2017年02月04日

母と子の剣道日誌(150)子供を教えるということ(後編)

母と子の剣道日誌(149)子供を教えるということ(前編)より続いています。

今回は、剣道とはあんまり関係なく、子育ての話が中心です。

私は、自分が親となって約16年になりますが…

子育てをしていて、自分の子供が精神的なダメージを受けたり、あるいは他人の心や体を傷つけたり、いろいろ悩みを持ったりすることは時々ありましたし、これからもあるでしょう。
今も、長男と次男は反抗期真っ只中ですし、長女もそろそろという感じです。
ふだんの会話や意志疎通はできていますが、上のふたりからは「うるせーな」などと言われる事も増えました。

我が家では、主人が仕事のシフトの関係で週2〜3日しか家にいないのもあり、子供が何か問題を起こしても、そのたびに主人に相談するのは難しい状況でした。
主人が戻ってきた時に相談するにしても、子供が小さい頃は私はしょっちゅう愚痴っていたので(本当に大変だったのですよ〜)、夫のほうが精神的に参ってしまったこともあったりして…、
どうも、男性は、女性が”吐きだせばすっきりする”ような愚痴を流せないような人がけっこういるようですよね。女性よりある意味メンタルが弱いというか、図太くないと言いますか。

子供が生まれてからずっとそんな状況だったので、子供に関するトラブルがあっても、たいがいのことは私ひとりでなんとかしなければならなかったのです。
それを繰り返しているうちに、親というのは、腹をくくって子供の状態を受け入れなければいけないんだ…と覚悟させられました。

そして、先生というものが子供にどれほど影響を与えるものかということも、改めて感じました。
子供が一番長く生活する学校では特に、先生の指導や対応いかんで、子供の状態はかなり変わるものだと思いました。

そして学校に限らず、習い事でもやはり先生というのは子供にとって大きな存在ではないかと。
愛情を持って教え、悪い事は叱り、そして子供を受け入れる…その覚悟がないと、先生というものはできないと思うのです。
そんな覚悟を持つのは、自分の子であっても難しいのに、他人の子であればなおさらです。



私は、自分の子供を持つまで、「子供というもの」があまり好きではありませんでした。
精神的成長が早かった私は、自分が子供の頃から他の「子供っぽい」子供が理解できなかったのです。

自分が幼稚園に入園した時、母親と離れるのが不安で泣いている他の子を見て「なんでみんな泣いてるの?」と母に聞いた私。
幼稚園に行ったってまたすぐ家に帰るんだし、ちょっと母親と離れる程度のことで他の子が何を泣いているのか、わからなかったのです。

小学生の時も、ちょっとした喧嘩で「絶交切〜った!」なんて幼稚なセリフを言う同級生がどうにもわかりませんでした。「絶交なんて言ったって、どうせすぐまた遊ぶくせに、なんでそんな事言うんだろう」なんて思っていたものです。

私は小さい頃から本を読むのが好きでしたが、ほとんどが作り話だというのはかなり小さい頃からわかっていました。だから、サンタも信じておらず、父が枕元にプレゼントを置いているのもわかっていました。


いや〜、かわいげのない子供ですね〜(笑)
かなり大きくなるまで、わりと「上から目線」の子だったかと思います。
そんな事を言うと嫌われるというのはわかっていたので、そういう内心をできるだけ出さないようにはしていましたが…。
「ぐずったって、何の得にもならない」ことを理解していたので、親にダダをこねたりすることも少なかったようで、母は「手がかからなくて楽だった」と言っています。


そんな私ですから、大人になっても「子供ってよくわからん、めんどくさい」と思っていました。
赤ちゃんを「カワイイ」という人が理解できず、あの猿っぽいのが何が可愛いのか…、お世辞じゃないの?と思っていたくらいです。
大学生の頃から、主人とは結婚前提で付き合っていましたが(というか、付き合ってから結婚したいと思ったのですが)、これで自分の子が可愛いと思えるのか…、心配でした。

しかし、兄が私より先に結婚して、自分の姪となる子が生まれて見た時に、初めて赤ちゃんを「カワイイ」と思ったのです。
そうか…、自分の血筋の子なら可愛いって思えるのか!とわかって、ちょっとびっくりです。

姪っ子が赤ちゃんの時、義姉が私の実家(自営業)で働いていて、姪っ子を仕事の時に実家に連れてきていたので、まだ大学生で家にいた私は時々子守をしていました。
子供の頃から動物は好きだった私なので、赤ちゃんって動物みたいで面白い、けっこう可愛いんだな…と感じて、これなら、自分の子供が生まれても育てられるかも、と思いました。


そして、結婚して自分の子を産んだわけですが…
確かに赤ちゃんは可愛い、自分の子は可愛いですが、それ以上に本当に手がかかると思いました。
可愛いと思えなければ、面倒なんてとても見られないですよ。よくぞまあ、こんなに手のかかるものを私の親も育ててくれたものだ…と思って、親に本当に感謝する気持ちになりました。

さらに子供が成長してからは、物理的に手がかかることもですが、対人的、社会的にいろんな問題を子供が持ちこんで来るのに、最初はすごく疲れました。

特に長男は、ものすごく手がかかる子でした。
かなり落ち着きがなく、しかも友達に危害を与えるタイプで、私は長男がはいはいするようになってから以降から、幼稚園に入るまでは、ほとんど目を離すことができませんでした。
後からわかったのですが、長男は高機能自閉症だったのです。いわゆる「発達障害」の部類になります。

高機能自閉症、というのは、知能に遅れがない自閉症という意味ですが…
一見普通の子なんですが、落ち着きがなく、対人的、社会的には普通の子供とはけっこう違う部分があり…。
幼稚園、小学校低学年の間は比較的行動は落ち着いてはいたものの、友達と喧嘩してケガさせたり、させられたり、高学年になってからはクラスで孤立してしまったり、やや登校拒否になったりと、いろんな問題を起こしてくれました。

それに対処し、受け入れているうちに、私も親としてだいぶ腹をくくらされたのです。
次男、長女もまた違う個性があって、しかもやっぱり手がかかるタイプなので(笑)3人とも小さい頃はけっこう大変でした。
今はだいぶ手がかからなくはなりましたが、夏休みなど、子供がずっと家にいるとうんざりしますσ(^_^;)。


しかし、そうやってうちの子を育てているうちに、子供というものが前よりは理解できてきて、よその子も可愛いな、と感じるようになってきました。
子育てではいろんな人に助けてもらうことがあり、世間のありがたみをつくづく感じました。

私とは正反対のずぼらなタイプの主人との付き合いの効果?もあって、世間の人に対してもだいぶ寛容になりました。人は自分ひとりでは生きられない、いろんな人と助け合って生きていくものなのだと。
いろんな人がいてこそ世の中が成り立っているのであって、自分と考えが違う人がいても、許容していきたいと思うようになりました。

私は子供を産むまでは、他人のために自分を犠牲にできる、という人の心情が理解できませんでした。
他人の役に立つことや、人を助けることは好きでしたが、自分の命をかけてまで…とか、そこまではできないなと思っていたのです。

でも、自分の子供を産んで育ててみたら、自分の子供が死に直面していて、自分が犠牲になって子供が助かるのなら、私はそうするのではないかと思えました。
これが母親の本能というものなんでしょうねえ。

母親になったことで、だいぶ子供と、周囲のみなさんに成長させてもらえた気がします。


しかし…今でも私は「子供はみんな可愛くて大好き!」というほどではありません。
剣道を子供と一緒にやったり、教えたりするのはとても楽しいのですが、泣いてぐずっていたりする他人の子は、正直「めんどくさいな〜」と感じてしまいます。
うちの子ならほっておいて大丈夫だとわかっているのでいいのですが、よその子はいろんな子がいるので、どう対処したらいいか迷うのです。


実際に、今の剣友会でも、すぐにメソメソと泣いてしまう子がいます。
それも、特に厳しくされたからとかいうわけではなく、何かその子の中のきっかけがあって泣いているようで(自分で、剣道が上手くできてないと引け目に感じているのかもしれません。わりと筋はいい子なんですが…)傍から見るとなぜ泣いているのか、理解不能なのです。
理由を聞いても黙って泣いているだけだったりして、ホントどうしたらいいのかと思います。
たいてい、その子のお母さん(剣道をしています)が、なんとかおさめてくれるのですが…

私は、うちの子が泣いていたら、よっぽどダメージを受けているのでない限り、突き放すほうです。
人前で泣いたところで何にもプラスにならない、何か問題があるなら泣かずに思っていることを言わないといけない、という事をわからせるためです。

私は、他人の前では泣いたことがない子でしたので(外で泣くのはみっともないと思っていました。家族の前ではよく悔し泣きしてましたが…)よく泣く子のことがあまりわからないのです。
うちの娘もよく泣いてますけど、たいがい放置してますし、そのうちケロッと立ち直っています。

しかし「泣き虫」タイプの子にはどう接するべきなのか…、いつも困っています。
その子のお母さんですら「あの子、めんどくさいわよねえ。辛いなら辞めてもいいって言ってもやめないのよ」と言っているくらいなのですが、出てくる頻度は少ないものの、辞めずに1年続けているのです。

今は、たまに元立ちとして教える程度なのでそんなには関わっていませんが…、
自分が先生となったら、そんな子をほおっておくわけにもいきません。
私が理解できないような行動を取る子に、どう接するべきなのか。


そして、そんなに困った状態ではなくても、
先生として教えるからには、子供にはどう接すれば話を聞いてもらえるのか、やる気になってもらえるのか…
そこまで真剣に考えて挑まなくては、子供に教える役目などできないと思っています。


まあ、本当に私が先生になるような事があるのかどうかも、いろんな意味で不透明ですけれども。



ともあれ、私は剣道がかなり好きで、体さえ壊れなければずっと続けていきたいと思っているのは確かなのです。

ふと、私が剣道を警察で習い始めた頃のブログを読みかえしてみたのですが、この頃から、どれだけ剣道が好きやねん!って自分で突っ込みたくなりました(笑)。
まあ、それよりも今の方がさらに好きになってるんですけれども。

しかし、剣道の技術という点では…、最初の頃は驚くほど簡単な事ができていなかったようで、これでは先生に見放されたのも無理もないかなと…(笑)
しかし、それを少しずつ、少しずつ、直すように努力してきて…その間に体も少しはできてきて…ペースは遅かったですが、なんとか、(初級者としては)人並み程度になってきたという感じです。

自分で言うのもなんですが、ゼロどころかマイナスからのスタートで(始めた頃は、体力も全然なくて、体のあちこちが痛かったのです)、よくぞまあここまで来れたものだと思いました…。

自分の上達の遅さに何度もめげながらも、地道に稽古を続けてきたおかげで、なんとか「剣道をやってます」と言ってもまあ恥ずかしくはないかな、という程度にはなれたのです。

これから先はどうなるかわかりませんが…
いつも、「今より少しでも上」を目指して、稽古を継続していくことが大事なのかな、と。

そしていつか、先生になるような事があれば…
それを受け入れて、もっと成長していけたらいいかな、と思ったのでした。


これから順調に行ったとしても、それはまだまだ、先の事なんですけどね(^^)
posted by はなずきん at 22:34 | Comment(0) | 親子で剣道4剣友会編(二段まで) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする