2004年08月31日

私のパソコン歴

私のパソコン歴は結構古く、いわゆる家庭用パソコンが初めて発売された頃に遡ります。

この手のものが好きだった兄(私は兄がふたりいますが、下のほう)が購入した、NECのPC-6001が私のいじった最初の「マイコン」(当時はパソコンではなく、マイコンと呼ばれていました)でした。
1981年に発売とありますから、かれこれ20年以上前のことですか…。(当時私は中学生でした)

この頃のコンピュータはハードディスクなどというものはついておらず、プログラムを読み込む時はカセットテープを使っていました。”ぴーげろげろげろ”という読み込み音が懐かしいです。


その何年か後、兄がマシンを買い換えました。シャープのMZ-2500というものです。これもPC-6001同様BASICで動くマシンで、私も多少いじらせてもらったと思います。

この頃(私は大学生でした)我が家の兄弟は無線にはまっていて(もちろんみんな免許を持っています。一番簡単な電話級ですが)、パソコン通信を無線でやっていました。
兄の無線仲間でチャットや掲示板などをやっていたのですが、無線なので電波状態が悪いと送信したものが通らなかったり、と思って何度も送信するとあとで何度も出てきたり…なんて今では考えられないようなチャットでした。
兄弟3人で、同じ家の隣の部屋で無線チャットで会話…なんてこともありましたねえ(笑)。

しかしこの時、私がなんのパソコンを使っていたかがどうしても思い出せません。下の兄はMZ-2500を使っていて、上の兄はOASYSというワープロを使っていたことは覚えているのですが…私は自分ではパソコンを買っていないので、誰かから借りていたのでしょうか。


その後大学を卒業して就職して、1年半で転職して入社したのが知る人ぞ知る、倉庫販売を最初に始めた某有名電器店でした。今はその電気店はもう、ありませんが。

私はこの頃は仕事でパソコンを使ってはいましたが、自分のパソコンは持っていませんでした。
会社では主にPC-98を使っていて、入社当初はワープロソフトや表計算ソフトを使っているという程度だったのですが、周りにいろいろ詳しい人がいたので自分でもいじりたくなり、MS-DOSを勉強しはじめました。

そして会社の「システム部」に希望して異動し、まだ当時はあまり一般的でなかった社内LANを組んだり、まだ発売されたばかりの初代「Windows」を使わせてもらったりと貴重な経験をさせてもらいました。
初めてMacを使ったのも会社の仕事ででした。たしか漢字Talk7.1の頃だったかなあ…。

そしてこの頃、初めての「マイマシン」として購入したのがディスプレイ一体型の「Performa575(Machintosh)」です。
このマシンでは主にニフティでパソコン通信や、アクアゾーン(デスクトップで熱帯魚を飼うソフト)なんかをよくやっていました。
某有名電器店に勤めて3年ほど経った頃、私は結婚をしたのですが…
結婚式を挙げた翌日に出社したら会議室に呼び出されて、いきなりのリストラ宣告ですよ。
その前から着々とリストラは進んでいたので、そろそろ来るかなとは思ってましたが、あまりのタイミングに驚きました(笑)。


そして転職。今度は本格的にパソコンを仕事にしよう、と思い、某シンクタンクの系列会社に就職、シンクタンク内の社内パソコンサポートをすることになりました。
この時の環境はパソコン好きにとっては天国のようでした。

なにせ全社員に「ひとり一台」パソコンがあり、すべてが社内LANでつながっていて、インターネットにも接続している。社内連絡などはすべてパソコン経由。

いまやこんな会社はさほど珍しくありませんが、この当時(1996年)ではこんな環境の会社は日本にいくつもなかったことでしょう。
まだ、個人でインターネットに接続するのはかなり敷居が高かった時代です。会社では常時接続できるインターネットの便利さに愕然とし、しばらくして安いプロバイダが出現しはじめた頃、わが家でもインターネット(ダイアルアップですが)を導入することにしました。

会社では最初はMacが主流だったのですが、徐々にWindowsがその座を奪って行き、サポートの仕事ではWindows95と98を使っていました。

ホームページを作る勉強をしたのもこの頃で、私はサポートセンターの社内ホームページの更新を担当していました。
この頃iMacが発売され、私はそのフォルムにひとめ惚れ。5色のiMacが出た時に、アップルストアで安く出ていた「ライム」を購入しました。
そしてそれをきっかけに自分のホームページを持つことになったのです。


そして5年ほど勤めた頃、諸事情あって会社を辞め、その後妊娠して出産。
ADSL1.5Mを導入したのは長男を妊娠している時だったでしょうか。
その間ずっとiMac(ライム)を使い続けていました。

ところが!ついこの間(2004年7月)、そのiMacのHDDがいかれてしまい、全く起動しなくなってしまいました。修理することも考えたのですが、もうかなりスペック不足になっているiMacを治すよりも新しいマシンを導入すべきだと判断。
ダンナがWindowsを使っていて、LANでつながっているのにあまりメリットがなかったことと、経済的な問題もあり、私もWindowsマシンに鞍替えすることになりました。
そして購入したのが、DOS/Vパラダイスというアキバのショップのオリジナルパソコンです。今回は外見よりスペックを重視したので、筐体は安っぽくて真っ白、ふた昔前の冷蔵庫のようです(笑)。
そして我が家初の液晶ディスプレイ(三菱の15インチ、RDT-158V-N)を導入。(←これ、2019年現在も使っているという…長持ちですね…)
ダンナと同じ環境にすべくWindows2000を入れました。

なおiMac時代に使っていたライム色のエプソンのプリンター、PM-770Cはまだ健在です。
問題はせっかくWindowsにしたのにダンナのマシンがネットワーク上に見えていないこと…。
近日中になんとかしたいものです。

しかしこうして書いてみると、パソコン歴は私の歴史なのですねえ。
が、私が今後パソコン関係の仕事をすることはおそらくないでしょう。なぜならあまり使っていると目が疲れて、極端に視力が落ちてしまうことがわかったからです。
すでに強度の近視である私は、これ以上目が悪くなったら暮らしていけないので、これからはあくまでも”趣味”としてパソコンと付き合っていくつもりです。

posted by はなずきん at 02:10 | Comment(0) | ノンジャンル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月29日

兄弟っていいもんだ

私は3人兄弟の末っ子です。兄ふたりと私は、兄弟仲はいいほうなのではないかと思います。
一緒の家にいた独身の頃もよく遊んだり話したりしていました。趣味がみんななんとなく似ているので、話題も合うんですよね。
結婚して家を出てからも、顔を合わせれば話ははずむし、ときおりメールで連絡を取ったりしています。
しかし兄弟がいて一番良かったと思ったのは、親のことについて話せる肉親がいるということでした。
私の実家の家族は、親子の仲も良いほうではあると思いますが、やはりちょっとした問題が起きることはあるし、子供として親が心配になることもあります。そういう時、親のことについて話せる相手がいるということは心の支えになりました。

自分自身がそのように育ったので、私が子供を産む時には、やはり兄弟は欲しいと思っていました。
でも長男を産んだ後、妊娠出産も大変だったし、子育てもやっぱり大変だったので「子供はひとりでもいいくらいだ〜」と思ったのですが、長男があまりにも天衣無縫に育つのを見て(これはもともとの性格かもしれませんが(笑))
「この子には兄弟が必要だ!子供の社会の中で少しは我慢を覚えさせなくては」
と、ふたりめを産むことを決意しました。

そして次男が産まれました。
すぐ人に手を出して泣かせてしまう長男のこと、いったい赤ちゃんもどんな目に遭わせられるのか…と心配していたのですが、思ったよりは手を出しませんでした。(でも、ベビーベッドがないと絶対何度も踏んづけられていたと思いますが。)
下の子が生まれると上の子がヤキモチを焼く…というのはよく聞く話ですが、心配していたほどのヤキモチはなく、そして親が考えていたよりも「赤ちゃん好き」になったようです。以前は自分より小さい子にはあまり興味を示さなかったのですが、今はよその赤ちゃんを見るとかまいに行くくらいです。(でも、構い方が荒いので止めざるを得ないのですが…(笑))
それでもちょっと前までは、次男はほとんど動くことができず(8か月頃まで、せいぜい腹ばいでぐるぐる回っている程度でした)「おもちゃで遊ぶ」ようなこともあまりできなかったので、長男にとって次男は「動くぬいぐるみ」みたいな(かわいいけどあまり反応もない)存在だったようです。

が、最近次男がずりばい(腹ばいのままのはいはい)をするようになり、いろんなものに興味が出てきて、長男のすることに「受ける」ようになってきました。長男がちょろちょろバタバタしているのがおかしいのか、動きを見てはよく笑うようになったのです。
長男はそれが嬉しいらしく、受けようと思っていろいろやります。(たいていやりすぎてしまうのが玉に傷ですが…。)
何が面白いのか親にはさっぱりわかりませんが、子供は子供の動きを見ているだけで面白いみたいですねえ。
ふたりでケタケタ笑いながら遊んでいるのを見ていると、ああ、次男を産んで本当によかったなと思います。

おかーちゃんべったりで、だっこかおんぶをしてないとすぐ泣いてしまう次男も、最近は少しずつ「ひとりで、または兄と一緒に遊べる」ようになってきました。とはいっても、時々兄にひどいこと(おもちゃを取られたり、引っ張られたり、叩かれたり(笑))をされてはまたすぐ泣いているのですが(笑)。

これは育児書で読んだことですが、ひとりっ子の親よりも、ふたり以上の子を育てている親のほうが、子育てについておおらかに構えられるようになるそうです。一人目で慣れてきたことを、二人目以降で実践できるからでしょうか。もしくは「子供といってもいろいろな性格の子がいる」というのがよくわかるからでしょうか。
私も次男が生まれてみて初めて、ああ、長男の時は少し構えていたのかもしれないなあと思いました。
長男の時は生まれてしばらくは、子供はかわいいと思いつつもどこかで「赤ちゃんって不思議な生物だ」と思っていたのですが、次男は素直に「かわいい!」と思えたのです。ひとりめよりふたりめ、子供より孫がかわいいと言われる理由がわかる気がしました。
あまり肩に力を入れているつもりはなかったのですが、やっぱり親も初めてのことばかりだっただからでしょうか…。
そういう意味でも、やっぱり次男を産んで良かったです。
本当は3人が理想なんですが…う〜ん、そこまでは根性と経済力がないかな〜。(笑)

少し”おにいちゃん”になってきた長男は、次男をつかまえては
「これはいじっちゃだめ」
だの
「この電車はね〜」
と解説したりしていて、思わず吹き出してしまいます。

今は次男はしゃべれないので会話になっていませんが、兄弟の会話を聞いていると面白いのでしょうね、きっと。
きっとこれから先、ふたりの成長につれてもっと仲良く遊んでくれるようになるのでしょう。そうなってほしいなあ。

posted by はなずきん at 23:42 | Comment(0) | 妊娠、出産、育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月25日

無印良品、好きだけど

いまやある意味「おしゃれブランド」に成長した感のある”無印良品”ですが、私はずいぶんと昔から…そう、無印良品がまだ西友の1ブランドとして誕生した頃から注目していました。もう20年以上前のことになります。
その頃私は中学生で、家の近くにある西友で無印をチェック。
最初の頃は食品がメインでしたが、私は主に文房具を買っていて、お絵描き(漫画イラストの類です)が好きだったので、メモ帳、らくがき帳などを主に使っていました。”素材感”が好きだったのが無印の商品を使う要因のひとつでしたが、その頃にしては文房具を安く扱っていたのが良かったんですよね。今は100円ショップなどで安い文房具がいくらでもありますが、当時は文房具というのは文房具屋さんにしか置いていなかったし(当時まだ珍しかった「ディスカウントショップ」にも置くようになった頃ですが…)、定価で販売していることがほとんどだったからです。

そして私が高校生の頃、無印良品の初めてのショップが青山にできました。生活ブランドだった無印良品の「おしゃれ化」の第1歩はここから始まったのでしょうか。私はこの時から無印良品のショップをチェックするのが趣味で(いや、その前もあちこちの西友に行くたびチェックはしていたのですが)無印ショップを見かけると入らずにはいられません。今はなくなった店舗や小さい店舗も含めると、50店くらいは行ったことがあるのではないでしょうか。今日本にある無印ショップは260店舗くらいですから、1/5は行ったことがあることになります。
同じ品揃えの店を見て何が面白いのか?と思われるかもしれませんが、店舗によって置いてある商品は微妙に違いますし、もちろん新商品なども出てくるので飽きないのですね。

ショップができた頃から無印良品はどんどんアイテムが増えていき、現在は洋服・家具・家電・化粧品などなど、生活のすべてを無印で揃えることも可能なくらい商品数が増えました。(でも、携帯やパソコンはまだないか(笑)。)
最初のうちはどんどん増える商品に喜んでいた私ですが、しばらくした頃から、私の好きだった「無印」とちょっと違って来ているのではないか?という違和感を覚えるようになりました。
ブランドのスタート当初は「商品の無駄を省き、安く提供する」ことがモットーだったはずなのに、いつのまにか「やや上質なものも、価値よりは安く提供する」というコンセプトが加わっていて…洋服などは特に、普通のショップで売っている服と変わらない価格だったように思います。しかもそのうえ、デザインも地味だし、そんなに上質とも言い難い商品が混ざっていた(というか、私の買った商品はほとんどハズレだった)ので、長い間洋服には手を出しませんでした。
そりゃ「安かろう悪かろう」では困りますが、そこをなんとか努力して「お値ごろ値段で、良い商品を」というのが本当の筋なのではないか?(それに実は「高いのにたいして良くない」という商品がそれなりに存在していたのも確かです)
そして商品数を増やすことより、定番商品に力を入れて欲しいと思ったのです。
最初の頃は「いつも定番商品を扱っている」ことを売りにしていたはずなのに、気がつくと私が愛用していた商品のいくつかは消えているし、毎年ある程度の製品が出てはなくなるようになりました。もちろん、商売ですから売れない物を扱うわけにはいかないのでしょうが、最初から「定番になりうるもの」を吟味して出すことのほうが大切なのでは。
しかしその頃はバブルまっ最中。無印もバブルの波に乗って(と言うと失礼か?でも私はそう感じていました)成長を続けました。

「ちょっと違う」とは思いながらも、デザインのシンプルさと店舗に流れるゆったりした空気が好きで、私は無印良品ショップのチェックは続けていました。しかし値段が高いので実際に自分で買う商品は、しばらくの間かなり減っていました。
その流れが「少し変わってきたかも」と思い始めたのはここ数年のことでしょうか。
不況のせいで100円ショップ、ユニクロなどに客が流れたからでしょうか、品質と価格の見直しが以前に比べてよく行われるようになった印象を受けます。商品展開も似たような違うものを増やすことを避け、定番を重視するようになってきたように思えます。
ただ、まだ価格が高いと思える商品が多いので、もう少しがんばって欲しいところです。

話はそれますが、私はユニクロが世に出てきたとき(といっても、全国に店舗展開をしはじめた数年前のことですが)「これこそが”無印良品”なのでは?」と思ったものです。
価格は圧倒的に安い、デザインはシンプル。商品の質はある程度確保されている。
それまでは「安い服はもたない」というのが常識でしたが、ユニクロの服は洗濯してもほとんどへたりません。もちろん「お高い」服に比べてしまえばそれなりの品質ですが、この値段でこの品質というのは驚異的なことでした。
無印もこうであってほしい、というか、これは本当は無印にやって欲しかったことでした。
この流れを受けたのか、最近無印も洋服の値段はかなり下がり、デザインも以前より良くなったように思います。でも、やっぱりちょっと地味?せめて子供服くらい、もう少し色柄をつけて欲しいのですが(笑)。
ユニクロくらい安ければ手を出すかもしれませんが、微妙に高いのもあってやっぱり洋服はほとんど買っていません。
あ、でもマタニティ服は良かったです。ちょっと高かったですが、デザインも着心地もとてもよかったです。

私は好きなものほど文句も多い性質なので(笑)、無印に対する文句はかなりあります。
いや、文句だけではなくラブコールもあるのですが…。
せっかくなので(?)ここで思うことをいろいろと書いてみたいと思います。

今はわかりませんが、高校生の頃買った自転車、これは質が悪かったです。
塗装が薄くてすぐはげて錆びてしまうし、チェーンのケースは薄くてすぐ曲がってしまうし。
そのわりにはあまり安くはなかったんですよね〜。
それでもこの自転車は大事にしていたのですが、私の代わりに(?)交通事故で大破し、数年しか使いませんでした。
車との衝突事故だったのですが、自転車がぶつかったおかげで私は打撲だけで済んだのです。一歩間違ったらかなり悲惨な事故になっていたはずなので、この自転車に感謝はしていますが(笑)。

結婚するときに「嫁入り道具」として買ったパイン材の棚。(ずいぶん安い嫁入り道具ですが(笑))
これがまあ、組み立てが大変なこと。構造上の問題ではなく、パーツの精度が悪いのです。棚についている金具が本来あるべき場所にきっちりついていないおかげで、そのままでは棚がはまらず、木づちでパーツを直しながら組み立てました。
この商品は今でもありますが、質は改善されたのでしょうか?

今は商品として販売されていますが、店舗に流れるBGMが好きです。
CDとして商品化された時は嬉しくて買いましたよ〜。
現在は民族音楽主体になっていて、こちらも悪くないのですが、私はやっぱり昔ながらの「無印オリジナル」の曲が好きですね。
子供が生まれてからなかなかショッピングする時間もないのですが、このBGMを聞くと”無印でゆったりと買い物している自分”の気分になってなかなか良いです。

これはダンナも同意見なのですが、食器のデザインは良くないと常々思っています。
ひとり暮らしの人にはいいかもしれませんが、家族の食卓やおもてなしに使うには地味すぎます。「シンプル」を通り越して、なんかこうのっぺりとした感じがするんですよねえ。形も素材感もそっけなさすぎます。
特に茶器の類は「業務用」みたいな感じがして、私は絶対に使う気になれません。
毎日「カフェ飯」みたいなご飯を食べている人にしか合わないのではないでしょうか…。
でも意外と食器は同じものが長く生き残っているのが不思議です。どういう層の人が買っているのだろう。

「無印良品」という名前からして、エコロジーに配慮しているのでは?と思いがちですが、実はあまりそうでもありません。
ブランドコンセプトとしてはそれに近いことを言っていますが、それを加味すると「ちょっと嘘つき」に思えます。
せっけん、化粧品などの素材はナチュラルでなく、ただデザインがシンプルなだけですし、(今はわかりませんが)少量の買い物をした時にも何も尋ねずにレジ袋に商品を入れられてしまうなんてこともよくありました。
価格と商品の兼ね合いもあるのでしょうが、西友の「環境優選」ブランドなんかはその点よくがんばっています。西友からスタートしたブランドなのになぜ無印はエコに力を入れてくれないのでしょうか。「エコっぽい」だけではイカンと思います。

これはとっても個人的なことですが、私が引越し先を決めたときにはあった最寄駅の無印ショップが、引っ越してくる前になくなってしまいました。無印があったのも少しはここに決める要因になったのに〜。
最寄駅の沿線には無印のショップがほとんどありません。一番近い店はかなり小さいし、やや遠くに中規模の店がありますが品揃えはイマイチ。
以前住んでいたところには大きいショップがたくさんあって、それに慣れていたのでガッカリです。
どうか我が家の近くにも大きい(そしてベビー用品を扱っている)ショップを作ってほしい。CafeMUJIがついているともっといいんですが。
posted by はなずきん at 04:54 | Comment(0) | ノンジャンル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月23日

超簡単(手抜き?)離乳食講座

今回は0歳児をお持ちの方、そして妊娠中の方はもちろん、これから子供が欲しい人にもちょっと読んでほしい、私の超簡単離乳食講座です。もちろん手作りですよ!(手抜きではありますが(笑))
「え、離乳食?毎日楽しみに作ってるわ」という料理上手の方は読まなくてもいいですが…。

私はそんなに料理が好きなほうではありません。食べることは大好きですが、誰かが作ってくれるのならそのほうがいいという人間です。
実際、結婚してしばらくは、会社勤めをしている私と家にいるダンナ、という状況だったので、ほとんど毎日の食事をダンナが作っていました。(今でも休日はかなりの割合で作ってもらっています。そのかわり他の家事は一切やってくれませんが(笑))
私が長男を妊娠して、ダンナが会社勤めするようになってからは仕方なく(?)私が作っていますが、「何を作るか」を考えるのが一番めんどくさい私、もちろん離乳食だって楽しんで作るという心境にはなりません。

まだ母乳だのミルクだのを飲んでいる赤ちゃんに、わざわざ親とは別の食事を作って与えなければならないのです。
しかも月齢に合わせてすりつぶしたり刻んだり…手間がかかることこのうえありません。
ただでさえ忙しい時期に自分の食事を作ったうえに子供の食事まで作るんですから(今は長男の好き嫌いが多く、親と別メニューなので3種類別々に作らないといけません)ご飯の支度が憂鬱にもなるってもんです。
かといって毎日市販のベビーフードを買ってあげていたらかなりの出費ですし、アレルギーなどに気を遣う人にとっては、市販のベビーフードは卵や乳製品などのアレルギーを起こしやすい素材がちょっと多すぎるのです。

よく赤ちゃん雑誌などでベビーフードのレシピが載っていますが、簡単といいつつもいろいろ味付けのバリエーションに工夫をこらしていたり、見栄えもよくなるようにしていたりして、私はとてもじゃないけど毎日こんなメニューは作れません。
でも私は必殺技を持っています。それは「超簡単離乳食レシピ」です。
どのくらい簡単かというと…。
基本はおかゆ。月齢に応じてやわらかくしたり、少し硬めにしたりします。1歳近くなったらご飯でかまいません。
この中に、月齢に応じた野菜、魚、肉などを入れて煮る。味付けは「塩→しょうゆ→味噌」とステップアップする。だしは1歳過ぎまで使いません。ただこれだけです。
まあ、いくらなんでもずっとこれではつまらないし赤ちゃんも飽きるので、時々親が食べているうどん、パン(これは後期から)などをご飯の代わりにして作ります。それに時々果物などをあげれば良し。
もちろんフードプロセッサなど必要ありません。初期にすり鉢を使うくらいで、あとはやわらかく煮たものを刻んだりする程度です。

そんな簡単なので赤ちゃんは毎日食べてくれるの?と思うかもしれませんが、これが結構食べてくれるのですよね。
少なくとも我が家のふたりの息子は、このメニューでモリモリ食べてくれました。(次男はまだ進行中です。)
こつは「あまり味付けの濃いもの、複雑なもの、甘いものを最初からあげないこと」かもしれません(笑)。味付けの濃いものに慣れてしまうと薄いものは食べてくれなくなります。
このレシピは「母乳で育てる元気な赤ちゃん」(池田書店、根岸正勝、根岸和子共著)という本をもとにしたものです。
あまり詳しく書くと著作権侵害になるかもしれないので、もっと知りたい方は本を買うなり、借りるなりして読んでみてください。
母乳育児をしている方には特におすすめの本です。

このおかゆの作り方ですが、私は本に書いてあるよりさらに手抜きしています。
本だとおかゆの中に野菜などを入れて煮る…とありますが、私はおかゆと素材は別々に煮て、素材ごとにつぶすなり刻むなりして小分けケースに入れて冷凍してあります。(冷凍する時に日付と内容は書いておきましょう)
で、ご飯の時に素材を適当に選んで電子レンジにかけて解凍して、混ぜ合わせて塩やしょうゆなどで味をつけます。時間のある時におかゆや他の野菜を煮ておけば、ご飯の準備の時にかかる時間はわずか5分程度です。
野菜なども親の食事の準備の時に、赤ちゃんが食べられそうな素材をついでに(味付けをする前に)取り分けておけばさらに楽です。
離乳食って何を作ったらいいの?こんな忙しいのにいつ作ればいいの?とお悩みの方はぜひお試しください。ただし、もうすでにある程度進んでしまっている場合はこんな簡単なものだとたぶん食べてくれないと思いますが…。

赤ちゃんというのは気まぐれですから、朝喜んで食べたものを昼は食べないとか、ある日を境に急に食べなかったものを食べたり逆もあったり、なんてことはよくあります。
離乳食を手間をかけて作ってあげても、食べてくれないと手間をかけただけ腹が立ちませんか?(笑)
その点、作るのが簡単だと、食べてくれなくても「まあいいか」と思えます。
あまり力を入れすぎないのが、離乳食作りで疲れない秘訣かもしれません。

こんな簡単なメニューでちゃんと味覚は形成されるのか?と思う方もいるかもしれません。でも私の長男の経験から行くと、1歳前にシンプル離乳食でも、大人と同じものを食べるようになればしっかり味の見分けはつくようになります。
長男は離乳食の時はほぼなんでも食べていて好き嫌いはありませんでしたが、成長するにすれ好きなもの、嫌いなものははっきりしてきて、それも年齢とともにだんだん変化してきました。
今は嫌いなものだらけですが、これも成長の一過程ではないかと思っています。

ただひとつだけ、このレシピには難点があります。
手づかみ食べの時期になると「まぜご飯」だけでは対応できなくなるからです。
その頃は同じ素材で手でつかめるような、のり巻きとかお焼きとか…そういうメニューを考える必要がありますね。
私もこの頃はいわゆる「ベビーフードレシピ」を参考にして作っていました。

離乳食の悩みで「子供がなかなか離乳食を食べてくれない」ということをよく聞きます。
特に母乳のみの赤ちゃんは、離乳食があまり好きでない子も多いようです。
でも「うちの子は全然食べてくれない」と悩む前にちょっと考えてみましょう。あなたのお子さんは今何ヶ月ですか?
昔は1歳頃まで母乳だけで育てているお母さんも多かったようです。戦後になって、離乳食を早める傾向が強くなってきたようですが、そんなに慌ててあげる必要はないのです。今はむしろ、離乳食をあまり早く始めるとアレルギーが出やすくなるのでは、と言われるようになってきました。
子供が親の食べている物を欲しがってよだれをたらしているとか、食卓に手をのばしてきたりする場合は、その赤ちゃんはきっとご飯が食べたいのでしょうから、離乳食を始めても良いのだと思います。でも、いろんなものをあげてみてもほとんど口に入れてくれないとか、興味を示さない場合は、きっとまだその赤ちゃんにはご飯が必要ないのです。
母乳やミルクで栄養が取れているのなら、1歳頃までは無理に離乳食を進めることはない…というか、無理に進めてもただの徒労に終わるだけではないでしょうか。子供に食べたい意欲が出てきてから進めると、苦労が少なくて済むと思います。
また、生まれつき食が細い子というのもいますから、こういう子には量をあげようと思っても無理です。小食も個性だと思って、やせ細っていって不健康そうなのでなければ、あまり心配しないことです。

我が家の長男は、離乳食を始めた5か月頃からもりもりとおかゆを食べてくれて、ほとんど苦労せず1歳過ぎには離乳が完了していました。でも次男は、5か月頃は全然食べる気がなさそうだったので、1週間おきくらいにおかゆをあげてみては「食べるかな?」と試して、6か月過ぎた頃に急に食べるようになったのでそこから本格的に始めました。
その経験から言うと、離乳食は始めるのが遅いほうがいろいろ食べさせられるものが多いし、だんだん硬いものを食べられるようになっているので「やわらかくすり潰す」時期も少なくて楽なくらいでした。
食べない時に手を変え品を変え苦労するよりは、食べる気になってからあげたほうが親も子もストレスが少なくて済むでしょう。

離乳食に限ったことではないのですが、子供の成長は個人差がありますよね。
その子ができないこと…というのはたぶんその子がまだ必要としていないものなのです。
そう考えると、進まない離乳食も、歩くのが遅いのも親はあせらず済むかもしれません。
posted by はなずきん at 17:07 | Comment(0) | 妊娠、出産、育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月21日

妊婦って大変なんです(その2)

(前日よりの続きです)
これは長男の時だけのことですが、私は妊娠の後半期、車に乗るのが怖くて仕方ありませんでした。
事故に遭うのが怖いとかいうことではなく、スピード感が怖かったのです。速く走れば走るほど怖い。ですので、他人が好意で「妊娠中で歩くの大変でしょ?車で家まで送ってあげる」と言ってくれても、必死に断っていたくらいでした。まだ歩いて疲れたほうがマシ、というくらい車に乗るのがイヤだったのです。
もちろんふだんは車はよく乗っていましたし、ジェットコースターもそんなに怖くないのです。酔うのさえなければ(私はブランコでも酔います)ジェットコースターのスピード感は全然平気でした。
この”怖い”感覚は出産したら全く嘘のように消えて、次男の時は同じ現象はありませんでした。妊娠中は自律神経が平常時と違う働きをしているそうなので、そのせいだったのではないかと思っています。
でもこのことはあまり周囲に理解してもらえず「妊娠中だから精神が不安定になっているだけでは」と思われていた気がします。(ちなみに、私はマタニティーブルーといわれるような、自分では制御しがたい精神のゆれ動きというのはほとんどなかったと思います。)
ここでまたひとつ言いたいのは、「妊婦の感覚は普通の人にははかりしれないものがある」ということです。
妊娠中は普通の感覚だと「理解しがたいこと」や「ワガママに思えること」を言うかもしれませんが、その時期だけだと思ってどうか聞いてやってほしいです。

よく妊娠中は眠くなると言います。でも私は長男の時は全然夜は眠れませんでした。
昼間だるくてついだらだらしてしまっていたので、そのせいもあったかもしれませんが、妙に目が冴えて眠れないのです。さらに寝ている時に突然足がつって激痛で目が覚めたりします。なんでかはっきりはわからないそうですが、妊娠中は足がつりやすいのです。
そして妊娠も後半期になってくると、今度はオナカが邪魔で寝る姿勢が辛いのです。仰向けになるとオナカが大静脈を圧迫して息苦しくなるし、もちろんうつぶせになることもできません。つまり横向きでしか寝られないのですが、ずっと横を向いているとこれまた疲れます。私は途中から耳が痛くなってしまい、横向きに寝るのも大変でした。
私たちはふだん何気なく寝返りして寝ていますが、それができないことの辛さというのは体験した人でないとわからないでしょう。ずっと同じ姿勢で寝なければならないというのは本当に疲れることなのです。
私が長男を出産してから、一番最初に思ったのは「これで仰向け(またはうつぶせ)で寝られる!」ということでした。私にはそのくらい切実な問題だったのです。出産後、うつぶせに寝っころがって本を読めるのは最高の幸せに思えました…。

そして次男の時はセオリー通り(?)やたら眠くなりました。長男に付き合って昼間動いていたからでしょうか、夜は長男と一緒にさっさと寝てしまい(というか眠くて起きていられなかった)、長男が起きるまで一緒に寝ていました。毎日12時間くらい寝ていたのではないでしょうか。でも全然寝すぎたという感覚はなく、これでちょうど良いくらいでした。
長男の時に寝る姿勢で苦労したので、次男の時は大枚をはたいていい枕を買いました。ロフテーの「快眠枕」というもので1万近くしたのですが、これが大当たり!この値段だけの価値はあったと思います。この枕のおかげで、今度は耳が痛くならず済みました。
あまりにこの枕が快適だったので他のものが使えなくなり、妊娠中は外泊時も持ち歩いていたほどです。今はこの枕でなくてもなんとか眠れますけどね。

つわりが終わるとしばらくの間、わりと快調な時期が続きました。
次男の時はよく動いていたせいか、多少疲れやすいこと以外はそんなにふだんと変わらず過ごしていました。ダンナと一緒にではありますが、夏の暑い盛りに庭にレンガの花壇を作ってしまったくらいですから、かなり元気だったわけです。この時期の妊婦は確かに「病気ではない」と言ってもいいかもしれません。(でもずっと苦しい人もいるので一概にはいえませんが。)
しかし臨月が近くなるとまた苦しさがやってきます。つわり時期とは違う、実際にオナカが重くなることによっての負担が出てきます。
オナカがあちこちを圧迫するために、前にかがんだりする姿勢はできません。疲れるので座りたくても、姿勢によっては座ったほうが苦しいときもあります。速く歩くとゼイゼイ息が切れるし、オナカが張ったりするのでゆっくりしか歩けません。
オナカの子は中で暴れてドカドカ蹴るし(結構痛いんですよ!)お風呂もあまり温まると苦しくて、長時間入っていられなかったりしました。

そうそう、妊婦はとても暑がりになります。もとから暑がりの私はさらに暑がりになり、長男の時の臨月近くはあまりの暑さにアイスノンの枕をして、さらに手に保冷材を握り締めて寝ていたくらいです。妊婦は体を冷やしてはいけないと言われるので、できるだけ保温に努めようとは思っていたのですが、とにかく暑くてなかなかそうもできませんでした。

それとこれは体のことではありませんが、妊娠中は今までの服が着られなくなります。
私は全然オナカが出ていない3か月頃から、圧迫感が気持ち悪くて普通の服や下着が着られませんでした。スウェットパンツのような、ゴムのウェストの服でさえ普通の服ではダメなんです。ただゆるいだけの服だと、ウェストの位置が違ってずり落ちてしまったり、当たる部分が気持ち悪かったり。
なので外出の時の服はもちろん、家で着る服も下着も、全部妊婦仕様のものでないとダメでした。私はその頃LLサイズだったのですが、マタニティウェアってLL以上のものがほとんどないのです!上着はマタニティは大きめですからLでもなんとかなりますが、パンツはそうもいきません。
(Sサイズの友人は、Sサイズのマタニティがないとこぼしていました。とにかく規格外のサイズの人は大変です)
わずか10か月のことですが、毎日着るもののことですから、ずっと我慢もできず…オークションで安く買ったり人に譲ってもらったりもしましたが、それでもかなりお金がかかってしまいました。
そして次男の時は長男の服があるから大丈夫、と思っていたのですがさにあらず。生まれる季節が正反対だったので(長男は夏、次男は冬)季節によるオナカの大きさが前と違ったため、前使っていたマタニティ服が微妙に合わないんです。そして長男妊娠時はあまり外出もしませんでしたが、次男の時は長男の遊びに付き合って毎日外に出るので、服の枚数もそれなりにいります。
さらに長男妊娠時はほとんどジャンパースカートだったのですが、長男はすごく暴れん坊なので私はほとんどスカートをはかなく(はけなく)なりました。で、結局パンツのマタニティウェアや足りない枚数分も買い足して、ふたりめの時もそれなりに出費してしまいました。
つわり中は食べられる物が限定されるので外食したりで食費も結構かかったし、毎月の検査の費用は健康保険が効かないから高いし、とにかく妊娠中はお金がかかることばかりでした。

その他にも妊娠中はやたらとトイレが近くなったり、体毛が濃くなったり、そばかすが増えたり、体重が増える割合以上に恐ろしいほど下半身に肉がついたり、妊娠線が出たり、へそがなくなったり…とまあとにかくふだん想像できないような体の変化が起きます。そしてどれも自分では制御することができないし、オナカの子供のためには我慢せざるを得ないのです。
妊娠中これといって問題が起きなかった私でさえこうなのですから、何かあった人はもっといろんな苦労をしていることでしょう。
かように妊婦というのは大変なものなのです。妊婦って一見幸せそうに見えますが、肉体的には全然幸せじゃないのです(笑)。
どうか妊婦未体験の皆様、妊婦をみかけたら優しくしてやってくださいまし。

え、出産は大変じゃないのかって?そりゃ、もちろん大変なんですけど…出産はたいてい1日か2日で終わりますからね。それに産んだ後は疲れたり肉体の状態がいろいろ変わっているとはいえ、体は自分だけのものになっていますから。
私は出産よりも、期間の長い妊娠のほうが苦労が多かったです。
posted by はなずきん at 21:10 | Comment(0) | 妊娠、出産、育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする