2013年06月19日

母と子の剣道日誌(6)防具コースの子たち

子供の剣道、第6話です。


うちの子供が入会する時に、入会式の後に「納会試合」という、道場内の子供の勝ち抜き戦があり、防具コースの子たちの試合を見ました。
みんな動きがしっかりしていて、少年剣道の部内試合にしてはかなり見ごたえのある試合でした。


中でも、5人(だったかな)抜いて勝ち、優勝をした中学1年の男の子にはびっくりしました。自分より上の学年の子にもどんどん勝っていきます。連続で試合をしているから疲れているはずなのに…。

この男の子、名前が特徴的なので(いかにも剣道をやりそうな名前なのです。お父さんが剣道をやっていたそうです)ネットで調べてみたら、市の代表に選ばれるくらいの子だったのです。かっこよすぎます!

私はすっかりその子のファンになってしまいました(笑)。

同じ道場にこんなに強い子がいるなんて嬉しいではないですか。しかも、こういう子がいると全体の意識が上がってきますよね。うちの子もいい影響を受けてくれるんじゃないかと思います。


ちなみに、この男の子の妹さん(年長さん)が基本コースにいる(昨年からやっているそうです)のですが、この子がまた上手いんです。

ちょっと泣き虫さんで、先生に注意されて泣いてしまうことがよくあるのですが、泣きながらでもしっかり動作をしているのです!構えが凛としていて年長さんには見えません。この子もスゴイです。(笑)



基本コースは最初は「挨拶」とか「竹刀の構え方」なんていう基本中の基本でしたが、稽古が進んでいくにつれ、次の稽古を待っている防具コースの子たちも呼ばれて、稽古の見本を見せてくれるようになりました。
防具コースの子たちの動きの素早さ、正確さと言ったら!本当に惚れ惚れします。初級コースの子とは雲泥の差です。
でも、この子たちも最初からこうだったわけではないのでしょう。こんなに強くなれるのは、ここの先生の指導のきめ細かさのおかげなのではないでしょうか。


剣道の道場っていろいろタイプがあり、わりと早くから防具をつけて試合風の稽古に入ってしまうところもあれば、ここのように基礎のほうをじっくり練習するまでは、試合的なことはあまりしない、というところもあります。
初心者としては、早く試合みたいなものをしてみたい!と思うでしょうが、やはり基本がしっかりしていないとその後なかなか強くなっていきません。
ここの防具コースの子たちは本当に基本がしっかりできています。だから強いのでしょう。
初級コースの子も、この先生の指導についていけばきっと、こんな風になれるだろう、と思いました。


この道場の子供たちはみな礼儀正しく、そして強く、見ていて感心します。とても素直でいい子たちばかりで、可愛くてしょうがありません。
たぶん来年、私には役員が回ってくると思いますが、みんなのお世話ができるのをむしろ楽しみにしています。


最近市の剣道大会があり、うちの子供は出ないのですが見せたほうがいいと思い連れて行きました。
今の道場は市の中でもある程度強い団体なので、見ていてとても勉強になるし、応援しがいがあります。息子より私のほうが熱心に同じ会の子供を応援していたくらいです(笑)。

前の教室では、先生にはともかく、他の父兄にはあまり挨拶しないような子も中にはいたのですが…こちらの子は必ず挨拶してくれるので、親しみが湧きます。やっぱり挨拶するのとしないのとでは、こちらもむこうも、相手に対する意識が違ってきますね。



大会の時、いつも稽古で「この子上手いな〜」と思っている防具コースの女の子が試合に出ていたのですが(先生も「早素振りが俺よりも上手い」と感心しているくらいです)、その時に話して、なんと次男と同じ4年生だということを知りました。かなり大柄なので6年くらいかと思っていました…。次男はちびっ子なので、並べてみるととても同じ学年には見えません。


この子は試合でもめっぽう強く、市の大会で準優勝まで行きました。決勝でもこの子は勝ったのですが、チーム戦で他の子が負けたので準優勝になったということでした。
しかも、この子自身はすべて試合では面を取って、相手には一本も取られていないんだとか…。
つ、強すぎます。かっこいいっ。また私がファンになった子が増えてしまいました(笑)。


防具コースの子の動きの見本を見ているのも、私は本当に心の底から感心しています(笑)。

「うますぎる!」と思わず拍手したくなるくらいなんですよ。

こんなこともあるから、本当に見学が楽しいんですよね〜。


うちの子も下から憧れられるくらい強くなればいいんですけどねえ…

まあ、ちょっとそれは無理かな(笑)。

posted by はなずきん at 11:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 親子で剣道1警察編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月18日

母と子の剣道日誌(5)先生の責任感

子供の剣道、第5話です。

今の道場は、教えているのは基本的に先生ひとりだけです。先生は警察官の剣道の指導もしているようですが、私はその稽古は見たことはありません。またそれ以外の時間は普通の警察官の業務をやっているようですが、何をやっているのかは聞いたことがありません。
主人が稽古に連れて行った時、警察署の門前の張り番に立っていたことがあったそうなのですが、ふだん制服姿を見ていないものですから(いつも道着なので)最初は気づかず、びっくりしたそうです(笑)。

稀に先生が用事があり稽古の日に来られないことがあるのですが、そういう時は警察官の剣道の弟子が指導をします。しかしそういうことは月に1〜2回もありません。場所が警察署内なので、警察の業務のほうが優先で、何かある時に稽古が休みになることはあるのですが…。

基本コースは1時間、みっちり先生が付きっ切りで教えてくれます。防具コースは最初の基本練習は子供のみで行い、後半は先生が教えるようです。(最後まで見学をしたことがないのではっきりとはわからないのですが。)
基本コースは、稽古が終わると生徒たちは先生の近くに集合させられ、正座します。その時先生は、子供には少し難しい「お説教」をしてくれます。

稽古の時の厳しい視線と違い、稽古が終わってから子供を見る眼差しには、包み込むような愛情を感じます。本当に子供達を教えることが好きで、責任を持ってくれているのだなと思います。


前の教室では、やめる時に先生にあいさつしに行ったら、なんとうちの子が辞めることを先生が知りませんでした。1か月以上前にやめることは役員さんには伝えてあったのですが…。子供ひとりひとりをあまり見てくれていないなとは感じていましたが、そこまでとは。
私がどうも前の教室にしっくり来なかったのは、そこが一番の原因なのではないかと思います。
今の道場の先生の、子供に対する責任感とは、雲泥の差だと思いました。

今の道場の先生の「お説教」、私も一緒に真剣に聞いています。
よく言われるのが「道場だけでなく、家でも学校でも同じようにやれ」です。
返事の仕方、挨拶の仕方、姿勢をよくすることなど。「道場だけでできていてもダメなんだ。どこでも同じようにできなければ意味がない。」と。

先日うちの娘が道場内を、歩きながらお茶を飲んでいました。発見した私が「歩きながら飲んじゃだめだよ!」と注意していたら、それを見ていた先生が私に「道場内のことは、私が注意するのでお母さんは注意しなくていいですよ」とおっしゃったのです。

「基本的なしつけは家でやってください」と言われることの多い最近ですが、この道場ではそこまで指導をしてくれるのです。本当に責任感の強い先生だと思いました。

親がいくら家でしつけていても、子供は「やりたくないからやってない」わけで、また同じことをします。覚えていても「どうせ親だから」とどこか油断があり、必ずしも言うことを聞くとは限りません。親のほうも毎日同じことを言うはめになり、子供は聞いているのか聞いていないのかという感じになってしまいます。
一緒に生活して行動をさせなければならない以上、いくら「これはダメでしょ」と思っても、細かいことは目をつぶらざるを得ないこともあります。

でも、赤の他人に注意されると、子供はそれが印象に残るのです。だから、基本的なしつけを家でやることは当然なのですが、外にいる時のしつけは他人がしてくれたほうが効果的なのです。親が外で注意しても子供はなかなか聞きません。
むしろ外にいる時なら親はあまり怒らないだろう、といつもより行動がエスカレートすることもあります。
赤の他人に怒られてこそ、子供はやっと「お説教」が耳に入るのです。先生はそれがわかっていて、あえて家で教えるようなことも道場で教えてくれているのだと思っています。


今の道場では、礼儀から始まって道着や防具のつけ方はもちろん、道場内のことはすべて、先生ひとりで指導します。親が出て行くことは全くありません。防具が緩んだ時につけなおすのも親ではなく本人で、先生は時間がかかっても本人がやり終えるまで待っています。
主人が昔行っていたところもそうだったと聞いていたので、私はそれが普通だと思い込んでいたのですが、ネットなどで調べてみたら意外とそうでないところが多い、というかむしろそういう方針のところのほうが少ないのではないかという印象です。

剣道を自分でやったことがない方(私もそうでしたが)は、低学年の子が道着を着るだけでもひと苦労する、ということは最初は想像がつかないでしょう。今の子はあまりヒモを結ぶ機会すらもないので、昔ながらの形の袴を着るのは相当苦労します。
私も本人が着られるように教えなければと思いつつも、なかなか家でそこに時間を割く余裕がなく…。まして、防具をつけるのはさらに苦労します。

宿題などもそうなのですが、親が子供に何かを教える、というのはあまりよろしくないんですよね。親は厳しく言い過ぎたりするし、子供は親に甘えてちょっとダメ出しをされるともうやる気をなくしたり。
学校で先生から言われ、友達と一緒にやるのならがんばることも、家で親が注意するとプンとむくれてしまう、なんてことはよくあります。
だから、子供に何かを教えるのは、本当は親ではないほうがいいのだと思います。

前の教室では、親と子供が一緒に他の父兄から道着の着方を教わり、防具の付け方は先生から教わり、あとは親のほうから子供に教えてくださいという感じでした。
私のほうも週一回しかやらないので、なかなか細かいところが覚えられません。他の経験者の父兄などに教わりながらなんとかやっていたという感じです。

剣道の稽古は動きが激しいですから、道着もときどき緩むし、防具もずれたり、紐がほどけたりします。
本来は自分で直すべきだと思うのですが、前の会では「そういうところに先生の手や時間を煩わせてはいけないので、自分の子供のことは親がやってください」という方針でした。ここでは子供はそういうことは親がやってくれると思っているので、なかなか防具の付け方を覚えません。

しかし今の道場では、挨拶の仕方、返事の仕方、竹刀を持った時の構えなど、基本の基本の部分も時間をかけて丁寧に教えてくれます。まだ習っていませんが、道着の着方も、防具の付け方も先生が全部教え、生徒がすべてやる方針だと思います。
ここの先生は自分の事が自分でできてこそ、次のステップ(剣道の稽古)に進めると考えておられるのでしょう。

私はそれについてとてもいいと思っています。やはり、自分のことは自分でできるように、そして道場内では先生が絶対で、他の人が口や手を出すべきではないと思っています。

防具を自分で付けている動作ってカッコいい、と私は思っています。
防具コースの子が道場に来て、自分で丁寧に防具をつけている姿は、どこかりりしくて、なんだかうっとりと見てしまいます(笑)。
なんというか、毅然とした、端正な空気を感じるんですよね。
だんだんと整ってくる美しさ。戦いに向けての準備をしているという緊張感。
防具を自分できちんとつけている、というだけでも強そうに見えます(笑)。

でも、親が防具をつけてあげている光景は…私はあまり好きではありません。それで仕方ないのは幼稚園くらいまでじゃないかなと思っているのですが…。
同じく、大会の試合の時に横で「もっと前に出て!」とか叫んでいるような親御さんも、私にはどうもしっくり来ません。そう言いたくなる気持ちはわかりますが、指導者でもない親が試合中に逐一横から口を出すっていうのはどうなんでしょう。そういう助言は後からでもいいのではないかな、と思いますが。

剣道は「武道」ですから、ただ戦いが強ければいいというものではない。そこに研ぎ澄まされた神経があり、毅然とした美しさがなければ。
自分のことが自分でできる、というのは美しいことですが、誰かに頼っているのは、美しいことではないですよね。

竹刀は「刀」であり、防具は自分の命を守る「鎧」なのです。
「防具を自分でつけられるようにする」というのは「戦いの場で、自分の身を守る方法を身につけさせる」ということです。試合に出るほどに上達しているのに、自分では防具をつけられないというのは、何かが欠けているのではないでしょうか。

もちろん、紐もろくに結べないような現代っ子(うちの子ですよ!(笑))には、最初は親の多少のサポートは必要だと思います。防具をつけるのは子供にとって決して簡単なことではありませんから、習ったことを家で復習させたりはしなければならないでしょう。

しかし「防具は自分でつけなければならないものなのだ」という心構えをさせるのと、やり方そのものを教えるのは武道の師匠である、剣道の先生、もしくは先輩であるべきだと私は思います。
剣道という武道を学んだわけでもない親がつけてあげたり、一からやり方を教えるのは何か不自然な感じがします。

以前は道着を防具をつけるのも「親に丸投げ」されていたので、かえって私はやる気にならず、子供にわざわざ家で教える気になれませんでした。
今は先生が責任を持ってやってくれている、と思うとかえって「先生が教えてくれるのに、ついていけなかったら迷惑をかけるから、家でやらせなければ」と思います。
親の方が無理にでもやる気にならなければいけない、のと、親のほうまでもやる気にさせられる、のとでは全然違いますよね。


話は変わって。
前の教室は、稽古を休む時にも連絡は必要ありませんでした。楽でしたが、連絡しなくていいの?とちょっと不思議に思っていました。
今の道場は必ず休む時は先生に連絡をすることになっています。今は親である私が電話していますが、防具コースからは、休む場合は生徒本人が連絡しなければいけないそうです。
他の生徒(後述しますが、めっぽう強い男の子です!)のお母さんに聞いたのですが「学校で疲れた時とか、今日は休みたいとか行きたくないって言ってたんですけど、自分で休むって電話するのが嫌で行ってましたね」と。
なるほど、生徒のほうにも稽古に参加することに責任感を持たせているのと、稽古にも少々行きたくないなと思っていても来させる、というシステムになっているのだと思いました。

今思えば、前の教室は先生が生徒に責任を持っていないし、教えていることも順を追って教えているわけではないですから、生徒が休んでも関係なかったのですね。
先生がしっかり教えていればいるほど、稽古を休むことが影響してきます。稽古に来ないことが多ければ、周囲にもついていけなくなるでしょう。

しかし先生は休んではいけないとは言いません。「用事がある時は休んでいいですよ」と。それでもやっぱり、稽古にできるだけ休みなく参加することが本人にとってはいいと思っているのでしょう。
私も以前の教室では(自分が)めんどくさいな、行きたくないな…と思いながらもなんとか行っていたのですが、今は自分はとても行きたいし(笑)、子供も稽古を休まず(休みたくても休まない、という姿勢も教育のうちかと思っています)できるだけ上手になって、自信をつけてほしいと思っています。


ある時先生が、稽古が始まる前にアイスノンを探していました。なんだろうと思ったら、どうやら胸から肩のあたりを打撲しているようです。他の稽古とか試合でケガをしたのでしょうか、かなり痛そうな感じです。

大丈夫かな、と思って見ていると、アイスノンを服の中で患部に当てた状態で、先生は普通に稽古を始めました。さすがに腕がきちんと使えないのですが、親にも子供にも言い訳もせず、弟子に指導を頼みもせず自分で稽古をつけてくれました。
武道家にケガはつきものとはいえ、その先生としての責任感に、感激しました。

それまで「稽古を見るのが面白い」とは思っていたものの、どこかまだ「見学をしているだけ」で本腰が入っていなかった私が、そのことで「子供を、この先生に絶対ついていかせなければ」という気になったのです。

子供は先生のそういうところを、全部はわからずとも見ています。
先生がきちんとやっていれば、生徒もきちんとしなくてはと感じるでしょう。先生が適当なら、子供も自分も適当でいいやと思うでしょう。
子供ですから、すぐにはわからないでしょうが、そういう姿勢は必ず伝わっていくものと思います。
本当にいい先生に当たったなと、毎回の稽古でしみじみと感じています。
posted by はなずきん at 00:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 親子で剣道1警察編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月17日

母と子の剣道日誌(4)稽古の工夫

子供の剣道、第4話です。


今の道場に入ってからわずか2か月半しか稽古をしていないのに、書きたいことが本当にたくさんあります。それだけ、稽古の内容が濃いってことなんですよね。


この道場の稽古では、本当に丁寧にひとつひとつの動作とその理由を教えます。
そして生徒たちにやらせて、先生がひとりひとりの動きを見て、できてない部分をびしっと指摘してやり直させます。先生の指導が入ると、生徒の動きがガラッと変わります。運動神経イマイチと思われる次男でさえ、最近は多少かっこよくなってきました(笑)。


教えたことがすぐにできなくても、先生はそれで怒りはしません。できていない理由を見極めて、言い方を変えてわからせるようにします。
しかし何度も教えたことができていないと、ゲンコツが飛んできたり、竹刀で軽く叩かれたりします。教える時は丁寧に、反復は強制的に、ですね。


最近は「体罰は絶対にダメ」という世の中の流れになっていますが、私はこのくらいの体罰なら構わないと思っています。
血気盛んな男の子を育てたことのある人なら、口で丁寧に説明しても効果がないどころか、子供になめられて言うことを聞かなくなる場合もある、というのはわかるのではないでしょうか。


私自身は「言うことをきかせるため」に叩いたりはしませんが、子供が相手にケガをさせかねないような暴力をしようとしていれば、体を張ってでも止めます。「暴力を振るわれても、絶対にいうことは聞かないという気迫」は必要なので、やはり「言葉だけ」では限界があると思います。

もちろん、言葉での説明は一番大切だし、体罰も度を越してしまえば問題であるのは間違いないですが。


私はここの先生は厳しいけれども、子供に愛情を持って接していると思いますし、感情で手を出したりはしていないと感じます。子供の年齢や性格によっても厳しさの度合いを変えているのはわかりますから、「度を超す」ことはないと信じています。

それはふだん、先生が生徒に対してどういう時にどんな風に声をかけるか、を見ていればわかります。
最近は生徒にはきついことは言わない、なんて先生も多いですが、先生は少し怖いくらいでちょうどいいと私は思っています。


子供が先生を怖がりながらも信頼しているというのは、防具コースの子たちを見ればわかります。

信頼関係が成り立っているうえでの「愛のムチ」は、私はアリだと思います。


最近はどこでも「優しい指導」しかしないので、ちょっと転んで痛いくらいでも子供は大げさに騒ぐ気がします。ちょいと叩かれて痛いくらいでいちいちくじけていたのでは、この先やっていられないのでは?と思うのです。へたれな息子にはこのくらいはいい経験だと思っていますが。


よく生徒達が注意されているのが「先生を見るな!」「隣を見るな!」です。
生徒は覚えた動作に自信がないので、つい先生や周囲を見てそれと同じようにしよう、としてしまうのですが、いつまでもそれでは動作を覚えることができません。
「間違うのは悪いことじゃない。人を見て合わせるのじゃなくて、正面を見て堂々と間違え」と先生は言います。そうして間違っているうちに、やっと正しいことができるようになるのです。
稽古だけでなく生き方にも通じるような、いい言葉ではないですか。


生徒が先生をちらちら見ていると「先生がそんなにかっこいいのか!」と突っ込まれます。
生徒がとにかく何か答えなければと、反射で「いいえ!」と答えちゃったりして、そこでまた笑ってしまうんですよ。

厳しい中にも笑いのあるこの道場、私はとても気に入っています。


先生の教える内容はいちいち納得できる事ばかりなのですが、稽古の内容もただ同じことを反復させているだけではありません。例え内容は同じでもその進度に応じて、やり方を変えてみたりします。

先日は、面打ちの稽古の時、足を置く場所(足と足との間隔)がなかなかつかめない子供たちのために、升(お酒やお米を入れて量る、四角い木の容器のことです)をひとり2個用意し、適切な間隔にその升を置いて、升の上に子供が乗って竹刀を振り、足の間隔をつかむというやり方をしたそうです。
私はその時は用事があり見学に行っていなかったのですが、主人からその話を聞いて「本当にいろいろ考えるんだな〜」と感心しました。

ステップが進むにつれやり方を変える。子供に飽きさせないよう目先を変える。なかなかここまで考えて教えてくれる先生は少ないのではないでしょうか。


ある日の稽古は、なんとドッジボールです!
剣道の稽古の時間にドッジボールをやるなど、聞いたことがありません。


しかし見ていて、先生が何でドッジボールをやらせたのかわかってきました。ふだん稽古では慣れないことをやらされてコチコチな子供たちが、ドッジボールをやることで「地」が出てくるのです。
おとなしかったと思っていた子が、いきいきと走り回ってボールを取っていたり、元気そうな子なのに逃げ回ってばかりいたり。なるほど、剣道の稽古だけでは見えない「性格」が見えてきます。


とはいえ、まだあまりなじみのない初心者同士の子供たちですから、黙々と逃げる子も多く…先生に「お前ら、若いんだからもっと”きゃー”とか言え!」と突っ込まれていました(笑)。そう、これは親睦行事?でもあったのですね。
剣道の稽古は個人単位ですから、稽古中は隣にいる子と話すこともあまりありません。しかしこういうゲームをやれば仲間同士、親しみもわいてくるというものです。仲間と親しくなれば、稽古に来るのも楽しくなるでしょう。


私は子供と一緒に学校でドッジボールをやらされたことがあるので、子供がどんな風に行動するのかだいたいわかっていましたが、先生はあまりそういうことを見る機会がないであろう、他の親御さんに「自分の子の意外な様子」を見せたかった、という面もあったようです。


先生の、剣道の稽古だけにとらわれない発想の柔軟さにまた感心させられました。
次はいったいどんな稽古を繰り出してくるのか、本当に楽しみにしている私です。

posted by はなずきん at 09:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 親子で剣道1警察編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月16日

母と子の剣道日誌(3)竹刀は「刀」です

子供の剣道、第3話です。


子供が通っている道場では、剣道の竹刀は、本来は「刀」であることを教えます。
これはただの棒ではなく、刀であるから上下があります。竹刀には縦に一本、ヒモが渡してありここを「弦(つる)」と言うのですが、これは刀の背(刃とは逆の部分)に当たるものなのです。ですから、左手に下げて持っている時は弦は下にあり、前に構えた時は弦は上になります。

他にも竹刀の部位について「柄(つか、握る部分)」「柄頭(つかがしら、柄の先端部分)」「剣先(けんせん、竹刀の先端)」など、低学年の子供には少々難しい言葉も教えて、それらが真剣で言えばどこに当たるのかも教えます。


そして竹刀は「刀」であるから、大事に扱うようにも言われます。
置いてある竹刀をまたいで歩いてはいけない。

置く時は必ず右膝をついて置かなければならない。刀だから放りなげてはいけないのです。

竹刀を持って立ち上がる時は右足から。なぜかというと、刀を持って鞘(さや)から抜く時にそういう姿勢でないと抜けないからです。

竹刀には鞘はついていませんが、動作の基本はあくまでも真剣がベースなのです。ですから竹刀袋に入れる時は、柄が上で剣先が下になります。


最初は「細かい事から教えるんだな〜」とちょっとびっくりしましたが、もともと「剣術」に興味がある私には、こういった話はすごく興味深いことです。ふむ、なるほどそうだったのか、と感心しました。


前の教室ではこんなことは全く習いませんでした。竹刀を大事にしろとも言われないし、持つ時に弦が上とか下とかすらもです。今考えるとあれは「武道」ではなく「剣道ごっこ」ではないか、と思ってしまいます。

そういう部分がなかったから、私は見学していてつまらなかったのだなと思いました。「剣術の稽古」なのだと思ってみると、剣道は本当に面白くなってきます。



その頃折よく、父方の祖父の形見の「軍刀」が我が家にやってきました。

先日父が亡くなったと書きましたが、父が持っていた祖父の形見が我が家にやってきたのです。

父は7人兄弟で、5人は男性。父は男兄弟の中では一番下でしたが、他の男兄弟はすべて亡くなってしまったので、父のところに刀が来ていたというわけです。

私には兄が2人いて、私は末っ子です。普通なら長男である兄のところに行くものだと思うので、うちがもらってしまっていいのか…ということは考えたのですが、この刀はやはりうちに来るべきものだと思われました。主人も子供も武器がかなり好き、主人も私も江戸時代と剣術に興味あり。こんな家も普通はあんまりないでしょうから(笑)。


祖父は職業軍人で、日露戦争に出征しています。当時は軍から支給された、工業製品の「軍刀」を持っている兵が多かったようですが、祖父は自分できちんとした刀を揃えたようです。
ネットで検索してみたら、祖父の刀は江戸時代末の頃のきちんとした刀匠が作ったもののようでした。今度鑑定に出してみようと思っているのですが…。とはいえ、刀の刃は落としてあるのか、切れなくはなっているのですが。


刀のことが我が家で話題になったので、主人が自分で持っていた、みやげものの模擬刀を出してきました。模擬刀は、見た目はほぼ真剣ですが、刃はついていません。が、重さや長さは真剣とほぼ同じです。

真剣や模擬刀を持ったことのある方はあまりいないのではないかと思いますが、想像以上に重いものです。小柄な女性だとただ持って構えているだけでも大変なのではないでしょうか。


私は持って抜いてみようとしましたが、重くて長いのでなかなかうまくいきません。主人にやり方を聞いて(主人は誰に習ったのでもなく、自分で勝手に練習していたんですよね(笑))、私も抜き方を練習してみました。

抜く前に左手の親指で鍔を押し、鞘を外側に傾け、その状態で右手を柄にかけます。そして、薙ぎ払うように抜きます。抜く前に鞘を傾けるのがポイントで、なるほど、そうしてみると上手く抜くことができるのでした。
しまう時は、さやを握っている指に刀の根元の背を当て、先端のほうまですべらせてから、先端を鞘に入れます。

今まで時代劇などでも、刀の納め方なんてあまり気を付けて見ていなかったのですが、なるほどよく見てみると確かにそうしています。なんだか楽しくなってきて、家で何度も刀を抜く練習、しまう練習をしてしまいました。

びしっと決まると(めったにそんなことはありませんが)カッコイイ!と思います(笑)。うーん、私やっぱりこういうのが好きなんですね…。最初は「すごく重い、こんなの振れない」と思って持っていましたが、何度もやっていると慣れてきて、さほど重く感じなくなってきました。


それを理解してから剣道の稽古を見ると、なおさら「なるほど〜」という感じになりました。
最初のうちは「竹刀を取るのにいちいち膝をつくなんてめんどくさいなあ」と感じていた私ですが、今では子供が竹刀をほおり出して遊んでいたりすると「これは刀で、武士の命なんだよ!大事にしなさい!」と怒っています(笑)。


余談ですが、真剣というのは所持しているだけでも届出を出さなければなりません。それをしないと「銃刀法違反」になってしまいます。「銃刀法」は正確には「銃砲刀剣類所持等取締法」だそうです。なお模造刀は届け出る必要はありません。
今回祖父の刀が我が家に来て初めて知ったのですが、届け出を出すのは、最初にその刀を所持していた人の住所地の「教育委員会」なのです。所持者が変わった場合は、最初に登録した場所の教育委員会に届け出を出すのです。

これは武器というよりは、文化財扱いなのですね。


ちなみに、銃のほうは警察に届け出ます。

住所地を管轄する警察署の生活安全課、銃砲行政担当係が担当なんだそうです。「鉄砲行政担当係」…そんなのがあるんですねえ…。


おっと、剣道からはだいぶ話がそれてしまいました。
しかし、剣道をやるうえで「これは刀なのだ」という考え方はかなり重要なようです。ただ棒を振り回して人に当てるスポーツではなく、剣を持って武士の心得を学ぶという「武道」なのです。

試合の判定なども、ただちょうどいい場所に当たればいいというものではなく、攻撃する意志をもって振った竹刀が当たる、ことを重要視しているようです。

中には「スポーツ」やただの「習い事」に近い考えになってしまっていて、そういうことを重視していない道場もあるような気がしますが。



ブログにいただいたコメントで、子供に剣道を習わせたいので参考にしたい、というお話があったのですが、私も今回のことでいろいろ調べてみて、道場によって、全然教え方も父母のやることも違う、ということがわかりました。
そのあたりの違いは、剣道未経験の親御さんには全くわからないことかと思います。私も全くわからなかったので、あまり深く考えず入れてしまったのですが…

主人も自分で剣道をやっていたとはいえ、親の立場で入れるのは初めてだったので、道場によりそこまで違うとは思っていなかったようです。


もしこれからお子さんに剣道をやらせたい、という方には、指導方針や親の負担等、いろいろな事項を検討してから道場を決めることを強くおすすめします。剣道の世界は比較的閉鎖的で、子弟の上下関係なども厳しいので、入れてから道場を変わるのはなかなか大変なことのようなので。

じゃあ何を検討したらいいの?という話については、また別の日に書きたいと思います。

posted by はなずきん at 00:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 親子で剣道1警察編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月15日

母と子の剣道日誌(2)基本の基本が大事

子供の剣道、第2話目です。


こちらの剣道の道場は、基本コースと防具コースの2つのコースに分かれています。防具をつけて試合ができるレベル以外の子は、年齢は関係なく全員基本コースで一年、みっちり基本を叩き込まれます。

次男と娘の入っているのはもちろん基本コースです。

本来はここは小学生と中学生のみが対象なのですが、兄や姉が入門している子に限って、幼稚園からやっている子もいます。今は年長さんが2人、小学生が6人、中学生が1人の合計9人がいます。

基本コースが夕方5時からスタート、だいたい6時ころに終わります。その後防具コースの稽古が始まります。


こちらの先生の指導は、動作のすべてをきちんとさせます。おじぎの仕方、正座の姿勢、竹刀の持ち方、立ち上がり方、などなど、かなり細かいです。聞いている私のほうもとても全部は覚えきれないくらいです。

竹刀を持って構える時は足ひとつ分の間隔をあけて足を置くとか、かかとは少し浮かす(紙一枚分と言われます)など、生徒が具体的にわかるような表現を使います。

そしてなぜそういう動作をするのか、その理由まで丁寧に教えます。


稽古を始める時、整列する時にどこに並べばいいか。年齢の順に並ばせ、何人いるか番号を言わせて数えます。子供に真ん中は誰なのか考えさせ、真ん中の人を先生の正面に立たせます。その周囲の人はそこを中心に広がります。

教えることはいちいち合理的で、わかりやすいのです。もちろん教わっているのは子供ですから、最初はなかなか理解できないし、忘れてしまいます。でも、何度もやっているうちに、自分で考えて動けるようになってきます。


息子が以前言っていた教室では、そんなことは全く教わりませんでした。せいぜい竹刀を持った時の構え方を教わるくらい。あいさつの仕方も、おじぎの仕方も、整列の仕方も、何ひとつ教わらないので、あまりそういったことをしたことがない低学年の子は、どうしたらいいのかわからずぼーっとしていることもありました…。

どうやら、そういうことまで親が指示しなさいという方針だったようなのですが(それもはっきりとは言われませんでした)私には、なんで親がそこまで?というところがどうしても納得がいきませんでした。

先生に預けた以上、稽古中のことは他から口を出すべきことではない、と私は考えていたのですが、どうもその教室はそうではなかったのです。

(今行っているところは「道場」と書いていますが、以前のところは「道場」という雰囲気ではなかったので「教室」と書いています)


こちらでは最初の何回かの稽古は竹刀を持ってはいましたが、振ることはしませんでした。
ずいぶん細かいのだな、いつから竹刀を使うのかな、と思っていましたが、指導が進んでいくにつれ、あれほど丁寧に基本の基本の動作を教えていた理由がわかってきました。


最初は行動も返事もバラバラだった初心者集団でしかなかった生徒たちが、わずか1か月ほどできびきびと、自分たちで考えて動くようになってきたのです。なるほど、これができるとできないとでは、竹刀を使い始めてからの動きが違ってくるはずです。


どんなことでも(たとえ冗談でも!(笑))先生の指示が出たらすぐに反応しないと怒られます。最初のうちは怒られてばかりだった子供たちも、徐々に反応が早くなってきました。


一度教えたことを守っていないと、「前、なんて教えたか?」と聞かれます。あまりに何度もわからないと時々ゲンコツ、もしくは竹刀が飛んできます。
最初は怖くて泣いてしまう子もいました。うちの娘もときどき涙目になっています(笑)。

しかし先生が自分を憎くてやっているわけではない、そんなに痛くやられるわけではない、ということがわかってきて、だんだん泣く子はいなくなってきました。


上にお兄ちゃんたちがいて、幼稚園から始めている子は、先生に怒鳴られてもケロッとしています。さすがと思いましたが、入門当初はやっぱり怖がって泣いていたのだとか。一年間でそこまでしぶとくなるわけですから、そういう意味でも成長するわけです(笑)。

先生が子供にわけのわからないツッコミをして、子供が変なことを答えて笑ってしまう、のも稽古をみていてよくあります。剣道の教え方だけでも十分面白いのですが、そんなお笑いポイントもおかしくて、つい真剣に見学してしまいます。
前の道場では自分の子供の稽古なんて全然見る気にならなかったのに…。


基本コースでは、最初は道着もつけません。理由は、足さばきは当初は袴をつけていると難しいことと、先生に、生徒が足さばきができているかどうか見えないからだそうです。それができて初めて、道着を着られるようになるのだということでした。



最初はなんで道着を着用させないのか不思議でしたが(道着を着ただけでも剣道をやっているような気分になって気持ちが盛り上がるじゃないですか。)でも理由を聞いて、なるほど、と思いました。


またまた次回に続きます。

posted by はなずきん at 14:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 親子で剣道1警察編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする