けてきた私が登れないわけがない!」
と自分を元気づけていました(^^)

しかし…下山後、母の昔の話を聞いたのですが…
母は私を含めた家族と一緒に行った時には七合目で断念していますが、その後に、父と二人で2回、山頂への登頂に成功しています。

しかも、2回目は父が頂上でお腹の具合が悪くなり、下山の途中まで、母が父のリュックを持っていたとのこと。
自分のリュックももちろんあるわけで、さらに他人のリュックを持って降りるなんて、相当大変だったのでは?
当時スイミングに通っていたとはいえ、私の想像以上に元気だったらしい母の話にびっくりしたのでした。


さて…
この日は時々青空が見えているような天気だったのですが、九合目の手前あたりで急に天気が悪くなり、周囲が霧(というか雲?)に覆われ、かなり風が強く吹いてきました。気温も下がっているようで、けっこう寒いです。

富士山頂上近くは寒いとは聞いていましたが
「ああ、こういう時に低体温症になるのかも…」
と思い、一旦ストップして、上に雨具をはおることにしました。

途中でまた風はおさまり、今度は暑くなったので雨具を脱ぎました。汗をかいて冷えないよう、何度も脱いだり着たりしていたので、リュックの外側に上着を止めるところがあったほうが便利だなあと思いました。(そういう構造のリュックもあります)


後から調べたら、この日は富士山周辺は晴れていましたが、台風が日本の南のほうにいたおかげで、湿った空気が流れ込んできて富士山の上のほうに「笠雲」を作っており、富士山の上半分だけすっぽり雲に覆われていたのでした。


私は登っている時は身体の調子は良くて、頭痛もほとんどありませんでした。
時々「息が上がりやすくなってるかも」と感じることはあり、その時は「吐き切ってから吸う」深呼吸を意識してやりましたが、この呼吸法は、高山病予防にけっこう効果があった気がしています。

そして…やっと、九合目の鳥居に到着です!

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鳥居の少し上に「迎久須志神社」があり、以前はここで焼印を押していたそうですが、現在は閉鎖されています。
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「迎久須志神社」の脇で、休憩を取っている人たちがたくさんいました。
私たちも一息入れて、水分補給やお菓子などをつまみます。
長男やS子先輩は「けっこう頭が痛くなってきた」と言っていましたが、そこまで具合が悪いわけではないようです。


九合目まで来たことで
「(私が中学の時の)記録を超した!」
と思い、ここでもほんのり達成感を感じました(笑)

中学生の時は、八合五尺で高山病でへばってしまいましたからね。
吉田口の八合五尺にはひとつしか山小屋がありませんから、私がヘロヘロになって泊まらせてもらったのは「御来光館」だったのでしょうか。


九合目に到着したのは、8時40分。本八合目から45分かかりました。
本八合目を出たのは予定より1時間遅れだったのに、この時点では20分遅れまでに縮まっていました。なかなかいいペースで来たようです。

そもそも今回の「予定時間」は、一番遅い主人が登るペースで計算したものなので…
私とS子先輩と長男と次男だけだと、まあまあ早く登れるのですね(^^)


九合目の標識には「山頂まであと30分」と書いてありました。
30分で登れるかどうかはわかりませんが、上のほうを見上げると構造物みたいなものが見えます。あれが山頂でしょうか!?
あと少しと思うと、気持ちもアガってきます。

あと一息だ。
がんばるぞー!!


(続く)

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2018年08月20日

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その8)主人&娘、本八合目で無念のリタイア。

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その7)八合目からのご来光&高山病について より続いています。

ご来光を拝んだ後、山小屋ひとつごとに待ち合わせをしながら上を目指します。

八合目の「蓬莱館」を過ぎ
「白雲荘」(5時40分着)で”もぐもぐタイム”です。
018_1.JPG

次の「元祖室」に着いたのは6時15分頃。
020.JPG

ここは山小屋と同じ建物内に「富士山天拝宮」という神社がありました。
お参りしたら、宮司さんが「ここから上が神域なんですよ」と説明してくださいました。

ここの神社と同じ高さに、富士山頂上の火口の底があるそうで…。
火口の底に神様がいるので、ここからその神様を拝むという場所だったのだそうです。
火口の底ってそんなに深いのですね!?今調べたら、「大内院」という名前で、標高3537メートルでした。
頂上から200メートル以上も標高差があるとは…。

※大内院は、富士浅間大社により禁足地(足を踏み入れてはいけない聖域)とされているそうです。冬は入ってもいいようですが、普通の登山者は冬には行かないですよね…。
※元祖室の標高は3,250メートルだったので、実際の火口の高さとはちょっと差がありますね!(^_^.)


「富士山天拝宮」の横の階段を上ったところにも「烏帽子岩神社」というのがありました。
ここは「身禄行者(みろくぎょうじゃ)」という、富士講(江戸時代に始まった、富士山を信仰する団体)を盛んにさせた人物を祀ったものです。

ここの神社は「神道扶桑教」と書いてありました。
私は富士山関係の神社はいくつか行きましたが、同じ「富士山がご神体」の神社でも、いろんな宗派?があるんですねえ…。


「元祖室」を出て…
その次はちょっと距離がある「本八合」「富士山ホテル第一」で待ち合わせになりました。

朝、山小屋を出た時には「(高山病で)亀のような動きしかできなかった」私は、登るごとに元気になっていきました。運動したおかげで体に酸素が取り入れられたのでしょう。
食欲も少しずつ出てきて、山小屋でもらった朝ごはんのレトルト釜めしも半分食べられました。

しかし、長女のほうはだんだんヘタレてきました…。
高山病もひどくなり、昨年同様に膝も痛くなっていたようです。
主人に励まされながらなんとか登ってはいましたが、途中で疲れて座って寝たりもしていたようです。

私とS子先輩が富士山ホテル第1に着いたのは7時頃。
昨日は元気で先頭を切っていた次男はちょっと疲れ気味で、私たちと同じ頃に到着です。
6時40分着予定だったので、ちょっと遅れていました。
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ここに登ってくるまでの間「すごく眠い!」と言っていた次男。
主人と娘が来るまで昼寝していました。30分くらい寝たかも…。
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そして、だいぶ遅れて来た主人と娘が「富士山ホテル」に到着したのは、7時40分位。
すでに、本八合到着予定時刻を1時間過ぎていました。

その前からかなり辛そうだった娘は、ここに着いた途端
「もうダメ!登れない。頭も痛いし膝も痛い」
とリタイア宣言。

他のメンバーは多少の頭痛はあったものの、まだまだ行けそうです。
う〜ん、娘は置いていくしかないのか…
しかし、子供一人では山小屋では預かってはもらえないようです。

主人は体力はまだありそうでしたが…なにぶんペースが遅いので、このまま頂上を目指すと下ってくるのが相当遅くなると思われました。
なので、主人が娘を連れて、下山道のほうにある「下江戸屋」まで行って、そこで休憩して待っていてもらうことにしたのでした。


(続く)

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posted by はなずきん at 21:34 | Comment(0) | 富士登山記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月19日

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その7)八合目からのご来光&高山病について

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その6)八合目の山小屋で酸欠。頂上に行けるのか!? より続いています。

午前4時過ぎ…ダルダルな体を引きずって、なんとか登り始めた私。

「太子館」のひとつ上の「蓬莱館」で待ち合わせをするということと、
この日のご来光は5時少し前くらいだったので、”ご来光はその時間になったら各自で拝む”
ということを決めて、登り始めました。


私の二日目の服装は…

ユニクロのエアリズムブラトップ(タンクトップ)
吸水速乾長袖シャツ→日が昇ったら暑くなったので、脱いで薄手の綿シャツに変更
スポーツショーツ、クライミングパンツ

登り始めは防寒のために雨具(レンタル:モンベルのサンダーパス)を着ていました。
また暗かったので、最初はヘッドランプを装着しました。


ところで、山小屋についてから気づいたことなのですが、主人が持ってきていたヘッドランプがつかないのです。ちゃんとパッキング前に動作確認もしたのに…!
しかたないので、2500円もするヘッドランプを山小屋で購入しました。七合目の山小屋では1500円で売っていたのに…。どちらも、下で買えば1000円くらいの品ではないかと思いますが(T_T)
ヘッドランプはそんなに重いものでもないし、山小屋内でも使うものなので、予備でひとつくらい余分に持って来ればよかったかも…と思いました。

ご来光のちょっと前までは暗かったので、ヘッドランプをつけての登山でしたが、足元が見えづらいのでちょっと疲れました。八合目あたりは岩場だったので、足元をしっかり確認しないと登れなかったからでしょうか。
富士山では夜間に登山している人もけっこういますが、私はあまりやりたくないな〜と思いました。


私は、登り初めは非常に調子が悪く…ナマケモノのように、身体を非常にゆっくりとしか動かせず、のたり、のたりと足を動かしていました。
同じく具合が悪い長女と、たいして変わらないゆるゆるペースでしか登れなかったので、こんな状態でホントに頂上まで行けるの?と心配でした。

「今日の私は、のろまな亀だね!」
と発言してから、なんかどこかで聞いたセリフだなあと思ったら…

それは
「私はドジでのろまな亀」(byスチュワーデス物語)
じゃないの!と主人に指摘され、それか!とみんなで笑ってしまいました。

子供たちはもちろんスチュワーデス物語を知らないので、説明してあげましたよ。私も実際には全然見てないですけどね!(笑)


しかし、具合が悪かった私は、登っているうちにだんだん元気になってきました。
宿を出た直後は全く食欲がなくて、最初はゼリー飲料すら飲む気にならなかったのですが、少し登ったところでゼリー飲料が飲めるようになり、もうしばらく登って、やっと宿からもらったご飯を半分食べられるようになりました。

つまり、宿での酸欠が私の具合を悪くしていたのであって…
動いたらその分身体に酸素が取りこめたようで、私はむしろ登るほど元気になっていきまして、その後は具合が悪くなることはありませんでした。
歩いている途中で息が上がってきた時には、意識して深呼吸(息を吐き切ってから吸う)を時々していたのも良かったのだと思います。


これってやっぱり、剣道(&自主トレ)を続けた成果ですよね!?
動きさえすれば、高山でも十分酸素を取り込めるような身体能力がついていたんですねえ〜。

呼吸法も稽古で習ったわけではありませんが、剣道を始めたことがきっかけで、いろいろ調べて身に付けたことなのです。

剣道をしていた次男も、ちょっと頭痛がしていた程度で、そんなに高山病はひどくならなかったようです。
高山病については、家族の中では私と次男が一番適応力があったと言えるでしょう。剣道って、役に立ちますね!(笑)

私が宿で酸欠で具合が悪くなってしまったのは「あまり動いていない状態だったから」なのかもしれません。長女も「宿にいる時が一番具合が悪かった」と言っていました。

よく
「高山病になったら、山を降りるしか良くなる方法はない」
と書いてありますが…
私について言えば、むしろ登ったほうが元気になりました(^_^.)
上に行くにつれて酸素は薄くなっていたのでしょうけれども、身体を動かしたおかげで酸素を十分に取り込めたようです。
山小屋を出る時は、具合が悪くて「もう登れないかも…」なんて思っていましたが、そこであきらめなくて良かったです。


ただ、食欲だけはその日一日を通して、あまりありませんでした。
朝出発してから、15時過ぎに五合目に下りるまでに食べられたのは、宿でもらった釜飯パックとパン、あとちょこちょことゼリー飲料、お菓子やアメ程度でした。
いつもなら、これだけ長時間の運動をしたら、私はかなりガツガツ食べるんですが…こんなに食欲がないのはホント、珍しかったです。
家のほうに帰ってからの夕食では多少食欲が戻りましたが、それでもいつもに比べたらあんまり入らないなあという感じで、普通に食べられるようになったのは、翌日朝からでした。


私と主人、長女、S子先輩は最初はゆっくりペースだったので、蓬莱館に到着する前にご来光になりました。
長男と次男は蓬莱館に到着していて、そこで見たそうです。
この日は雲がかなり上のほうまであったので、七合目ではご来光は見えなかったのではないでしょうか。昨年は七合目で見られてラッキーだったのですね。

下の3枚の写真は、長男撮影です。
高校の写真部の作品として撮影したものなので、転載はご遠慮ください!


ご来光の前。シルエットは次男です。
Mt.Fuji_180808_0009.jpg

ご来光の瞬間!
Mt.Fuji_180808_0007.jpg

この日の雲海はモコモコしていて、飛び込みたくなるような感じでした(^^)
Mt.Fuji_180808_0025.jpg


(続く)

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2018年08月18日

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その6)八合目の山小屋で酸欠。頂上に行けるのか!?

富士山、リベンジ!メタボな主人と家族で登山。(その5)七合目花小屋〜八合目太子館まで より続いています。

さて、八合目太子館に到着しまして…
中に案内されました。

太子館の入り口部分。檜作りの山小屋です。
039_1.JPG

宿泊客が寝るスペースは、部屋全体が巨大な2段ベッドになっているような構造で、私たちは2F部分のほうになりました。
私たちが到着したのは16時頃だったので、まだ人があまりいなくてすいていたのですが…その後続々と宿泊客がやってきて、山小屋はほぼいっぱいになったようでした。


八合目太子館のページには以下のように書いてあります。

太子舘はもともとの定員は550人となっていました。しかしながら、お客様に万全の体調で山頂を目指していただくため、上限を350人程度にして、広々としたスペースでゆったりと休んでいただけるようにしています。混雑時の山小屋にありがちな、枕を互い違いにして、窮屈な姿勢で寝るようなことはありません。
さらに山の雰囲気を味わっていただけるように寝袋をお一人ずつご用意しています。

…とありましたが…、実際は、かなり窮屈でした。
荷物を置くスペースが廊下部分にありましたが、とても全員のリュックを置けるようなスペースはなかったので、結局寝る部分に持ってきましたし…。(靴だけはそのスペースに置きましたが)

↓荷物を置くスペースです。肝心の宿泊スペースは撮り損ねました(^_^.)
そして宿のあちこちに「リバース用」の洗面器が必ず用意してありますよ!
042_1.JPG

主人がけっこう「幅が広かった」のと、私たちの隣にいたグループの人たちが、こっちのスペースに少しはみ出してきていたこともあり(隣のグループのほうが先に寝ていたのでどかしようがなかった)、ほぼ寝返りもできないような状態です。
前はあの状態より定員が多かったなんて、ちょっと想像がつきませんが…(^_^.)

ちなみに昨年の「七合目トモエ館」は、七合目ということもあってあまり混んでいなかったせいと、うちの家族だけのスペースだったこともあり、今回よりはやや余裕がある感じでした。

メタボな主人と、家族で富士山登山!(その8)七合目トモエ館の様子


山小屋についた時は”すぐにも夕ご飯を用意します”みたいな説明だったのですが、他の団体が多かったせいかだいぶ待たされて、私はかなりお腹がすいていたのですが、もうすぐだろう…と思って待っていたらいつまでも呼ばれなくて…倒れるかと思いました(笑)
結局、夕ご飯にありつけたのは、私たちが到着してから2時間後の、18時ちょっと前のことでした。

この宿はけっこうキャパが多く、お客さんも多かったです。
従業員(バイト)もたくさんいましたが、半分くらいの人は不慣れな雰囲気でしたねえ。

今調べてみましたが、太子館の収容人数は350人。
富士山の山小屋の中では一番キャパが大きいほうのようです。


富士山に登ろう(小屋情報)

ところでなんで今回「太子館」を宿泊先に選んだかというと、八合目では一番下にある山小屋だったからです。
昨年は七合目で挫折したわけですから、あまり上まで行くのは無理だろうと思ったので。

私が登ったのは平日だったので、満員ではなかったのでしょうけれども…それでも十分多かった気がします。団体客も多く、出入りも多かったですねえ。収容人数のあんまり多すぎる宿は落ち着かないなあと思いました。
山小屋なので、多少不自由なのは覚悟していましたが、私はここはもう泊まりたくないと思いました(T_T)
その理由は後から書くとしまして…。


私たちが到着してから後は、夜半まで雨が降っていて…
けっこう雷も鳴っていました。

夕ご飯は、カレーライスとソーセージ1本、さばの煮つけ、お菓子などでした。
昨年は「カレーライスだけ」だったので全然足りず、夜中におなかがすいていろいろ食べていたのですが…
今回は夕ご飯だけで、十分おなかいっぱいになりました。

↓太子館の夕ご飯。山小屋にしては豪華!
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この時に一緒に明日の朝食が配られました。
朝食は、
レトルトの釜めし1袋、長期保存のパンひと袋、500mlのミネラルウォーター1本
でした。
この釜飯は、ごくフツーのレトルトパックご飯でしたが、子供たちは「旨い!」と喜んで食べてました。
パンのほうは…長期保存タイプだったせいか「ほぼパン」しかなくて、ちょっと食べづらかったですねえ。

翌朝の天気予報を確認したら、いちおう晴れのようでした。
夕ご飯が終わり、明日は午前3時に起きて4時に山小屋を出る、ということを決めまして…
寝ようとしたのが午後8時頃。

ところが…いつもなら寝つきのいい私が、全然、寝られないのです。
いつもの私は、多少環境が悪くても寝ちゃうほうなんですけど…。
私たちの下にいる子供たちがうるさかった、と長男はぶつくさ言っていましたが、私はそれは気になりませんでした。
※私は主人の大いびきの隣でフツーに寝てますからね!

まずスペースが「狭い」。
寝返りもままならない幅しかありません。せいぜい、上を向くか横を向くかくらい。

そして「暑い」。

昨年は朝方少し寒かったので、長袖を着て寝ようとしましたが…途中で暑すぎて半袖に着替えましたが、それでも暑いのです。
もちろん寝袋になど入るわけもなく、チャックを広げた状態でおなかにだけかけていたのですが。

全く寝つけない状態で時間だけが過ぎていき、ぼんやりと寝たかどうか、という感じの時に長女が目を覚まして私に時間を聞いてきました。
私はスマホが遠くにあったので、めんどくさくて見なかったのですが、長男が時計を見て
「8時50分だよ」
と。
私はけっこう時間が経ったと思っていて、もう12時くらいにはなっただろうと思っていたので、寝初めてから1時間も経っていなくてびっくりですよ。
長男の言った時間が信じられなくて「時計、止まってるんじゃないの?」と聞き返してしまいました。
他の寝ていた家族も、もっと時間が経ったと思っていたようです。

いつも寝つきのいい私が、これは変だ。
このままここに寝っころがっていても眠れないだろう、と思いました。


これは一回起きてリセットしたほうがいいと思って、階下にある山小屋のロビー部分に降りました。
私の家族も寝心地が悪かったようで、みんな起きてきました。

※唯一、主人だけはこの時にぐっすり寝られたようですが…。
私たちより一足先にさっさと寝ていたからかもしれません。


…なんか、フラフラして気持ち悪いです。
そして、頭が痛い…。

これは…「高山病」ですよねえ…。


私は宿に着いた時には「ちょっと頭痛がする」程度だったのですが、寝ている間にひどくなったようです。
これは、寝ている場所が相当、酸欠状態だったのでは…と思いました。

宿の人に、
「具合が悪いのでロビーで休ませてください」
と言ったら、
「どうぞここで休んで下さい。でももう少し暖かい格好で休んだほうがいいですよ」
と言われたので、自分の寝袋を持ってきました。

最初のうちはロビーの隅っこで座って寝袋をかけていましたが、やっぱり具合が悪いので横にならせてもらいました。
ロビーのほうが、部屋よりはいくぶん酸素がある気がしましたが、しばらく休んでいてもあまり治りません。
そして、やっぱり、全然眠れないのです。
この日は早起きだったし疲れているので、いつもなら寝れないはずはないのですが…。


他のメンバーは外に出て戻ってきたのですが、私にも「外に出たほうがいいかも」と言われました。
長女はかなり具合が悪かったようで、主人とS子先輩に連れられて、太子館に併設されている救護所に行ってきたそうです。
痛み止めと吐き気止めをもらって飲んで、だいぶ楽になったということでした。

私もトイレに行くために外に出たら、ちょっと具合が良くなった気がしました。
これは、外に出ていたほうがいいのかも、と思い、しばらく山小屋の外をうろうろすることにしました。身体を動かしたほうが酸素を取り入れられそうだったので、歩いたり体操をしたりしていました。
外のほうが酸素が濃い気がしたので、外で寝たいくらいでしたが、さすがにそれは寒そうだし…。
(後でS子先輩から、外では寝袋で寝ていた外人さんたちがいたと聞きました。本当は富士山では野営してはダメらしいですが)

ちょっと前まで降っていた雨はその頃には止んでいまして、雲の切れ間から星がよく見えていました。
ふだんコンタクトの私が、その時はメガネだったので良くは見えなかったのですが、おそらく天の川が見えていたのではないかと思います。

あまり具合が悪かったら救護所に行こうかなあとも考えていましたが、外にしばらくいたら、だいぶ気分が良くなりました。具合が悪くなったのは、宿の中の酸素が足りなかったせいなのですね。
宿に戻ったら、宿の人が
「雨が降っていたので、さきほどまで換気できなかったんですが、雨が止んだようなのでこれから窓を開けます」
と言っていました。

そうか、それでこんなに「酸欠」だったのか…!

夜中から窓を開けて換気し始めたのと、11時くらいに「頂上でご来光を見る組」が出て行ったこともあり、酸欠状態は当初よりはだいぶマシになったようです。
人の出入りが多い時間のほうが、空気が扉から入ってきていたせいか、空気がフレッシュになっていたようでした。


私はその後、やっと眠気が来て…そのまま、下で寝させてもらいました。部屋?に戻ったら絶対寝られないだろうと思ったからです。
長女も部屋では相当気持ち悪かったらしくて、結局途中から私の隣に来て寝ていました。

その後も「具合が悪いのでロビーで寝たい」という人が何人も来ていました。
きっとどの部屋も酸欠状態だったのでしょう。

でも、ここのロビーは狭かったので…従業員さんに
「スペースがないので、これ以上は無理です。申し訳ありません」
と言って断わられていました。

他にも、やっぱりベッドでは居心地が悪かったのか、階段部分に座っている人たちなどもたくさんいました。そのあたりのほうが、寝床よりは多少酸素があったようです。
「子供が吐いちゃって」と、中身入りの洗面器を持ってきていた人も何人かいました…。

私と娘ばっかりここで寝ちゃって、悪いな〜とは思いましたが…、
私もその後も決して具合が良かったわけではなく、上に戻ったら絶対に寝られないと思ったので、下で寝続けさせてもらいました(^_^.)


「寝たほうが高山病が悪化する場合がある」
という話は知っていました。

寝ると呼吸が浅くなるので、山小屋についてすぐに、その高度に慣れていない状態で寝ると、高山病になりやすいそうです。だからしばらく体を動かして慣れてから寝たほうがいいのだとか。

以前(中学生の時)は、夜はひどい頭痛でしたが、山小屋で一晩寝たら高山病は治りすっきり元気になっていたので(滞在時間中に高所に順応したのだと思われます)、そんなことってあるんだろうか…と思っていたのですが…。

しかし今回は純粋に「寝ていた部屋の酸素が足りなかった」のではないかと思っています。
外に出たら多少マシになりましたし、私が山小屋に到着してから寝るまでに4時間くらいありましたしね。


「太子館」は、宿のキャパが大きいわりにロビーが狭く、その点でも使いづらかったです。
昨年の七合目トモエ館のほうがこじんまりしていて、休憩スペースもしっかりしていてよかったです。

具合が悪かった私に、太子館の従業員さんは親切にしてくれましたが…
いかんせん、お客が多すぎて、それをさばくので精一杯という印象でした。

何より、宿の構造上、ちょっと気象条件が悪い時には酸欠になりかねません。
山の上で雨なんてしょっちゅうでしょうに、それで換気できないのでは困りますよねえ。
山登りでの宿泊なのに「酸欠で眠れない」なんて、なんのために宿泊しているのだかわかりません。


私は夜中になって、やっとひと眠りすることができましたが…
朝3時に、主人が私を起こしに来たのですが、その時点では決して具合は良くはなくて「このまま寝ていたい」と思いました。

その時は
「八合目でこんなに高山病がヒドイのでは、今回も頂上には行けないかもしれない」
と感じていました…。


長女以外の他のメンバーは、私ほどは具合が悪くないようです。
「頂上ご来光組」が出て行ってからは、スペースにも酸素にも余裕ができたのでいちおう寝られたということでした。

私は頭も痛く、体もダルダルでしたが、なんとか出かける準備をして…
宿を出たのは、予定通り午前4時頃のことでした。

↓出発時の太子館の様子です。
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posted by はなずきん at 15:33 | Comment(0) | 富士登山記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする