2016年11月18日

ミニマリストの精神を生活に取り入れる(その1)ミニマリスト否定派だった私。

最近の私のちょっとしたブームは「物を捨てる(減らす)」こと。
いわゆる「ミニマリスト」を意識しています。


ミニマリストとは何か。
以下「知恵蔵」からの引用です。

持ち物をできるだけ減らし、必要最小限の物だけで暮らす人。自分にとって本当に必要な物だけを持つことでかえって豊かに生きられるという考え方で、大量生産・大量消費の現代社会において、新しく生まれたライフスタイルである。「最小限の」という意味のミニマル(minimal)から派生した造語。
物を持たずに暮らす人の意味では、2010年前後から海外で使われるようになり、その後日本でも広まったと見られる。
何を持ち何を持たないかは人それぞれだが、少ない服を制服のように着回したり、一つの物を様々な用途に使ったりするほか、誰かと共有したり借りたりすることで、自分が所有する物を厳選している点が共通している。



今、ミニマリストとして取り上げられている人は、驚くほど少ないものだけで生活している人が多いです。
部屋にベッドや机なども置いてなかったり、洗濯機もなかったり、服やバッグも数点しかなかったり、
「ここに本当に人が生活しているの?」と言いたくなるような、ガランとした部屋に住んでいるイメージです。


「ミニマリスト」という概念を最初に知った時には「なんでそこまで物を減らす必要があるの?」と、違和感を感じて、しばらく批判的な目で見ていました。


私自身は「持っている物は少なくはないが、使うものは厳選しているし、使っているものしか持ってないし、物を大事にしている」と思っていました。
「使っているものですら捨てる」という「ミニマリスト」レベルまで行くと「やりすぎ」ではないのか。
「物を減らすことが目的」になってしまっていて、本来の「物を減らして生活や思考をすっきりさせる」という意図から外れてきているのでは?
と感じていました。



しかし「フランス人は10着しか服を持たない」を読んでから、服をちょっと減らしてみたところ…
確かに「好きだけど、年に数度しか着ていないような服」がクローゼットの一角を占めていても仕方ないのではないか。それよりも、よく着るものに絞って数を減らしたほうが管理も行き届き、今ある服に愛着が増すのではないか、と感じました。


さらに「服を買うなら、捨てなさい」を読んで、長年私にかけられていた「バリエーションの呪い」が解けまして(笑)
「毎日違うコーディネイトをする必要はないのだ」ということに気づいたのです。

私は今まで、いろんな種類の小物や服を持っていて、毎朝「前と違うコーディネイト」をするためにとっかえひっかえしながら頭を悩ませていました。
それはそれで楽しいのですが、毎日、服のコーディネイトを考えるのにかなりの時間を割いていたのは確かです。

しかし、気に入ったコーディネイトなら、何も無理に微妙に変える必要はなく、
”バリエーションをつけるために微妙なコーディネイトをするのはむしろ「ダサい人」に見える”
”「自分に似合うベストなコーディネイト」ならば、短期間の間に何回着たっていい”

という考え方は、目からうろこでした。


年とともに顔も老け、体型も変わり、生活のスタイルも微妙に変わって行く中で、「好きな服」「似合う服」も年々変わっています。
いくら買う時に吟味して買っても、何年も着られる服なんて、そんなにはないのです。
だから、多数の服をそれぞれ少しの回数ずつ着るよりも、「自分が今着たい旬の服を少し持って」その時に何度も着て、着尽くしたほうがいいのではないかと思いました。


そう感じて「これからもおしゃれを楽しみつつ、でも今までより服の数を絞り込んでいこう」と考えるようになったのです。
まあ、そもそも経済的にも、そんなにいっぱい服を買う余裕がないこともありますσ(^_^;)



それからは「服を減らしてお洒落を楽しむ」系の情報をよく見るようになりました。
本を借りたり、ミニマリスト系のブログを読んだりして、どういう工夫をするといいのだろう?ということをいろいろ考えていました。

そんな流れで、とあるミニマリストのブログを愛読するようになりました。
「筆子ジャーナル」


このブログは、作者である筆子さんの、ミニマリストになった過程や、持っている物などを紹介しているだけではなく、「ミニマリスト的な合理的な考え方の紹介」や、「どうやって物を減らすのかの具体的、実践的な記事」がたくさんありました。
「いらない物、使っていない物を捨てる」のにはほぼ抵抗がない私には、ブログの記事の半分くらいは「すでに実践済み」な感じではありましたが、それでも物の多いほうであろう私には、だいぶ考えさせられることがありました。



私は掃除はそんなに好きではないのですが、整理収納は得意なほうです。
なので、管理できている品物の数も普通の方より多いのでしょう。家の中で何がどこにあるかはほぼ把握しているし、必要な時に出せるように分類をして、取り出しやすく収納してあります。

私は外出先から、電話をかけて家族に物を探してもらうような時でも、「どの家具の何番目の引出しのこのあたりにこれが入っている」と明確に指示ができます。
しかし、いくら「管理できている」とはいっても、物が多ければいろんな手間が増えるのは確かなんですよね。

そもそも、掃除が好きではなかったのは、物が多いから、というのもあったのかもしれません。
物が多ければ掃除の時の手間も増えますからね。



そして「筆子ジャーナル」を読んで一番印象に残ったのは…

「日常生活で小さな決断をする場面が多すぎると「決断疲れ」してしまう。
大事なことの決断を誤らないように、細かい決断はできるだけしなくて済むようにしたほうがいい。
そのためには、日常生活では物や選択肢を減らしてシンプルにしたほうがいい」


というような内容のことが書いてあり(上記は私なりの要約です)、なるほどなあ、と思いました。



例えば、10本ある口紅の中からひとつを選ぶのは、楽しみかもしれませんが、その都度決断力を使っています。
口紅が3本しかなければ、10本あるよりは簡単に決断できますし、1本しかなければそれを使うしかないのですから、何も決断する必要はないわけです。
しかし、合わせにくい色の口紅が1本だけあっても困るわけで…数を絞る以上、どれを残すかは十分考えないといけないわけですが、最初の1回によ〜く考えておけば、後は決断の手間が省けるわけです。


今までは私も「たくさんの中から選ぶのも楽しみのうちだよね」と思っているところがあったのですが…
実際、自分の行動を見てみると、選択肢が10個あっても、実際に選んでいるものは数個だけなのです。


「選択肢があまり多すぎると人は物を選べない」という事は、ちょっと前から聞いて知っていたことですが、「細かい選択をしすぎると、大事な選択をする力を使ってしまう」という発想はありませんでした。


それに加えて、そもそも「口紅は本当に必要なのか」というところから考え直してもいいわけです。
一本もなければ、お金も使わないし、物を管理する必要も、きれいに塗る必要もないわけで。

実は私は口紅を一本しか持っておらず、ほぼ儀式レベルの時しか使っていません。
私は家では全くノーメイクですし、ふだんのお出かけの時もUV効果のあるBBクリームを薄く塗って、眉を描くだけです。
でも、おそらくふだんメイクをしないからだと思いますが、肌はきれいなほうで、唇も健康的な色なので、色付きリップを塗ったくらいには見えます。

なので、ほとんど化粧をしていなくても、全くのノーメイクだとは思われていないようです。
眉だけは描かないとボケた感じに見えるので、それだけは描いていますが。
まあ、全然メイクに気合いを入れてないようには見えているでしょうけれども(笑)


私のファッション傾向(ナチュラル系)からいっても、あんまりメイクに気合いを入れるのはマッチしないと思いますし…
そもそも、顔にいろいろ塗りたくっているのが、うっとおしくてしょうがないんです(^_^.)
以前、働いている時はいちおう軽く化粧していたのですが、子供を産んでからファンデーションは肌を覆うような感じがして、気持ち悪くて塗れなくなってしまいました。
あと私はつい顔をいじってしまうので、アイメイクとかしても全然持たせられませんし。

それに周囲に合わせることにあまり注力していない私は、この人はメイクしてない、って思われても別に構わないのです。年も年なので、ノーメイクで貧相に見えるのはどうかと思いますが、肌の状態は悪くないので、汚くは見えていないのではないかと思います。



ミニマリストの考えを知る以前から、私はこんな考え、行動なので…
こうして、あらためて考え直してみると「ミニマリスト的発想」は、もともと自分主体で合理的な私にはなじみやすいものなのかも、と感じたのです。


自分がとてもこだわっていることや、好きなことについては、ある程度の選択肢を残すのも「楽しみ」のうちだと思いますし、無理に1つに絞る必要はないと思っています。
でも少なくとも、自分がそんなに重要ではない、と思うことについては、より決断を減らすようにしたほうがいいのではないのか、と思いました。

物を減らすということは、単に「スペースを空ける」だけではなく、選択肢を絞り込む、ということでもあるわけですね。


(続く)

posted by はなずきん at 17:43 | Comment(0) | ミニマリズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする