2015年11月17日

我が家の次男坊(その2)小学校最後の運動会、どうなる?

前回に引き続き、我が家の次男について書きたいと思います。

次男は、剣道以外のスポーツはほとんどやったことがありません。
体育の授業と、クラスのレクリエーションでやるドッジボール、程度しかやったことがないのではないでしょうか。

小さい頃は外遊びが好きだった長男、長女と違って、次男は家にいるのが好きでした。
外に行ってもひとりだと何をしていいのかわからないようで…
学校で、担任の先生に「外で遊んで来い!」と言われて教室を追い出されても、外に出たふりをして図書室に行くような子なんです。
小さい頃から今までずっとそんな感じなんです。

家にいたとしてもうるさいのが長男、長女ですが、次男は物事に集中している時はかなり静かです。
本の中でも図鑑の類が大好きで、読みだすとあまりにおとなしくなるので、あれ、いなくなったか?と思うくらいなのです。

そして次男は絵が得意で、絵を描きだすとかなり集中しています。昔漫画っぽい絵を描いていた私から見ても、なかなかの線を行っていると思います。
それで喰っていけるかどうかはともかく、将来プロになれるくらいの素養はあるんじゃないでしょうか。
(ちなみに主人は、いちおう元美術系のプロなのですが…主人に似たんでしょうねえ)

最近描いたのはこんな絵です…

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この絵、名付けて「ギガ鳥獣」です(笑)。
次男の国語の教科書で、「鳥獣戯画」の紹介をしている文章があったのですが…
音読の宿題で次男がそれを読んでいる時に、私がふと「鳥獣戯画をひっくりかえしたら、ギガ鳥獣だよね。なんか怪獣みたいじゃない?」と言ったら、次男がこの絵を描いてくれたという。
カエルと兎の部分は鳥獣戯画の模写ですが(次男は模写が得意なようです)、周囲のビル群や飛行機は次男は何も見ないで描いています。
小さい頃から、適当に描いてても構図が決まってるんですよね…。

次男は怪獣が大好きなのですが、怪獣の容姿が…というよりは、怪獣が街を壊すシーンが大好きなのです。
とにかく破壊が大好きで、小さい頃は積み木などでも「作っては壊す」遊びが大好きでした。
特撮が好きなので、ミニチュアも大好き。女の子向けのおもちゃの「シルバニアファミリー」も好きで、かなりきれいに町並みを作るのですが…実は、それを怪獣気分で壊すのが一番の楽しみなようです…。

ミリタリー好きな次男は、ふだんは兵士の絵とか戦場の絵ばっかり描いていますが、その書き込みがまあ、細かいこと!
周囲のビルや家はもちろん、積んであるダンボールとか、置いてあるバイクとか、とにかくちまちまといろんなものを描きこんであります。そしてひとつの絵の中にたくさんの兵士を描くのですが、ひとりひとりにストーリーがあるようで、全部ポーズや表情を変えています。

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主人も絵のプロですが、こういう「ちまちま」系ではないので(むしろそういうのは嫌いなほう)、次男の根気はたいしたもんだと言っています。
ふだん、宿題をやる時などは「めんどくさ〜」「こんなんやってられん」とか大変うるさい次男ですが、好きなものだとかなりの労力を割けるんですよね。
好きなものには根気があるんですよねえ〜。


さて、話がだいぶそれてしまいました。

外遊びすらあまり好きでないし、体も小さい次男は、4年あたりまでは、体育は決して好きでも得意でもありませんでした。幼稚園の頃からずっと、背の順はクラスで前から3番目くらいをうろうろ…という感じです。
ただ剣道をやるようになったおかげか、運動全般ができないわけではなくなったようなのですが…5年の時も6年も、体力テストではA〜Eの五段階の「D」をもらってきたのですよ。
「シャトルラン」という、持久力を測るテストが苦手で、それが全体の足を引っ張ってる感じです。

なので運動会もどちらかというと「好きではない、参加するのがめんどくさい」感じだったのです。
徒競走なども、いつも順位は下から数えたほうが早い、という感じでしたし…。
が、5年生になり、運動会の係活動をやるようになって、運動会に参加する事が少し楽しくなったようなのです。

次男の…というかうちの子の行っている小学校は、5、6年生をとにかくよく働かせます。
私が小学生の時は、そんなに学校行事の手伝いをたくさんした記憶がないのでびっくりしたのですが…うちの子供たちの学校は、学校行事のほとんどで、5,6年生が運営に大きく関わっている感じです。

行事のスローガンを決める、ポスターを作る、実際に用具を準備する、などなど、先生主導ではありますが、かなりの部分を生徒が担っています。準備もですが、行事当日ももちろん、生徒がいろいろと働いています。
だからなのか、この小学校出身の子たちは、中学校に入ってからも何かと行事の中心にいる事が多いようで…小学校の体験が役に立ってるのかなあ、と思います。

次男は5年の時も6年の時も、運動会では「用具係」をやっていました。
その名の通り、競技に必要な用具を準備する係なのですが、次男が一番やりたかったのは「ピストルの弾込め」だったのです(笑)
うちの息子たちはミリタリー好きなので、実は長男も用具係をやっていて…次男もそれを見て、やりたいと思っていたのでしょうね。
ピストルを撃つの自体は先生がやるのですが、火薬を詰めて渡すのは生徒なのです。先生が撃つ横で、耳栓をして待機しています。いまどき、遊びで爆竹などもめったにできないですから、子供たちは火薬を扱うのが楽しかったようです。


子供の小学校では、学年によってだいたいやる競技は決まっていまして…例年、5,6年生は、「騎馬戦」「棒引き」「組体操的なパフォーマンス」をやってきていました。
が、今年の6年の担任の先生は「中途半端に棒引きとパフォーマンスをやるより、組体操に絞ってがっつりやりたい」と考えてやることになったのですが、私が今まで見てきた中では初の試みでした。

生徒は今まで上の学年がやっているのをあまり見たこともなく、生徒達はイメージがなかなかつかめず、最初は練習も難航したようです。
学年でピラミッドを作ることになり、5年生は5段でしたが、6年生は7段に挑戦することに!
今年、大阪では今後は段数制限をするとか話題になってましたが…小学校の運動会があったのは、その前の事でした。


どちらかというと、器械体操的なものは得意でない次男…実は倒立もできません。
だから組体操もあまりやる気がないだろうな?と思っていました。


が、運動会前のある日、次男が私に言ってきたのです。

「俺、組体操のピラミッドの一番上に乗ることになったよ」
「ええっ!?…ホント?」
「先生が、小さい子たちを集めてさ。誰か一番上をやりたい人はいるか?って聞いたから、立候補したらそう決まったんだよ」

立候補?次男が!?
次男、実はけっこう目立つ事は好きなのですが…
文科系のイベントだったら、今までも人前に出る立場の事をやってきています。
でも、運動会でそんな大舞台に立つような事をやるとは、私はかなり意外でした。
主人や、親戚の大人も「えっ、次男が?」とちょっとびっくりしてたんですよ。

しかし、運動会では、小さい子はあまり活躍できない事のほうが多いのですが…
体が小さい事も役に立つことがあるんですね!(笑)


運動会の後のおたよりで知ったのですが、組体操の練習を始めた当初は、ピラミッドの下のほうの人が重さに耐えきれず崩れてしまい、最初は全然成功しなかったそうです。
そこで、先生が
「今度やって成功しなければ、7段をやめて5段にします。でも、5年の時と同じ技をまたやるのは悔しいよ。どうしても7段を成功させたい」
と言ったところ…生徒たちは悔しがって泣いたり、真剣に考えてくれたそうです。
そして先生が
「練習で、重さに耐えきれなくて潰れてしまった人はいる?」と聞いたら、ある子が
「僕のところはつらいです。もうぼくにはできそうにないです」と。
「さあ、みんなどうしよう。そんな場所にぼくなら耐えられるという人はいるかい」
と聞いたら…ぱっと手を挙げた子が数名いたそうです。
「本当に大丈夫なのか。A君でも耐えられなかった場所なんだぞ」
「大丈夫です、絶対耐えます」
「よし、じゃあ頼んだぞ!」

そんな感じで「今の場所は無理」という子と「それなら変わります」という子を交代させて、再チャレンジしたら…
なんと、今度は一発で成功したのだそうです!

先生はおたよりにこう書いていました。

「成功したことも嬉しかったのですが、耐えきれなくなり、場所を変わった子も喜んでいました。つまり悲観的になるのではなく、自分に合った最適な場所で自分の力を発揮することが大切であるとわかったようです。
組体操では、特に大技といわれるような技になればなるほど、目立つ人は数人に限られ、ほとんどの人が目立たない場所で重みと痛みにただひたすら黙って耐えます。しかし、そんなひたむきさが技の成功につながることを知ったわけです。
運動会の前日の練習を終えた後、ある先生に言われました。
”今年の組体操、いいね!技の完成度が高いとかそういうことではなく、全員が成功させるぞという気持ちがとてもあらわれているよ。あの子供たちの表情がすべてを物語っているよね”」


次男も、ピラミッドの一番上に乗るのはけっこう難しかったらしいです。
下の人が耐えているので、ゆっくりしているわけにもいかないですし…
練習の時に2回くらい転落したそうですが(先生がキャッチしてくれたと言っていました(笑))、なんとか練習中に成功させることができたようです。

今簡単に「転落」と書きましたが、7段の最上段ですから、3メートルを超えています。つまり、建物の二階から落ちるくらいの感じなのです。
転落しても下に人がいますから、いきなり一番下まで落ちるわけではありませんが、ゴロゴロと転げ落ちたらけっこう痛いはず。下のほうのポジションとは違って忍耐はさほどいりませんが、恐怖心を克服しないとできない、度胸のいるポジションなのは確かです。もし失敗したら一番目立ちますしねえ。

よくまあ、そんなところに運動がやや苦手な次男が立候補したものだ…と思いますが…
そういえば次男、ふだんから「殺されたマネ」が好きでして…
ごっこ遊びをしている時、おもちゃの銃などで撃たれると、次男は本当に撃たれたような演技をして、バタッと倒れるのです。
その倒れっぷりが漫画っぽくてけっこう見事で、そんなに勢いよく倒れたら頭打つんじゃないの?ってカンジなのですが(時々、本当に軽く打っている時があります(笑))そういうのは怖くないようなんですよね。
そのあたりで度胸がついていたのでしょうか…。



ところで…
次男は小学校のそれまでの5年間…
運動会で、一回も勝ったほうの組にいたことがありませんでした!
毎年自分が赤白のどちらになるかは変わるし、もちろん赤白どちらかが勝つかも変わりますが、次男はなんと5年間負け続けでした。
運動会でどちらかの組が負ける確率は、毎回1/2ですから…それが5回続くというのは、32/1、つまりひとクラスにひとりくらいの割合しかいないのです。次男、なんと運動会運が悪いのでしょうか(笑)
だから「今年こそは勝ちたい」というのが、次男の悲願でした。

さて、運動会の当日…
組体操は、他の競技は、赤と白の勝敗はどうなったでしょうか?
と、いいところで次回に続きます(笑)
posted by はなずきん at 23:40 | Comment(2) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

我が家の次男坊(その1)次男と剣道

私と一緒に剣道をやっている次男。
いや、実は今、しばらく剣道を休んでいます。

直接の理由は「骨端症」という、成長期にあるかかと痛がずっと続いているからなのですが…
それ以前から、次男は剣道へのやる気を失っていたのです。
それもあってなかなか、かかとが治らないのかもしれませんが…。

さて、これから何回か、次男の事について書きたいと思います。
急に何で次男の話?って、剣道の事が書きたいわけではなく、次男は変わり者ぞろいのうちの家族の中でも、けっこう変わってて面白いヤツだからなのです(笑)。
今回はまず、剣道の話からですが…

まあ、親としては二重人格的な次男には、けっこう困ってるところもあるんですけれども…
それも含めて、カワイイ奴ではあるのですが。

でも実は、私は次男が小さい頃は、私と全然性格のタイプの違う次男をどう扱っていいのかわからず、あまりかわいいと思えていなかったのですよ。それを「かわいい」と思えるようになったのは、次男と一緒に剣道をやるようになってからのことです。


次男が小学校4年の時、「Wiiスポーツリゾート」のゲーム「チャンバラ」にはまっていました。
どのくらいはまっていたかというと、かなり難しい10面全部をクリアして、さらにその「裏面」をまた10面クリアしていたのです。
けっこう難易度が高いので、次男以外に、身近でクリアした人を見たことがありません。
次男は毎日、汗だくになってプレイしていました。

次男はそれまで勝気な長男と、活発な長女にはさまれ、あまり「自分」というものがありませんでした。
自分からこうしたいと言い出すことはあまりなくて、長男や長女に流されるように依存していましたが、何事も文句だけは多いのです。
それは自分に「自信」がないからではないか…

夫とそのことについて話し合った時、何か自信を持たせるようなことをしたい、という話になりました。ちょうどその頃だったのです、次男が剣道をやりたいと言ってきたのは。
その時たまたま学校で配られた、剣友会のチラシをもらってきて剣道をやりたくなったのです。


今までスポーツなどやった事もなく、外遊びすらほとんどしていない次男がそんな事を言い出すとは!
まあ「気の迷い」だったのかもしれませんが(笑)、これ幸いと、剣道を始めさせることにしました。


今まで何度も書いていますが、最初に入った剣友会は「ゆるい」なんてものではありませんでした。そこに1年間いましたが、ほぼ剣道らしいことは何も身に着かなかった、といっていいでしょう。
私はそれが剣道初体験だったので「こんなものなの??」と疑問形だらけで見学していましたが…

それでも、次男はけっこう楽しかったようで…
学校めんどくさい、宿題めんどくさい、とにかくやらされる事はほぼめんどくさい次男が珍しく、「行きたくない」とは言わず、週一回の稽古に通っていました。

しかし、私はそこの会は非常に居心地が悪く…子供の防具付けを手伝うために毎回見学に来てください、と言われていたので仕方なく行っていましたが、やっているのはく「チャンバラ」的なことしかありませんでしたから、見ていても全然楽しくありません。
だから私は防具付けの時に出る以外、子供の稽古の様子などほとんど見ていませんでした。

その事で、とある保護者に厳しく叱責されたこともありました。
そこの会のルールとしては私は「はみ出し保護者」だったのかもしれませんが、今思うと「なんやねんそのルール!」と突っ込みたくなるような、おかしな会だったのです。

しかも、私が我慢すればいいだけならまだしも…
稽古としても、いったいこれで何が身に着くの?ってカンジの、適当な内容だったのです。

稽古の時に、先生がきちんと指示を出さないので、子供が「次にどうすればいいんだろう」ってボーっとしているのですが…
親はそれをずっと見ていて、子供に「次はこうしなさい」って言え、っていうんですよ。
しかも、それは最初から親にそう言われていたわけではなく「みんなそうしているので、あなたもそうしてください」みたいな暗黙のルールだったらしく…そんなおかしなルール、言われなきゃわかりませんって。

まあ、言われたところで、「はあっ??」って感じの話でしたから、この会はダメだ!って思いました。
こんなところに通うだけ、時間の無駄です。
そこで会を変えることにしまして…。
次男は珍しく、まだ剣道を続けたいと言ったので、次に警察に移ることになりました。


警察の先生の事は、以前にたくさん書いていますが…
非常にユニークな先生で、基本コースではとても丁寧に子供に剣道の基礎を叩き込んでくれました。
私はそれを見ていて、剣道って面白い!と思って、一緒に始めてしまったわけですが…。

次男も、基本コースのうちは、先生が厳しいな〜と思いながらではありますが、そんなに嫌がりはせず通っていました。
が、1年が経って防具コースに移ってから、先生はとたんに「放任」になり…
そんなに強いほうではない次男は、あまり目をかけられることもなく。
防具をつけて試合をするようになってから当初は、剣道歴が同じくらいの初心者相手には、次男はそこそこ勝てていました。でも、あまり個別の指導がなかったからでしょう、ある程度のところで実力が頭打ちになってしまったのです。
やる気のある子はフォローなどしなくても勝手に上手くなりますが、そんなにやる気があるわけではない次男は、自主的に「こうしたほうがいい」なんて考えませんから、先生が放任だったら上手くなるわけもなく。

それと、防具コースに移ってからは厳しいいっぽうであまりフォローがない先生を、だんだん嫌がるようになってきました。いつ竹刀でしばかれるかわからないので、稽古中もびくびくしています。
先生は基本コースの時は本当に丁寧に教えてくれたのに、別人のようでした。
稽古もきつかったし、もう高学年なので、以前から剣道をやっているような子にはなかなか勝てません。
次男は剣道に対して、だんだんやる気を失っていってしまいました。

さらに防具コースに意地悪な親子が一組いて、親はいつも私や子供を目の敵にしていて、ちょっとでも外れたことをすると厳しく注意してきます。何も失礼な事をした記憶はないのですが、おそらく私そのものが気に入らなかったのでしょうね。
子供のほうは稽古中や試合、レクリエーションの時でも次男や長女を何かと仲間外れにしようとするしで、私達にはあまり居心地がいい状態ではありませんでした。
それ以外の人は、ほとんどいい方ばっかりだったのですが…

「意地悪親子」は、決して他の人たちにもよく思われていたわけではないのですが…
親のほうは会の役員をしたり手伝いをしたりとそれなりに貢献していたのと、子供もけっこう強かったので、表だってそのことを咎める人はいませんでした。
「いじめ」の対象は数人のみで、どの人もあまり会の中で立場が強い人ではなかったのと、立場が上の人にはコロッと態度を変えて、わざとらしいくらい親切にしていたりしたこともあり…。
いじめがあることを気にしてフォローしてくれる人は、ほぼいなかったのです。

先生にもいじめの事は相談しましたが、問題があるだろうということはわかっていたようなのに、通りいっぺんの対応をしてくれただけで…結局ほとんど状況は変わらなかったのです。
それを見て、先生のほうが保護者や生徒と関わる気が薄かったのでそうなってしまっているのだろうという気がして…このままこの状況が良くなることはないだろうな、と私は思いました。


次男はだんだん稽古にいくのを嫌がるようになり、連れていこうとすると逃げだす有様。
それでもなんとか引っ張っていっていましたが…。

防具コースに移って1年が経ち、年度変わりに、まだ続けるかどうかを次男に確かめたのですが…
「剣道は続けたいけど、この会はいやだ」と言います。
意地悪親子は、いじめて来る子とは別に、さらに下に弟もいたので、当分居座ると思われました。
先生はちょうど異動の時期でしたが、警察にいる限り、やっぱり稽古が厳しいほうではあると思われたので、へたれな次男にはここは向いていないだろうと思いました。


そこで今の会に移ることにしたわけですが…

今の会は雰囲気は厳しくないし、みんな親切ではあるのですが、次男にとって一番ネックだったのは「稽古が日曜日の朝にあること」でした…。
いや、でも本人が「休みの日のほうがいい」って言ってたんですが…警察では平日夜に2回稽古があったので、学校から帰ってきてから余裕がないのが嫌だったのでしょうね。

でも朝の弱い次男を、日曜日の朝に起こすのは至難の業でした。せめて、朝でなければよかったのかもしれませんが…しかも、日曜は稽古の時間が長くて内容がちょっときつかった事もあり、なおさら出たがらなくて。

私は稽古に早く行きたいのに、次男はなかなか起きてこず、起きてきても文句たらたら、準備だらだら…日曜日は私も、連れていくのが精神的負担になっていました。
水曜日の夜稽古は、ちょうど主人が家にいる日でもあったので、文句を言わずに出ていましたが…

ただ次男は、行く前はぐずぐず言っていても、連れていって稽古すると「あー楽しかった」「いったい俺はなんであんな文句を言っていたのだろう」という感じだったので、なんとかして連れていっていたのですが…

しかし、次男は新しい会の子供たちになかなかなじめませんでした。
もともとひとりでいる事が多く、友達を作るのが下手な子ではあるのですが、会にいた子たちとちょっとタイプが違ったから、というのもあるかもしれません。いい子達なんですけどねえ。

しかもその子たちは、けっこう剣道は強くて…
部内試合をしたら、次男は高学年の子には全く勝てませんでした。
それでますます、自信とやる気を失ってしまったようです。

そのうち、連れて行っても車からなかなか出てこず、稽古に遅刻したり。
稽古に出ても、おなかが痛いといって途中で休み、そのまま参加しない…
そんなことが続くようになりました。

その状態を見ていた他の保護者から「そんな状態だと、次男君もつらいだろうし、他の子の示しにもならないですよ」と言われ…
次男と話し合って、続けるかやめるか、考えさせました。


次男の本音としては、剣道はもうめんどくさい、やめたい。
剣道そのものが嫌いなわけではないのですが、稽古に行くのがとにかく面倒なようです。
が、ここまで続けてきたのに、ここでやめてもいいものか…という気持ちもちらっとあって。

結局、次男が嫌がる日曜日の稽古は出ず、水曜日だけ稽古に参加して、初段を取るまでは続ける、という事にしました。
が…そう決めた矢先に、次男は「骨端症」になってしまいました。

次男が最初「かかとが痛い」と言っていた時は、たまたまいつもと違う「床のすべりの悪い」体育館ですり足の練習をして、それがきつかったからかな、と思っていました。
かかとサポーターも買って様子を見ていましたが、1か月ほどしても良くならないどころか、ますます痛がって、ふだん歩くのにすら支障が出てきてしまいました。

骨端症とは、成長期の子供特有の症状です。
成長期にある子供は、かかとの骨の「成長する部分」が、かかと本体の骨から少し離れたところにあるのですが…
筋肉と骨の成長のバランスが取れない時があり、そういう時にその骨の部分が引っ張られ、炎症を起こしたりして痛くなるのだそうです。
長男もそうなっていた時期がありましたが、医者に行って湿布をもらい、運動を控えるようにしていたら1か月くらいで治っていたのですが…

次男を、私の行っている整体に行かせたら、「歩くのに支障がある」ような状態は良くなったものの…
体育の授業はちょっと無理、な程度の痛みはまだ残っているようなのです。
そんな事情があり、剣道も秋口の始めからずっとお休みをしているのです。


次男が骨端症になりかかりの時ですが、当市の「武道祭」というのがあり、うちの剣友会はそれに出場することになっていました。
いろんな武道の団体が「自分たちの武道のパフォーマンス」をして披露する、という会です。

親と子で剣道をやっている人が多い当会は、親子で組んで「稽古」をすることになりました。
子供が高学年の親と子で組んで出る、ということで、私と次男もその対象でした。

その話が来た時、すでに次男は骨端症だったので、出られるかどうかわからない…という状態ながらも、まだ先のことだし、良くなったら出られるかも、ということにしていました。

そうしているうちに、武道祭まで3週間くらいとなり…
リハーサルをすることになったので、ずっと休んでいた次男を稽古に連れていきました。
私は何度も次男に「本当に出る?大丈夫?」と確認したのですが、次男は嫌だとは言わず、いちおう稽古に参加したのですが…

足が痛くても素振りくらいはできるだろう、と思って、最初の素振りをさせたら、次男はもう「足が痛い」と言い出します。
その後やった「日本剣道形」の稽古も、「そのくらいはできるんじゃないの?」と先生に言われたのですが、次男は「足が痛い」と見学をしていたのですが、退屈だったらしく「帰っちゃダメ?」などと言ってきます。

「リハーサルに来たのに、今帰っちゃダメでしょ!」と言ったのですが、次男はやる気ゼロです。
でも、そうこうしているうちに、形稽古が終わって、リハーサルに入ったのですが…

「足が痛いんなら、きっちり全部やらなくていいよ、流れを覚えるだけで」と言ったのに、なんだかんだでやってしまい…また痛くなったりして…
でも、途中でやる気スイッチが入ったのか、リハーサルが終わる頃には、さっきの「帰っていい?」と言った時の表情とは変わって、すっきりした顔をしていたのです。


とはいえ…
他の保護者から「あんまりやる気なかったみたいだし、足も痛そうなのに大丈夫?」と聞かれ…
武道祭で披露する稽古はほんの10分くらいのことなので、多少足が痛くたってやる気があればできるはずなのですが、やる気そのものがないようなのです。
そして次のリハーサルに連れていこうとしたら、次男はさんざんぐずって、稽古に行こうとしません。

こんな状態でリハーサルに連れていっても、いざ本番になって「行きたくない」なんて言い出されたら、他の人に迷惑がかかってしまいかねません。
私は次男を置いて稽古に行き、先生に「今回はすみませんが、みなさんにご迷惑をおかけするといけないので、出場を辞退させてください」と申し出ました。


私が稽古から戻ってきたら、次男は「お母さん、今日はごめんなさい」と言ってきました。

「本当は、武道祭に出るのは楽しみにしてたんだけど…」
「そうだったの?」
「うん。でも…足もなかなか良くならないし、急に、やりたくなくなっちゃったんだよ。
自分でもころころ言うことが変わるなって思うんだけど…
なんでこんなに気分が変わるのか、よくわからないんだよ」


もともと、何がスイッチかわからないところで、ころっと気分が変わるところのある次男ですが…
今は小学校6年、思春期の入り口にさしかかり、さらに不安定な状態になっているようです。


とはいえ、次男は剣道をやらせたことで、身に着いたものはけっこうあったようです。

運動はどちらかというと苦手なほうだったのに、剣道ではある程度まではできたし、それなりに厳しい稽古にもなんとか耐えていたので、このくらいはできるんだ、という自信がついたこと。
試合にも何度も出たので、いざという時の度胸もついたことでしょう。

あと、ふだんはそうでもありませんが、いざという時の「礼儀作法」は身に着いたこと。
私の父の葬儀の時、従妹を含めた子供の中で一番きちんとお焼香ができていたのは次男でした。

今は剣道にやる気を失っている次男ですが、大人になった時にはたぶん、私に無理に連れていかれていたのだとしても、やって良かった…と思ってくれるのではないか、と思います。


剣道の話だけ聞くと次男は「むらっ気の強い困ったヤツ」なんですが…
本人がやる気のある事に対しては、けっこうがんばったりしているのです。

今年、次男は学校行事では、2つの大活躍をしました。
次回、その話を書きたいと思います。

posted by はなずきん at 10:53 | Comment(1) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする