2013年06月18日

母と子の剣道日誌(5)先生の責任感

子供の剣道、第5話です。

今の道場は、教えているのは基本的に先生ひとりだけです。先生は警察官の剣道の指導もしているようですが、私はその稽古は見たことはありません。またそれ以外の時間は普通の警察官の業務をやっているようですが、何をやっているのかは聞いたことがありません。
主人が稽古に連れて行った時、警察署の門前の張り番に立っていたことがあったそうなのですが、ふだん制服姿を見ていないものですから(いつも道着なので)最初は気づかず、びっくりしたそうです(笑)。

稀に先生が用事があり稽古の日に来られないことがあるのですが、そういう時は警察官の剣道の弟子が指導をします。しかしそういうことは月に1〜2回もありません。場所が警察署内なので、警察の業務のほうが優先で、何かある時に稽古が休みになることはあるのですが…。

基本コースは1時間、みっちり先生が付きっ切りで教えてくれます。防具コースは最初の基本練習は子供のみで行い、後半は先生が教えるようです。(最後まで見学をしたことがないのではっきりとはわからないのですが。)
基本コースは、稽古が終わると生徒たちは先生の近くに集合させられ、正座します。その時先生は、子供には少し難しい「お説教」をしてくれます。

稽古の時の厳しい視線と違い、稽古が終わってから子供を見る眼差しには、包み込むような愛情を感じます。本当に子供達を教えることが好きで、責任を持ってくれているのだなと思います。


前の教室では、やめる時に先生にあいさつしに行ったら、なんとうちの子が辞めることを先生が知りませんでした。1か月以上前にやめることは役員さんには伝えてあったのですが…。子供ひとりひとりをあまり見てくれていないなとは感じていましたが、そこまでとは。
私がどうも前の教室にしっくり来なかったのは、そこが一番の原因なのではないかと思います。
今の道場の先生の、子供に対する責任感とは、雲泥の差だと思いました。

今の道場の先生の「お説教」、私も一緒に真剣に聞いています。
よく言われるのが「道場だけでなく、家でも学校でも同じようにやれ」です。
返事の仕方、挨拶の仕方、姿勢をよくすることなど。「道場だけでできていてもダメなんだ。どこでも同じようにできなければ意味がない。」と。

先日うちの娘が道場内を、歩きながらお茶を飲んでいました。発見した私が「歩きながら飲んじゃだめだよ!」と注意していたら、それを見ていた先生が私に「道場内のことは、私が注意するのでお母さんは注意しなくていいですよ」とおっしゃったのです。

「基本的なしつけは家でやってください」と言われることの多い最近ですが、この道場ではそこまで指導をしてくれるのです。本当に責任感の強い先生だと思いました。

親がいくら家でしつけていても、子供は「やりたくないからやってない」わけで、また同じことをします。覚えていても「どうせ親だから」とどこか油断があり、必ずしも言うことを聞くとは限りません。親のほうも毎日同じことを言うはめになり、子供は聞いているのか聞いていないのかという感じになってしまいます。
一緒に生活して行動をさせなければならない以上、いくら「これはダメでしょ」と思っても、細かいことは目をつぶらざるを得ないこともあります。

でも、赤の他人に注意されると、子供はそれが印象に残るのです。だから、基本的なしつけを家でやることは当然なのですが、外にいる時のしつけは他人がしてくれたほうが効果的なのです。親が外で注意しても子供はなかなか聞きません。
むしろ外にいる時なら親はあまり怒らないだろう、といつもより行動がエスカレートすることもあります。
赤の他人に怒られてこそ、子供はやっと「お説教」が耳に入るのです。先生はそれがわかっていて、あえて家で教えるようなことも道場で教えてくれているのだと思っています。


今の道場では、礼儀から始まって道着や防具のつけ方はもちろん、道場内のことはすべて、先生ひとりで指導します。親が出て行くことは全くありません。防具が緩んだ時につけなおすのも親ではなく本人で、先生は時間がかかっても本人がやり終えるまで待っています。
主人が昔行っていたところもそうだったと聞いていたので、私はそれが普通だと思い込んでいたのですが、ネットなどで調べてみたら意外とそうでないところが多い、というかむしろそういう方針のところのほうが少ないのではないかという印象です。

剣道を自分でやったことがない方(私もそうでしたが)は、低学年の子が道着を着るだけでもひと苦労する、ということは最初は想像がつかないでしょう。今の子はあまりヒモを結ぶ機会すらもないので、昔ながらの形の袴を着るのは相当苦労します。
私も本人が着られるように教えなければと思いつつも、なかなか家でそこに時間を割く余裕がなく…。まして、防具をつけるのはさらに苦労します。

宿題などもそうなのですが、親が子供に何かを教える、というのはあまりよろしくないんですよね。親は厳しく言い過ぎたりするし、子供は親に甘えてちょっとダメ出しをされるともうやる気をなくしたり。
学校で先生から言われ、友達と一緒にやるのならがんばることも、家で親が注意するとプンとむくれてしまう、なんてことはよくあります。
だから、子供に何かを教えるのは、本当は親ではないほうがいいのだと思います。

前の教室では、親と子供が一緒に他の父兄から道着の着方を教わり、防具の付け方は先生から教わり、あとは親のほうから子供に教えてくださいという感じでした。
私のほうも週一回しかやらないので、なかなか細かいところが覚えられません。他の経験者の父兄などに教わりながらなんとかやっていたという感じです。

剣道の稽古は動きが激しいですから、道着もときどき緩むし、防具もずれたり、紐がほどけたりします。
本来は自分で直すべきだと思うのですが、前の会では「そういうところに先生の手や時間を煩わせてはいけないので、自分の子供のことは親がやってください」という方針でした。ここでは子供はそういうことは親がやってくれると思っているので、なかなか防具の付け方を覚えません。

しかし今の道場では、挨拶の仕方、返事の仕方、竹刀を持った時の構えなど、基本の基本の部分も時間をかけて丁寧に教えてくれます。まだ習っていませんが、道着の着方も、防具の付け方も先生が全部教え、生徒がすべてやる方針だと思います。
ここの先生は自分の事が自分でできてこそ、次のステップ(剣道の稽古)に進めると考えておられるのでしょう。

私はそれについてとてもいいと思っています。やはり、自分のことは自分でできるように、そして道場内では先生が絶対で、他の人が口や手を出すべきではないと思っています。

防具を自分で付けている動作ってカッコいい、と私は思っています。
防具コースの子が道場に来て、自分で丁寧に防具をつけている姿は、どこかりりしくて、なんだかうっとりと見てしまいます(笑)。
なんというか、毅然とした、端正な空気を感じるんですよね。
だんだんと整ってくる美しさ。戦いに向けての準備をしているという緊張感。
防具を自分できちんとつけている、というだけでも強そうに見えます(笑)。

でも、親が防具をつけてあげている光景は…私はあまり好きではありません。それで仕方ないのは幼稚園くらいまでじゃないかなと思っているのですが…。
同じく、大会の試合の時に横で「もっと前に出て!」とか叫んでいるような親御さんも、私にはどうもしっくり来ません。そう言いたくなる気持ちはわかりますが、指導者でもない親が試合中に逐一横から口を出すっていうのはどうなんでしょう。そういう助言は後からでもいいのではないかな、と思いますが。

剣道は「武道」ですから、ただ戦いが強ければいいというものではない。そこに研ぎ澄まされた神経があり、毅然とした美しさがなければ。
自分のことが自分でできる、というのは美しいことですが、誰かに頼っているのは、美しいことではないですよね。

竹刀は「刀」であり、防具は自分の命を守る「鎧」なのです。
「防具を自分でつけられるようにする」というのは「戦いの場で、自分の身を守る方法を身につけさせる」ということです。試合に出るほどに上達しているのに、自分では防具をつけられないというのは、何かが欠けているのではないでしょうか。

もちろん、紐もろくに結べないような現代っ子(うちの子ですよ!(笑))には、最初は親の多少のサポートは必要だと思います。防具をつけるのは子供にとって決して簡単なことではありませんから、習ったことを家で復習させたりはしなければならないでしょう。

しかし「防具は自分でつけなければならないものなのだ」という心構えをさせるのと、やり方そのものを教えるのは武道の師匠である、剣道の先生、もしくは先輩であるべきだと私は思います。
剣道という武道を学んだわけでもない親がつけてあげたり、一からやり方を教えるのは何か不自然な感じがします。

以前は道着を防具をつけるのも「親に丸投げ」されていたので、かえって私はやる気にならず、子供にわざわざ家で教える気になれませんでした。
今は先生が責任を持ってやってくれている、と思うとかえって「先生が教えてくれるのに、ついていけなかったら迷惑をかけるから、家でやらせなければ」と思います。
親の方が無理にでもやる気にならなければいけない、のと、親のほうまでもやる気にさせられる、のとでは全然違いますよね。


話は変わって。
前の教室は、稽古を休む時にも連絡は必要ありませんでした。楽でしたが、連絡しなくていいの?とちょっと不思議に思っていました。
今の道場は必ず休む時は先生に連絡をすることになっています。今は親である私が電話していますが、防具コースからは、休む場合は生徒本人が連絡しなければいけないそうです。
他の生徒(後述しますが、めっぽう強い男の子です!)のお母さんに聞いたのですが「学校で疲れた時とか、今日は休みたいとか行きたくないって言ってたんですけど、自分で休むって電話するのが嫌で行ってましたね」と。
なるほど、生徒のほうにも稽古に参加することに責任感を持たせているのと、稽古にも少々行きたくないなと思っていても来させる、というシステムになっているのだと思いました。

今思えば、前の教室は先生が生徒に責任を持っていないし、教えていることも順を追って教えているわけではないですから、生徒が休んでも関係なかったのですね。
先生がしっかり教えていればいるほど、稽古を休むことが影響してきます。稽古に来ないことが多ければ、周囲にもついていけなくなるでしょう。

しかし先生は休んではいけないとは言いません。「用事がある時は休んでいいですよ」と。それでもやっぱり、稽古にできるだけ休みなく参加することが本人にとってはいいと思っているのでしょう。
私も以前の教室では(自分が)めんどくさいな、行きたくないな…と思いながらもなんとか行っていたのですが、今は自分はとても行きたいし(笑)、子供も稽古を休まず(休みたくても休まない、という姿勢も教育のうちかと思っています)できるだけ上手になって、自信をつけてほしいと思っています。


ある時先生が、稽古が始まる前にアイスノンを探していました。なんだろうと思ったら、どうやら胸から肩のあたりを打撲しているようです。他の稽古とか試合でケガをしたのでしょうか、かなり痛そうな感じです。

大丈夫かな、と思って見ていると、アイスノンを服の中で患部に当てた状態で、先生は普通に稽古を始めました。さすがに腕がきちんと使えないのですが、親にも子供にも言い訳もせず、弟子に指導を頼みもせず自分で稽古をつけてくれました。
武道家にケガはつきものとはいえ、その先生としての責任感に、感激しました。

それまで「稽古を見るのが面白い」とは思っていたものの、どこかまだ「見学をしているだけ」で本腰が入っていなかった私が、そのことで「子供を、この先生に絶対ついていかせなければ」という気になったのです。

子供は先生のそういうところを、全部はわからずとも見ています。
先生がきちんとやっていれば、生徒もきちんとしなくてはと感じるでしょう。先生が適当なら、子供も自分も適当でいいやと思うでしょう。
子供ですから、すぐにはわからないでしょうが、そういう姿勢は必ず伝わっていくものと思います。
本当にいい先生に当たったなと、毎回の稽古でしみじみと感じています。
posted by はなずきん at 00:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 親子で剣道1警察編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする