2016年11月30日

母と子の剣道日誌(121)初段に向かって打て!(3)深夜の自宅前特訓!?

母と子の剣道日誌(121)初段に向かって打て!(2)努力を認めてもらえない悔しさ。から続いています…。


私は主人に言いました。

「私が剣道を始めたばかりの頃、全然体力もなくて、動きもできてなかったって知ってるでしょ。
そこから今までかけて、やっと人並みまで体を作ってきたんだよ。
人より遅いけど、少しずつは上達してきたって思ってた。

少なくとも、体力は同年代の女性の中ではあるほうなんだよ。
それだけでもほめてもらってもいいじゃない。
一生懸命がんばってても、剣道の技術が向上していなければ、あなたには評価されないんだね。」


「いや、たしかにお前の体は前に比べたら全然できてきてるんだよ。
体幹の筋肉はかなりついてきたし、体力もだいぶついてるようだし、それは感じてるよ。
でもだからこそ、もっと剣道もできるようになったと思ってたんだよ」


「そんなの、あなたの勝手な思い込みじゃない。

私は自分ができてないって自覚はあるよ!
いくらやっても、地稽古だと面が入らないんだから。

筋肉も体力も前よりついてきたのに、なかなか上手くならないのはなんでだろうって、いつも思ってる。
自分のどこが悪いのか、人に聞いて直そうともしてるよ。
でも、面を早く打てるコツがどうしてもつかめないんだよ。

それでも、続けていればいつかわかるだろう、と思ってやってる。

でも、肝心の有効打突が取れるようになってないんだから…
自信なんて、全然ないんだよ。」


「お前も、3年やってるんだし、自分では上手くなっている部分もあると思うんだろう?
なんで、そんなに自信ないんだよ。
もっと自信持ったっていいんじゃないのか」


「あなたが”お前は全然できてない”って言ったくせに…、
自信持っていい、なんて、矛盾してるじゃないの?

もともと自分は他の人よりできてない、って思ってるのに、
さらにあなたにそんな事言われて、自信なんて持てるわけ、ないじゃない!

でも、前の私に比べたら、はるかにマシになってるはずだよ。
私はセンスもないし、ちょっと無理すると体もついていかないけれど、
それでも、少しずつでも上手くなれればいい、と思って稽古を続けてるんだよ。」


すると主人は

「おまえ、もっと上手くなりたいんだろ?」

そう言って、玄関に置いてあった竹刀を持ってきました。

「俺に向かって、面を打ってみろよ!」

主人は部屋の中でやろうとするので「危なくてできない」と言ったら「じゃあ外でやろう」と。
あの〜、もう、夜の12時を過ぎてるんですけど!


でも、ここまで来たら引っ込めません。
私と主人は竹刀を持って、外に出ました。
(ご近所の方、深夜にうるさくて、すみませんでした


主人は防具もつけていないのに、私に「面を打ってみろ」と言います。
「危ないよ、当たっちゃうかもよ」
「いいよ、当たっても」


ええー、と思いましたが、そう言われては仕方ありません…
竹刀を持って構えている主人に向かって、寸止めで面を打ちました。

「やっぱり、お前の竹刀はなんだか遅いんだよ。
剣先に感覚が行ってないんだ。
ただ「振る」んじゃなくて、相手の打突部位に”ヒットさせる”つもりでやってみろよ。

俺の頭に、スズメバチが止まってると思え。
これを打ってあげないと、危ない!
だけど相手は気づいてなくて、竹刀をよけようとするんだよ。
でも、なんとしても、叩かないと!

そんなつもりでやってみな。」

主人はただ構えているだけでなく、地稽古のような状態で打ってみろと言います。
昔やっていただけあって、動きも竹刀の捌きも私より全然こなれていて、打とうと思ってもよけられてしまい、なかなか打ちこめません。
でも、言われたように、「叩く」感覚でなんとか打ちこもうとしました。

何度かやっているうちに、やっと面らしきものを入れられました。
そんなにビシっと入ったわけではないのですが

「そうそう、さっきよりは全然良くなったよ。
その感覚で打つように、これから気を付けてみなよ」

そして、なんだかんだで1時間くらい、深夜の路上で稽古をしたのです…。

なんですか、夫婦喧嘩からのこの熱血な展開は!?
いったいなんでしょう、この夫婦(笑)

確かに、主人に言われた内容はもっともだったし、私の弱い部分を気づかせてくれました。
稽古をつけてくれたことはありがたい、と思い、その日はそれで終わりました。



でも…人が必死に努力しているものに対して「できてる」か「できてないか」という見方しかできないのか、という事がどうにもひっかかります。

剣道は私の仕事でもなければ、代表選手でもない。
私はもちろん強くなりたいけれども、それが目的で剣道をやっているわけではなく、強くなるために努力をする事に意味があると思っています。

それに、私なりに一生懸命努力しているのに、体や才能の限界があって、トレーニングも稽古も思うようにはできてないのです。
でも、剣道が好きだから続けているのです。

それなのに「上手くならなければやる意味がない」と言われているように感じました。
主人は「そんな意味で言ったんじゃない」と言いますが…。

私の先生でもない、稽古仲間でもない、ふだんの稽古の様子すら見てないうえに、中学以来剣道をやってもいない主人から、なんでここまで言われなきゃいけなかったのか。

主人が仕事に行ってから、またふつふつと怒りが湧いてきてしまいました…。



子供が学校に出かけて、家でひとりで洗濯をしながら、そのことを考えていたのですが…。
私がどういう想いで剣道を続けているのかを知らない主人から、結果だけを見て「ダメ出し」をされたわけです。
自分が「できてない」ということを主人にあらためて突きつけられて、本当に悔しくて、ひとりでボロボロと涙を流しました。
今、このブログを書いていても、この時の気持ちを思い出して涙が出てくるくらいです。


うちは夫婦喧嘩をしたら、折れるのはたいてい私のほうです。
いつもは、夫婦の間がぎくしゃくしていること自体に疲れて、相手のほうが悪いと思っていても歩み寄ろうとしますが、この時ばかりは、私の怒りは収まりませんでした。


結局、主人が仕事から帰ってきてから、
「結果だけを評価するのでは、人の心は動かない」ということについては、改めて文句を言いました。

それからいろいろと話して「夫婦の間」としては和解をしましたが、
審査直前だというのに、自分はそこまで「できてない」のだ、ということが、心のどこかにひっかかったままでした。



しかし、私の打ちが弱いのはなんでだろう?とあらためて考えたのですが…
もちろん、私の力不足もあるのでしょうが、それだけではなく、今使っている竹刀が私には長すぎるのかも、と思い当たりました。
私は身長が高いので39の竹刀を使っていましたが、長いので竹刀がコントロールしづらいのかも。
当会の他の女性に聞いてみたら、みんな38で、39の竹刀を使っている人はいませんでした。

そう思って、以前使っていた38の竹刀を出してきて比べてみました。
なぜかこちらのほうが重く感じるのですが、その分しっかり振れるような気がします。

また、今使っているのは、小判型の39の竹刀だったのですが、どうも振るとふらついています。
ちょっと前まで、同じ竹刀のモデルチェンジ前のものを使っていましたが、ささくれたので新しくしたのですが…ささくれていても、素振りをする分には問題ないので、前のものを家での練習用使っていました。
それと新しいのを振り比べてみたら、同じシリーズの竹刀なのに、今使っているものは軽く感じて、かえってまっすぐ振りづらいのです。
前買ったのが使いやすいと思ったので同じシリーズを買ったのですが、今のは使いづらいことに気づきました。
主人も、新しい竹刀を振ってみて「なんだかこれ、やりづらいな。これじゃないのを使ったほうがいいよ」と言います。

なので、最近稽古に使っていた39の小判型の竹刀を使うのはやめ、別の39の竹刀と、以前使っていた38の竹刀を使って、どれが一番打ちやすいか試すことにしました。
まだ試している途中なので、どれがいいのかの結論は出ていませんが、とりあえず初段審査は38の竹刀を使ってやることにしたのです。


(続く)
posted by はなずきん at 10:54 | Comment(2) | 親子で剣道3 剣友会編(初段まで) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

母と子の剣道日誌(120)初段に向かって打て!(2)努力を認めてもらえない悔しさ。

母と子の剣道日誌(120)初段に向かって打て!(1)審査前の試練、ふたたび。から続いています。


お風呂を出てから、私は主人に言いました。

「なんで、あなたは人のできてないところしか言わないの?
人を評価するときは、まずできているところから言うほうがいいって、前から言ってるじゃない。
自分を認めてもらってない、って感じたら、せっかくのアドバイスも聞く気にならないんだよ」


こういう話、以前にも何度もしたことがあります。
私相手に限らず、子供に対しても主人はそういう感じなのです。

そして、ほめることがないわけではないのですが…
主人は「結果や才能はほめる」けれども「努力の過程はほめない」のですよ。

主人自身が、苦手なものをこつこつ努力してできるようになった事がないからなのでしょう。
「努力の過程が楽しい」とも思ったことがない、と言っていました。

でも、結果しかほめないのでは、子育てのうえでも困るし、
私だってそんな言われ方、されたくありません。



主人は、私の文句にムッとしたのでしょうね。

「そう…、じゃあ、はっきり言うよ。
お前、俺が想像してたより、全然できてなかったんだよ。

と言い放ったのです。

「あんなに一生懸命稽古に行ってて、筋肉も今までよりはだいぶついているようだから、もっとできてるんだと思ってたよ。
でも、面もしっかり打ててないじゃないか。
早素振りも、周囲と同じスピードでできてなかっただろ」



ああ、やっぱりさっきは「無理やりほめて」たのね…。
ほんとは、全然できてない、って思ってたんだ。

そもそも、稽古から帰ってきてから、私のことについてはなかなか言い出さない時点で、そんな気がしてたんですよね。


「でも俺は、本人が上手くなりたくてやってるんだから、もっとできるようになってほしくてアドバイスしてるんだよ。
それに、このくらいはできているだろう、と思っているところは、わざわざ”できてる、すごいね”なんて言うのがお世辞みたいでわざとらしくて、言いたくないんだよ。

だから、今まで稽古もあまり見学に行かなかったんだよ。
俺は余計な事言っちゃうから。」


しかも、主人は私と同期のSGさんを「あの人は上手いよね」と言いました。

SGさんは子供が「お母さんと一緒ならやる」と言うので、その付き合いでやっているのです。
稽古に出れば真面目にはやっていますが、私ほどはやる気もないし、稽古の回数も私よりは少ないのに、確実に私より上手いんです。
私よりは若いとはいえ、同じような経験年数なのに、私とはセンスも体力も違うんだなと、いつも思い知らされているような気持ちではあったのです。
それだからSGさんが憎い、などとはちっとも思っていませんが…。


主人はSGさんと私を比較するつもりで言ったわけではないのでしょう。
実際、主人は私とSGさんがほぼ同期だということも知らなかったのです。
ただ単に、見た感じあの人上手いな、と思って言っただけなのでしょうが…。
いつも少し引け目を感じている私にとっては、相当複雑な気分でした。


そして、努力していても、できてない人は評価しなくて、
努力してなくても、才能があればほめるんだ、この人は。
と思いました。




そもそも、私は必死に努力しないとついていけないから、一生懸命やってるんですよ。
40なかば過ぎて剣道を始めた、体力も運動神経もセンスもないオバサンに、どれだけ求めてるわけ?
稽古についていってるだけでもほめてほしい、ってレベルなのに。

前から主人には
「私は初段審査、受かるかどうか微妙だよ。運がよければいけるけど、強い人に当たったら厳しいかも。受かるかどうかは五分五分ってところじゃないかな」
と、言っていました。

実際に、私はなかなか有効打突が取れていなかったので、本気でそう思っていたのですが、その言葉を主人は「謙遜」と取っていたのでしょうかねえ。



私が剣道を始めて間もない頃は、自分の体力(筋力)のなさや、姿勢の悪さが気になっていました。
何か言われた通りにやろうとしても、全然思うように体が動いてくれないのです。
とにかく、まず体を作らないと動けるようにはならないだろう、と思い、素振りやランニング、体幹トレーニングなどを地道に続けて、やっと姿勢が良くなってきたのです。

でも、筋肉がついたからって、すぐにセンスがついてくるわけじゃないんで…
しかも今年は、役員の仕事も忙しく、ケガもして、思うように稽古できてない期間もけっこうあったのです。
勝手にもっとできてると思いこまれて、そんなにできてないじゃん!って言われても。


私は、ちょっとがんばりすぎると体のどこかが痛くなったりするので、家での筋力トレーニングもいつも「ほどほど」でやめるようにしていました。
整体の先生にも「もともとの体のつくりが強いほうではないようですね」と言われてます。


整体の先生は
「オリンピック選手みたいな人は、努力ももちろんしているのでしょうけれども、それだけやっても大丈夫な地の力が生まれつきあるんです。
それがある人でないと、鍛えるのにも限界があるんです。
それは本人の力では、どうしようもないんですよ」
と言っていました。
私はその「限界」が、そんなに高いほうではないのだと思います…。


ちょっと前、SGさんに
「私のやる気と、SGさんの体が一緒になれば強くなりますよねえ〜」って冗談で言ったことがあります。
SGさんは体のつくりが丈夫そうなので、私に貸してほしいくらいです。


地の体力がけっこう強くて、たいして努力しなくてもそこそこ運動ができる主人には、私みたいな「一生懸命やっても、なかなか上達できない」という状態が、理解できないのでしょうね。


さらに「楽しいと言っているからには、できているんだろう」という思い込みもあったようで…

私が剣道を習い始める前、子供と一緒に素振りをやっていた時も
「素振りが楽しい」って言った時に
「お前、あれできちんと素振りができてるって思ってるのか?」
と言われたことがありました。

私は、できてるとかできてないとかじゃなくて、やるのが楽しいって言っただけなんですよ。
でも主人の場合は「楽しい=できている」ということしかないのでしょう。
私みたいに「人よりはできてないけど、練習をして、自分の中で少しでも上達できるのが楽しい」ってことが、理解できないのじゃないかと…。


前にもこういう話をしたはずなのに、やっぱりわかってくれてないんだな…。

(続く)
posted by はなずきん at 17:36 | Comment(5) | 親子で剣道3 剣友会編(初段まで) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

母と子の剣道日誌(119)初段に向かって打て!(1)審査前の試練、ふたたび。

私が2回目の1級審査に合格したのは、今年の6月のことでした。


その時の立ち合いは、自分では全然「できた」という感じがしていませんでした。
相手に、有効打突がほとんど入っていなかったからです。

2回目だから、オマケで合格させてもらえたんじゃないだろうか…?
(単に、審査の時の合格基準が1回目と2回目では違ったのかも、という気もしましたが)
1回目に比べて、そんなに上手くなっていたという気が自分でしていなかったので、正直、実技は不合格になっても不思議ない、くらいの気持ちでした。
それでもまあ、一生懸命稽古をしたその結果なわけですから、1級に合格したことは、もちろん嬉しかったのですが。


2回受けた1級審査の前には、どちらもだいぶいろいろゴタゴタがあって、なんでよりによってこんな時に、こんな事が?という感じだったのですが…。
初段審査前も、ご多分に漏れず、山あり谷あり…じゃなくて、谷ばっかりじゃないの?という感じだったのです…。


1級に合格してから、それから半年後に行われる初段審査を受けることにはしましたが…
それに向けてがんばってはみるけど、合格はちょっと無理じゃないだろうか。
でもいつか初段を必ず取りたいし、経験を積むという意味で受けたほうがいいよね、というのがその時の私の気持ちでした。



よその人に、私が剣道をしている、というと必ず「何段ですか?」って聞かれます。
「いや、段はまだ持ってないんです」というと、「ふ〜ん」という反応をされます。

ま、そりゃそうでしょう。私だってそう反応をしそうです(笑)

つまり、大人ともなれば、段を持ってなければ「剣道やってます」とは胸を張って言いづらいわけで…。
せっかく剣道を始めたからには、絶対に段は取りたい、と思っていました。


実際に剣道を始めてみて、何度も自分の「できなさ」を実感して、「こんな下手なら、やめたほうがいいんじゃないのか」という気持ちになることも幾度もありましたが、せめて初段を取るまでは絶対にやめるものか、と決意していました。


今回は合格はちょっと無理かもしれない…と思いながらも、それからも必死に稽古は続けていました。
家でも自主トレして、走り込んだり素振りしたり…
しかし、体力もつき、体幹の筋肉も以前よりついてきたのに、やっぱり、なかなか面が入らないのです。
稽古で打たせてもらえば打てますが、地稽古などになると、ほとんど入らないのです。


そして、剣道の腕のほうはともかく、体力は前よりはついたよね!と思っていた夏に…
当会の子供と一緒の合宿で、私は左ふくらはぎの肉離れを起こしてしまいました。

幸い、軽いものでしたが、それから1か月くらいは素振り程度の稽古しかできていませんでした。
それでも、私はどうしても休めない用事がある時以外は、1回も稽古を休みませんでした。
肉離れ直後の全く運動ができない時ですら、役員の用事をしに参加していたくらいです。
その間もずっと、早く稽古したい気持ちでいっぱいでした。


それから少しは足の調子も良くなり、徐々に稽古の強度を上げていきましたが、やはり本格的に稽古をすると左足がなんとなく痛いのです。


でもその間、40周年記念大会ではなんとか試合に出れて、
同年代の同期の人たちとはまあまあ互角に戦えて、
「前より上手くなった」という言葉を何人かの方からいただき、
私も前よりはちょっとマシになったのね、と嬉しかったのです。



そして10月になり、やっといつも通りに近い稽古ができるようになったと思っていた時…


私の義妹(アメリカ人と結婚しています)のアメリカ人の親戚が、日本にやってきました。
20代半ばの彼らはバリバリの「オタク」で、日本大好き!アキバ行きたい!ということで来たのですが、
剣道の稽古を見てみたい、という要望があり、うちの剣友会の見学に来たのです。


彼らを案内していたのはうちの主人なので、アメリカ人ふたりを引き連れて、稽古を見学していきました。
(主人は、意思疎通できるカタコト程度の英語はしゃべれています。洋画を良く見ているせいでしょうか?)


ふだんは全然稽古の見学をしない主人が、ひさしぶりに稽古を見たわけですが…。
帰ってきてから主人は「こんなこと言うと、気にするかもしれないけど」と前置きをしてから…
(主人は小学生から中学生にかけて、剣道をやっていました)

「おまえの面の打ち、ちょっと弱いよね。それに振りが遅いんじゃないの」
と言いました。

「剣先に意識が行ってない感じがする。もっと、剣先でヒットさせる、っていう感覚でやったほうがいいよ」

そして、文句を言うからにはほめなければいけない、と思ったのか、
「声は一生懸命出してたよね。
ああ、こういう剣道女子いるいる、って感じ。」

と、付け加えたのです。


確かに、私の面打ちはちょっと力弱くて、バシっとなかなか決まっていません。
自分でもそのことはずっと気になっていました。
だから、それを指摘されたのは仕方ないし、アドバイスをもらえるのはありがたい、と思ったのですが…



その後、お風呂に入りながら、主人に言われた事を頭の中で反復していました。


前にも書きましたが、主人は本当に「ほめ下手」な人で「できていないところからまず言う」タイプなんです。


ひさしぶりに稽古を見た第一声が、まずできてないところから、ってどうなのよ。
そしてあえてほめなきゃいけないな、と思ってほめた(という感じが口調にありあり出ていました)ところが「声は出してたよね」ですか?
それ、最近特に出しているわけじゃなくって、前から出してますけど。

しかも「そういう剣道女子、いるいるって感じ」ってなんやねん!
全然、ほめられた気がしない…いやむしろ、バカにされた感じですよ。
主人がバカにしようと思って言ったのではない、ということはわかっていますが…
ほめるのが下手なのにも、ほどがあります。


主人は次男のことは「体のつくりもしっかりしてきたし、打ちもよくなってきたし、いいんじゃない」と言っていました。
そりゃ、前に比べれば体も大きくなりましたし、力もついてきたので、私もそうは思っていますが、あまりやる気もなく、私に引っ張られて出ているような次男のことはほめるんですかね…。



その稽古の時に3分間×5回くらい連続で回り稽古をやらされたのですが、私はぜいぜい言いながらも、最後までリタイアしないでできた、くらいの体力はついているのです。
40代後半の大人にとって、15分ほぼ連続の稽古が傍で見ているほど楽じゃない、っていうのは、主人にはわかるはずです。

それも、私が家で自主的に走り込んだり、稽古も休まず出たりということの結果です。
剣道を始めた頃は全然体力がなかった自分を、なんとかここまで持ってきたのに。
私がそうやって、必死に努力してつけた力は、評価しないんだ。


もう、なんだか、無性に主人に対して腹が立ってきました…。

(続く)

posted by はなずきん at 15:35 | Comment(0) | 親子で剣道3 剣友会編(初段まで) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月25日

ミニマリストの精神を生活に取り入れる(その8)ファッション編(後編)&まとめ

ミニマリストの精神を生活に取り入れる(その7)ファッション編(前編)より続いています。


服の次は小物を見直すことにしました。


今まで、カバンは、ファッションに合わせて替えて持ちたい…と思い、わりと数を揃えていました。
でも、あらためて考えてみると、中途半端に安いカバンをいくつも揃えるくらいなら、まあまあ高いカバンを2〜3個持つほうがいいような気がしてきたのです。
(私の場合、布のバッグがほとんどなので、高いといってもせいぜい1万ちょいですが。)
ファションを変えるごとに、いちいちカバンの中身を入れ替えるのもめんどくさいですしね。

私はふだん持ち歩くのは、やや大きめのトートです。
手を開けたい時はリュックにします。

そして結局、オールシーズンでリュック3個、トート5個、かごバッグ1個、ポーチ3個くらいに絞り込みました。傷んだら新しいのを買って交換すると思いますが、数量的にはこのくらいで十分な気がします。




ネックレスは、わりと数多く持っているほうだと思います。捨てる前は40本くらいありましたし、今でも30本以上あります。
ほとんどがカジュアル系のもので、天然石や革紐のものが多いです。
ピアスや指輪など他のアクセサリーをつけず、暑がりなので重ね着やストールなどがしづらい私にとっては、ネックレスはファッションのポイントになるものなので、そこそこの数が必要だと思っています。
服の形や色、重ね着の具合によって、合うネックレスの長さや色というのがけっこうシビアに決まってしまうので、それぞれの長さやテイストでいくつかバリエーションを持っていたほうがいいのです。

なので、ネックレスは数は多いけれど、ほとんど使っているので、あまり無駄はないと思っています。


ちなみに、なんで他のアクセサリーをつけないかというと、着用感が気になってしまうからです。
そもそもピアス穴はあけていません。イヤリングは昔はしていましたが、耳を挟むアクセサリーなんて今はうっとおしくてできないんです。
指輪は昔はつけていましたが、子供が生まれてから邪魔なのでしなくなり、その間に苦手になってしまって、最近は特別な席に出る時しかつけなくなりました。

ネックレスはアクセサリーの中では肌への密着度が少ないというか、あまり邪魔にならない部分についているので、我慢できるのだと思います。ファッション的にも服にニュアンスを足しやすいですし。
でも、ネックレスも家に帰った途端にうっとおしくなって、外してしまいますけどね(笑)。


ネックレスは「ちょい足し」でだいぶ全体の印象が変わるアイテムなので、私には必需品です。
たくさん持っているものがいっぺんに見渡せ、ぱっと手に取れるように、収納にも工夫がしてあります。
市販のネックレスかけにはちょうどいいものがなかったので、自作しました。
自作といっても、私が設計図を書いて主人に作ってもらったのですけれども。
これは、リフォームをする以前から使っていました。

木の板にL字フックをつけて、単語帳などに使うリングにネックレスを数本ずつ通し、フックにかけています。
同じ長さのものをまとめてあるので、服を着てから鏡の前でこのリングを手に持って複数のネックレスを当ててみて、一番マッチすると思うものを選べる、というようになっています。

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今回も持っているものを全部、あらためて見直してみましたが、「これはもう使わないだろう」と思ったのは、数点のみでした。
でも、その数点を捨てただけでも、だいぶすっきりした感じがしました。
ほんの数個でも、「これ使ってないのにな〜」というものが常に視界に入るのは、あまりすっきりしないものだったのだ、ということがわかりました。



帽子は、前はよくしていたのですが、最近はどうもあんまり似合わないなと感じています。
夏場は日よけとして必要なのでつけているのですが、冬は実用的にはあまり必要ないですし…。
防寒としては役立ちますが、今の生活では、長時間外にいるということがほとんどないのです。
せっかく帽子アリでファッションをコーディネイトしても、室内では取るのでどうもバランスが取れないし…。
私は髪のボリュームが少なくて、帽子をかぶるとぺったんこになってしまうこともあり、帽子もほとんど処分しました。


他にもストールやマフラー、バンダナ、スカーフなどの巻き物もけっこうあったのですが、使う頻度が高いものだけ残すことにしました。



さて、こんな感じでだいぶ服やファッションアイテムも絞り込んでみました。
小物なども含めると、50点くらいは処分したのではないかと思います。


これからも、自分のワードローブをシビアに点検しつつ、もうちょっと服を減らしていこう、とは思っているのですが、私の場合は、「管理の楽さ」「点数の少なさ」を追求しすぎてお洒落のレベルが極端に下がってしまってはつまらないのではないかと思っています。

以前、妊娠と授乳を繰り返していたときは「今、服を買ってもこれから先には着られないだろうから」と、ほとんど新しい服を買わない時期があったのですが、さすがに「全く新しい服を買わない」でいるのが1年以上続くと、「また、この服かあ」って感じで、外出する時も気分が乗りませんでした。

なので「一回決めたらそれっきり」ではなく、そこそこ「新しいお洒落」も取り入れつつ楽しんでいきたいです。ただし、前よりも慎重に買うものを決めようと考えています。
買う点数は減らす代わりに、今までよりはちょっといいものを買う、という方向性でしょうか。

今年の冬物は、似合わなくなっていた物がたくさんあったので、それはばっさり処分して、どうしても必要だと思う物を数点だけ買い足しました。


例年はバーゲンでけっこう服を買い足すのですが、今シーズンは買う物を少数に絞り込んで、それだけを買うことにしようと思います。
今までも、バーゲンに行く時も買うものはほぼ決めてはいたのですが、その場で見かけて欲しくなって買うものもいくつかあったのです。




さて…
私は「ミニマリスト・スピリッツ」に目覚めてから、服を始め、いろいろ物を捨ててきたのですが、家具については全く減らしていません。
いろんな事を見直した上で2年前にリフォームしたばかりなので、今のところさほど大きく家の中を変えるつもりはないのです。
私以外の家族は、あまりそのあたりに関心がなさそうですし。

でも、子供の成長や生活スタイルの変化などによって、必要なもの、不要なものも刻々と変わってきますから、今後も生活の変化の節目ごとにいろいろ見直していきたいなと思っています。


今の家の中の状況は、そこそこすっきりはしていますが、決して「すごく物が少ない」状態ではありません。
私自身が「ミニマリスト」と名乗るにはかなり遠い感じがしますし、そこまでやりたいわけではないのです。
でも「ミニマリスト的精神を取り入れて」できるだけ無駄を排除する、つもりで暮らしていきたいです。


これはあくまで私の解釈ですが、ミニマリストって
「自分の好きな事や大事なことに力を注げるように、余計な(些末な)ことにできるだけとらわれないようにすること」が目的なのであって、それを実現するために物を減らす、という事なのだと思います。
(中にはやり過ぎて、モノを減らすことが目的になってしまっている方もいるような気がしますが…。)

そして「なくて済むものは捨てる、必要なものも数を絞り込むこと」によって、物の価値を考える事、物を大事にすること、自分を大事にすることにつながっていくのではないかな、と思いました。



今までの私も、経済的な問題や、エコの観点から「余計なものは持たないように」と考えてきてはいましたが、これからはもう一歩踏み込んで「自分が本当に大事にすべきものはなんなのか」を見極めていきたいと思っています。


「ミニマリストの精神を生活に取り入れる」シリーズはこれで終わりです。

しかし、ファッションについてはもう少し書きたい事があるので、また別の機会にでも…。

posted by はなずきん at 13:25 | Comment(0) | ミニマリズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

ミニマリストの精神を生活に取り入れる(その7)ファッション編(前編)

ミニマリストの精神を生活に取り入れる(その6)ネットからの情報、発信する情報も絞り込む。より続いています。


私は「服を買うなら、捨てなさい」を読んでから、服はけっこう減らしたつもりでいました。


ミニマリストブログの作者筆子さんは、「自分はおしゃれ系ではない」と断言していて、持っている服はオールシーズンで14着しかないそうです。

でも、ファッションにかなり力を注いでいる私にはさすがに「全14着」ではつまらなさすぎるし、フランス人みたいに(笑)「10着」で暮らすのも(1シーズンのトップスとボトムスだけで10着、ってことみたいですが)無理そうです。


1シーズン10着は無理にしても…
私はいったいどのくらい服を持っているんだろう?と数えてみたら、部屋着、アウター、トップス、ボトムスを合わせて、オールシーズンで200着くらいありました。(小物やバッグ、パジャマなどは含んでいません。)
春秋、夏、冬で区切るとすると、1シーズン60着くらい持っていることになります。

特にシンプルライフを心がけている人、とかでなければ、これは多くも少なくもない、くらいの数ではないでかと思います。
「ファッションが好き」と言っている人の中で見るなら、わりと少ないほうではないかと思いますが…。



「筆子ジャーナル」で知ったのですが、
「1シーズンを33点のファッションアイテムで暮らす」という「プロジェクト333」というのがあります。
これは、自分の手持ちの洋服(部屋着、下着は含んでいません)、アクセサリー、靴を厳選して33点だけを出しておき、残りはしまっておいて過ごすのです。

これでも案外おしゃれにすることはできそうな気がします。
ただ、私は今持っているモノはどれも相当考えて買ったもので、愛着もあるし使ってもいるので、「プロジェクト333」を実行してまで一気に減らそう、という気にはなりませんでした。

でも「筆子ジャーナル」基準であらためて手持ちの服をチェックしてみると、今よりは減らせるような気がしてきました。



この時点で、私がまず「これは多い」と思ったのは、部屋着の数でした。

「服を買うなら、捨てなさい」には、
外着を部屋着に回すと「外には着ていけないイマイチ服」を着ることになるので気分が上がらない。
古びた外着を着るくらいなら、ファストファッションで新品の好きなデザインを買ってきなさい。
とありました。
「フランス人は10着しか服を持たない」でも、安いものでいいから部屋着専用のくたびれていない服を用意したほうがいい、というような事が書いてありました。

しかし私は「外には着ていけない、という程度に傷んでしまったり、好きだけど微妙に似合わなくなった服」を部屋着に回していました。
もともと厳選して買った服なので、少し傷んでいるくらいで気分が上がらないわけではありません。
まだ愛着もあるものだし、もう少し着てから捨てたいと考えて部屋着にしていたのです。

部屋着専用の服は、どんなに可愛くて新品でも、やっぱり「リラックス感」があるので、人前にそれを着て出ていくのは気がひけます。
私は専業主婦なので、家で過ごす時間が長く、宅急便や簡単な来客の対応なども部屋着ですることになるのですが、元々が外着のものを着ていたほうが、ちょこっと外に出るくらいの対応がしやすいのです。



部屋着に関しては「フランス人は…」や「服を買うなら、捨てなさい」の意見は、私にはあてはまっていないので、現状通り「外着で着られなくなったものを部屋着に回す」ことでいいと思いました。



しかし、服を買ったばかりの新品の状態から、「お出かけには着ていくにはちょっと…」というレベルになるのは案外早いのですが、部屋着にしてから「これは捨てないといけない」という「くたくた」なレベルに来るまでは、案外長いのです。
だから、必然的に部屋着の数がけっこう増えてしまっていました。

私はお出かけ服を着ている時よりも、部屋着を着ている時間のほうが多いので、数もそこそこ必要ではあるのですが…それにしてもこの時点では「多すぎる」という感じがしました。

まだどれも部屋では十分着られるものだから…という基準で取っておいたので、部屋着を入れている引出しがぎゅうぎゅうになってしまっていました。
部屋着の枚数が多くなっているのでそれぞれを着る回数も少なくなっていて、なおさら、服が傷まないので減っていかないのです(笑)。


今回、あらためて手持ちの服をチェックしてみたことで「部屋着の枚数はこんなに多くはいらない」ということに気づきました。
たんすの引出しの中がぎゅうぎゅうになっていたせいで、入っているものが把握しづらく、そして取り出しづらかったのです。

なので、傷みがやや進んでいるものをまず捨てて…
さらに残りの服の中でも特に使い勝手のいいもの、デザインが気に入っているものだけを、必要と思われる数だけ残しました。

これでだいぶ部屋着の数が減り、今までの2/3くらいの量になりました。
外に着ていく服だけでなく、部屋着も「厳選」が必要だったのです。



そして、外に着ていく服のほうですが…

私は「着回し」を考えて、インナーの色バリエーションをたくさん持っていました。
例えばタートルネックのカットソーは冬場はほとんど毎日着ていることもあり、8種類くらいの色柄のものを持っていたのです。
種類を揃えるために安いものを買っていたので、傷むのも早くて…ひとつのカットソーがワンシーズン持つかどうか、という感じだったので、毎年何枚も買い替えていました。

でも、コーディネイトに”微妙”な差をつけるのは、ただの自己満足ではないだろうか…、
たくさんの色柄を持っていても、それに見合う効果はない、と思い直し、似たような服のダブりは数を絞ることにしました。
そして、傷んで買い替える時には、今までよりは高い、丈夫なものを選ぶことにしたのです。



あと、以前から「昨年は似合っていたけど、今年着てみたらビミョー」な服はソッコーでゴミ袋行きにしていましたが…
今年、寒くなってから、昨年着ていた冬物を出してみたら、なんと半分くらいの服が似合わなくなっていたのです!昨年買ったものはまだギリギリセーフなのですが、おととしより前に買ったものはほぼ似合いません。

レースなどの甘さのある服、Aラインの服などはほぼ全滅、という感じでした。
あとアメカジ色が強いものも、子供っぽく見えてあまり合わなくなりました。
そして明るい色柄のものよりも、暗い色のほうがしっくり来る感じです。
最近、顔の肉が落ちたのと、髪型がショートに近くなったからでしょうか。




なので、最初は「今までの手持ちの服は大事に着つつ、新しい服をあまり買わないようにして数を絞っていく」つもりだったのですが…
”今年、似合わなくなった”と感じるものを着てみると「若づくりしているイタいおばさん」に見えてしまうんです(笑)。

そう感じるものはたいがい「お出かけ服」だったので(お出かけ服のほうが可愛い系統が多かったのです)、まだそんなに傷んでもいなくて、服としての実用寿命は十分残っているものだったのですが、「今年はこれを着て外には出られない」と思いました。
処分する前に部屋着にしようかと思ったのですが、自分で鏡を見てがっかり、ってくらい似合っていなかったので、結局部屋着にもせず、けっこうな数の服を一気に処分しました。


あまりたくさんの服を持っていると、こんな風に急激に今までの服が似合わなくなった時に、一気に処分する服も多くなるので無駄だなあ、と思いました。


これからは「服を買うなら、捨てなさい」で推奨していた
「その時に似合うものを少数、着たいその時にさんざん着倒して、傷んだら新しいものを買う」
パターンで行くほうが良さそうな気がします。

そのほうが「今の自分に合うもの」をいつも新鮮な気分で着られそうですよね!


(後編に続きます)
posted by はなずきん at 11:46 | Comment(4) | ミニマリズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする