2005年08月04日

「高機能自閉症」という”個性”(その6)意外と多い、自分で気づいていない「自閉症の大人」

(その5より続いています)

私の今までの記事を読んで「もしかしたらうちの子やダンナも」「私もそうかも」と思う方もいたかと思います。
実は、私はそういう方のために、この記事を書いたつもりなのです。
私がそうであったように、これが「障碍」であるとは気付きにくいものなので…。


自閉症であるという診断を受ける(もしくは自覚をする)のは最初ツライことですが、それはその人自身の内面を知ることにもつながるわけで、今まで「なんで自分(子供)は他人とこんなに違うのだろう」と悩んできた人には、自分(子供)がそういう傾向の人間なのだ、どういう対処をしていけばいいのかと知ることはプラスにつなげられると思うのです。


しかし高機能自閉症であるかどうかは、きちんと検査を行わないと正確な診断はできないそうです。高機能自閉症という概念自体がまだ新しいため、診断基準そのものが専門家によって違ったりもします。
気になることがある場合は、専門機関に行って診断してもらうと良いと思います。
なお高機能自閉症とほぼ同義の単語として”アスペルガー症候群”という言い方もありますが、このあたりの概念の違いを説明するのはややこしい話になるので、詳しく知りたい方は専門書などをお読みになってください。

長男は療育センターで長いこと「検査」をさせられましたが、自閉症の診断のためにされているとは私はその間は全く知りませんでした。
なぜそういう検査をしているのか、これがいったいいつまで続くのか…ということが私にはわからず、長男も検査を一部嫌がることがあったり、これが本当に長男の「症状の改善」に結びつくのかということに疑問を感じることもありました。
おそらく、事前にそう言ってしまうとショックを受ける人(親)が多いのと、診断の結果そうでない場合のフォローが難しくなってしまうからだとは思うのですが…私は事前に、どういう目的で検査をされているのかきちんと教えてほしかったです。


少し話が変わりますが、自閉傾向の人はやはり自閉傾向の人と仲良くなることが多い…のだそうです。人との距離感の感覚がお互い似ているためでしょうか。
かくいう私は、自閉症ではないのですが(診断を受けたわけではありませんが、私なりの知識で判断するとそう思います)性格的には自閉症の人に似ている部分があるのではないかと思っています。

他の人の心情に共感を覚えることが少なかったり(私はかなりドライです)、また今でこそそれなりに発言に気を遣うようになったのですが、以前はズバっと言い過ぎてしまうところがあったり、他人の言葉を額面通りとらえてしまうことがあったり。
つまりは正直すぎるわけですが、ある意味「無神経」だったわけです。

また私は嘘をつくのがとっても苦手で、やむを得ない場合以外はほとんど嘘をついたことがありません。「本当のことを言わない」ことはできても、「真実と違うことを言う」ことに対して非常に抵抗感があるのです。それがたいした嘘でなくても、です。

そしてかなりマジメなほうで、学校の掃除当番も一度もサボったことはなく、社会規範も守りたがります。そのくせ、自分の基準で考えて「それは違う」と思うことであれば、他のみんながやっていることでもやらなかったりします。
年を取るにつれて、そういう部分は丸まってきてはいる(ある程度は他人に合わせるようになった)のですが、根本的な性質は変わっていません。

こういう性格は「異常」とは言わないにしても、私のようなタイプというのは「多数派」ではないのは確かです。普通はちょっとくらい当番をサボったり、たまに嘘をついたりしながら、他人とあまり摩擦を起こさないように生活している人のほうが多いのでしょう。
こういう「ばか正直」なところが、私は自閉症の人の「性格」と良く似ているのです。


ダンナと私がひとつ大きく違うのは、私は思考が明確に言語化されるということです。
ダンナは思考内容を視覚的イメージで持つタイプで、思考を言葉に変換するのが苦手です。
いっぽう私は「言葉で考えている」と言っていいほど、自分の考えていることはくっきりと文章化されて浮かんでくるほうです。
私の考えていることはほぼ正確に文章化できるため、ダンナは私の思考がわかりやすくて安心できるのだそうです。

ダンナは小さい頃は「人の言葉を額面通り受け取ってしまう」ほうだったそうで、それで何度も痛い目?にあい、それからはあまり人の言葉を信じられなくなっていたと言います。
しかし私の言うことはほぼ「本音」であり、裏がほとんどありません。
ダンナは最初は私のそういう性格が信じられなかったそうですが、付き合っていくにつれ、この人が言っていることには本当に裏がないんだ…ということがわかって、安心して付き合えるようになったのだそうです。
いっぽう私も、ダンナの正直さを信じることができたので、結婚まで至ったわけです。

よく「結婚に必要なのは、夫婦の価値観が似ていること」と言いますが、我が家の場合は価値観というよりは倫理観が似ていたのかも。
何事もきっちりしたい私、けっこうずぼらなダンナ、と性格も行動もかなり違う部分が多いのですが、”根本的にマジメ”なところが似ているんでしょうかね(笑)。

で、そういうふたりの子供である長男ですから、やはりそういう部分が強いのは当然とも言えるわけで…。
長男の診断をきっかけに、ダンナと私の性格をあらためて分析してみて、長男の性格(障碍)はひょっこり突然出てきたわけではなく、両親の特徴を受け継いでいるのだ…ということをあらためて認識させられました。

(次回に続きます)
posted by はなずきん at 23:57 | Comment(0) | 妊娠、出産、育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする