2020年01月25日

「白い魔境 冬富士」で、富士山に魅入られた写真家の話を見て。

今、NHKのBSプレミアムで、過去のNHKBSの番組を再放送するという「プレミアムカフェ」という番組をやっているのですが…
先日、それで2009年に「ハイビジョン特集」で放映された、「白い魔境 冬富士」という番組を見ました。

番組紹介では、以下のように書いてあります。

「富士山では厳冬期、夏の優美な姿からは想像できない異様な光景が生まれる。五合目から山頂にかけての大斜面が世界でここにしかない気象条件のもと、さまざまな氷の造形に彩られた別世界に変わるのだ。
標高差1000メートルを超える氷結した巨大な斜面と、そうした場所だからこそ発生する特異な現象。知られざる厳冬の富士山の全貌に迫る。」


これ、ハイビジョンの宣伝を兼ねて撮った番組なのでしょうね。
NHKのスタッフと、冬山に慣れている名だたる登山家たちの7名のパーティーで、ハイビジョンで撮影するのが目的の登山をしたという話なのですが…。


さすが冬の富士山だけあって、相当、条件は厳しいのです。
冬山の登山はどこであっても厳しいのでしょうが、富士山の場合は特に「風」が、登頂を阻むのです。

単独峰である富士山は、かなり激しい風にさらされています。風向もしょっちゅう変わりますし、突風もよく吹きます。
天気のいい時であっても、うっかりすれば、風に飛ばされて滑落してしまうのです。


番組の撮影スタッフは、最初は、12月に吉田口からの登山を考えて現地入りして、五合目の佐藤小屋まで登ったのですが、天候が厳しくて断念。
冬は北側から風が吹きつけるので、富士山の北側(山梨県側)である「吉田ルート」での登頂は無理だろうと判断して、次は静岡側の「御殿場ルート」からの登頂を試みますが…

その時も、七合五尺(番組では3000m地点と言っていましたが、見た感じでは、おそらく砂走館という山小屋の地点)までは登ってテントを張ったのですが、やはり風が強くて上に行くのをあきらめ、下山せざるを得ませんでした。
ヒマラヤ登山を経験しているようなプロ達でも、あきらめざるを得ないような状況だったのです。
もちろん、登る前に天候の変化なども予測しているのに…、読み切れなかったのでしょう。そもそもこの時期に頂上に登れる状態であることはほぼなくて、かなり気象条件のいい時でないと難しいらしいのです。

その次の、ふたたび御殿場ルートからのチャレンジの時にも、七合五尺で1泊した翌日に天気が悪くなり、丸1日、テントの中で天気の回復を待たざるを得ませんでした。その次の日に、ようやく、頂上への登頂に成功したのです。
頂上でも本当は1泊して撮影をする予定だったのだそうですが、天候の変化が激しくてそれも難しく、登頂したその日に下山せざるを得なかったようです。


しかし、普通の人が登ることのない、冬の富士山の映像をハイビジョンで堪能できたので…、
私はものすごく感動しながらその番組を見ていました。
見ている間ずっと、半分、口が空いていたかもしれません(笑)


自分が実際に登って行った場所もあちこちで出てきたので「ああ、あのへんだろうな」と思ったり。
剣ヶ峰にある「日本最高地点」という石碑が、半分以上が雪に埋もれているのを見て「冬はこんな状態なのか」と思ったり。(この年は、雪は少なかったようですが…)

「富士山の写真を見ただけで、どこから撮ったかわかるようにする」という「写真判定」のスキルも私はだいぶ上がってきまして(笑)、頂上のあたりの地形もだいぶ頭に入っています。
富士山の頂上で一番高い場所である「剣ヶ峰」がどこなのか、遠くから見ただけでもだいたいすぐわかるようになりましたよ。


そして、そのNHKのスタッフが登頂するのとは別に、番組の中で取り上げられていた、富士山写真家の話に…、私にはものすごく共感したのです。

それは「大山行男」さんという、まさに山の写真家にぴったりな名前の方なのですが(笑)
私は今まで知らなかったのですが、富士山写真家の第一人者なのだそうです。

大山行男 オフィシャルウェブサイト


この方の写真は、美術的にもかなり素晴らしいのですが、相当厳しい条件で、かなり粘り強く待ち続けて撮ったのだろう、と思われる写真もかなり多くて、その情熱っぷりにも感動してしまいました。

私が一番すごい、と思ったのは「冬富士の火口の中から撮った空の写真」でした。
オフィシャルウェブサイトの表紙にもその写真があるので、ぜひご覧になってみてください。

夏の登山シーズンの時は、火口の中には入れません。
富士山の八合目から上を境内地として所有している「富士山本宮浅間大社」によって、火口の中は「禁足地」とされているからです。火口は、神様がいる場所だからです。

しかし、冬は入ってもいいのだそうです。私はものすごく行ってみたいのですが、さすがに冬の富士山に登るスキルはありません(^^;
この番組を撮影する時も相当苦労したようですが、冬に富士山の山頂まで行く、というのは、かなり難易度の高いことなのです。


大山さんは、24歳の時にたまたま登った遠くの山から、雲海に浮かぶ黎明の富士山を見て…、その圧倒的な存在感に打ちのめされたのだと。
それから、富士山に魅入られてしまい、富士山一筋で写真を撮り続けてきたそうです。
2007年に放映されたこの番組の中で「今まで撮った富士山の写真は一万枚以上」と言っていたので、今はもっとたくさん撮っていらっしゃるのでしょうね。

大山さんは、富士山麓に、富士山の全体が見えるような(まるで銭湯の絵のような!)大きな窓のあるドーム型の住居を建てて住んでいるそうです。いつでも富士山を撮影しに行けるようにしているのだとか。私も、そんな家に住みたいです…、(憧)

私は大山さんほどの情熱と行動力はないけれど、「富士山に対する、恋焦がれるような想い」は、近いものがあるのではないかと。
大山さんが番組中で語っていたことは…、私の富士山に対する思いと、すごく似ていたのです。


「下から見た富士山と、山を登っている富士山というのは、全然もう、世界が変わっちゃうんですね。自分が知ってた富士山とはまた全然違う富士山が、そこにはあるわけじゃないですか。そこになんかすごく、魅力を感じたわけですよ。」

「すべてが知りたい、となるんですよね。あらゆる角度からですね、あらゆる距離から、時には引いて、時には迫って、時には山頂の上に行って、とかね。すべての富士山を知りたい、っていう気持ちになってしまったんですよね。」

「冬の富士山っていうのはやっぱりあの、人を寄せ付けない、その激しさ、厳しさ、まあそういうところに自然と憧れていったと思うんですよね。なんたって人が見てないわけですから、そういうことでは自分しか見せてくれない姿でもあるわけじゃないですか。
そういうところに、富士山がね、”大山さん、来て。冬で厳しいけど、来て”って。まあ、そんなような感じですよね。だから、呼ばれてしまったっていうかね。」

「絶対あそこには、神がいますよ。山頂には絶対、神がいます。ええ。冬の神がいます。出会いたいですね」



こう、語っていた大山さんは…、
それは確かに、「富士山」にどうしようもなく惹かれてしまっている人の、恋する表情だったのです。

オフィシャルウェブサイトの写真に、英語の説明がついているのですが…
そこには「富士山が私を誘惑した」と、英語で書いてありました。
ああ、すごくその表現はわかる、と思いました…。


そして「富士山に恋する」大山さんが切り取った富士山の風景に…、私も、恋をしてしまったようです。
「富士山だけ」を、長い間追い続けた人だからこそ撮ることのできた写真の…
その美しさ、神々しさ、厳しさに…、わたしは、魂を揺さぶられました…。


大山さんの写真集はたくさん出ているのですが、買ってみようと思っています。
財力があれば、全部買いたいくらいですけど…、写真集って高いんですよね!(^^;

神さぶる山へ―語りつぎ 言い継ぎ行かん 富士の高嶺は - 大山 行男
神さぶる山へ―語りつぎ 言い継ぎ行かん 富士の高嶺は - 大山 行男

富士 - 大山 行男
富士 - 大山 行男

富士山 宇宙への連なり - 大山 行男
富士山 宇宙への連なり - 大山 行男


もともと「富士バカ」な私が、ますます、富士山の魅力を再認識してしまいました…。
「白い魔境 冬富士」は、いい番組でした。



最後に、本日の一枚です。

1/25 7:27 河口湖勝山カメラ より。
…さあ、富士山はどこでしょうか?
IMG_8668.JPG
こんな「ちらっ」とした富士山ですら、素敵なんですよね♪
※この写真は、富士五湖テレビの「富士山ライブカメラ」からのものです。

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2020年01月24日

母だけの剣道日誌(163)元立ちはSG先生。新年恒例「二十人掛稽古」(後編)市剣連新年会と「サロンSG」にて。

母だけの剣道日誌(162)元立ちはSG先生。新年恒例「二十人掛稽古」(中編)「打ったアピール」で笑いに包まれた会場。 より、続いています。

中編まで書いておきながら、だいぶ間が空いてしまいました…、
下書きはしていたのですが、今、家のほうががゴタゴタしていて、まとめる気力がしばらく起きませんでした(^^;


「二十人掛稽古」が終わったあと、夕方からは市剣連の新年会でした。
私はこの新年会に出るのは、これで3回目です。
実はまだ、半分くらいの方は誰が誰だかよくわかっていないのですが…、


新年会では、隣の席に座っていたSN先生が、学生時代の昔話をしてくれました。
SN先生は、私がいつも熱心にそういう話を聞くので、よく話してくれる感じがします(笑)

SN先生は…小学校の時から剣友会で剣道をやっていて、中学も剣道部に入って、それなりにいい戦績を収めていたのだそうです。
でも、高校の剣道部は相当キツイ、と聞いたので入らないで、音楽系の部活に入ってギターをやっていたのだそうです。
ところが、ある日、校内放送で全然知らない先生に呼び出しをされて。何事かと思って職員室に行ったら、それが剣道部の顧問の先生だったのだそうです。
中学の剣道部でいい戦績を収めていたことを知った顧問が、剣道部に入れと言ってきたのだそうです。

SN先生は、「今は別の部活に入っているから」と断ったそうです。なのに、それから毎日、校内放送で先生に呼び出しをされて…「かけもちでもいいから」と言われて、もう、これは断れないんじゃないかとあきらめかけて…、(これはまぎれもなく、パワハラですね!(笑))

それでも、音楽系の部活をやっていることもあって
「剣道部だと、坊主にならされるから嫌です」
と言ったら、
「お前だけは切らなくていいと、先輩にも言っておいてやるから」
と、先生に言われて、しぶしぶ剣道部に入ることにしたのだそうです。

ところが、剣道部に入ったら、先輩から
「そんな話は聞いてない、切ってこい」
と言われて逆らえず、結局、坊主にしたのだそうです(笑)
この時に
「もう、人の言うことは信用しない」
と、やや人間不信になったそうですが…、(^^;

でも、音楽系の部活と剣道部を、3年間ずっと両立したそうですよ!凄いですよね。
とまあ、そんな話を聞かせてもらいました(笑)


そして…
来年の「二十人掛稽古」の元立ちは、私が出げいこでお邪魔していたTS会のYB先生になったのですが…
新年会の時に、YB先生のところにお酌に行って、
「来年、がんばってください。私もぜひ掛かりたいです」
と言ったら、

「はなずきんさん相手なら、ハンデとして36の竹刀で相手してもいいですよ。いや、34でも…いや、小刀でもいいかな。

それとも割り箸でも…
いや、爪楊枝でも相手できますよ?


とか言われ…そりゃ、YB先生と私では、相当の実力差がありますけど…、
「爪楊枝で相手する」はいくらなんでも…、(涙)

「ひ、ひっど〜い!!!
そこまで言うなら、来年までにはもうちょっと上手くなりますからね!?」

「そうそう、その悔しい気持ちが大事ですよ?」


もう〜、YB先生ってば、口が悪すぎますよっ!?

そりゃ〜「一本取る」は無理かもしれないけど…、
もし掛かれるなら、ガンガン体力削りに行ってやりますからねっ!!(怒)


そしてその後は、新年会後の恒例「サロンSG」で飲むことになりました。
(サロンSGとは、SG先生の自宅のことです(笑))

今年はSG先生が元立ちだから、いくらなんでも疲れていて、お邪魔するのは無理だろう…と思っていたのですが、SG先生は立ち切りが終わってもけっこうお元気で。
最初からみんなを呼ぶつもりで準備していたようなので、お断りするのも悪いかなと…
SG先生がみなさんに声をかけまくっていたので、いつもよりさらに人数が多くなりまして、総勢7名でお邪魔することになりました。

そして、立ち切りの時のビデオを、みんなであーだこーだ言いながら見ていました。
「あれは取ってもいいかな」とか「いや、これはダメでしょう」とか。
SG先生、ビデオを見ながら
「これは取ってもらってもいいでしょう!!」
とか、めっちゃ主張していました。
その、勝負への執念は見習いたいと思いました(笑)

自分の試合も見ましたが、酔っていたのであんまりじっくり見ていませんでしたが…、(笑)
やっぱり腰がひけ気味ですが、前よりはマシになってますかね…、全然、まだまだですけど、前よりは「打ち切る」ようになってきたのではないかと思います。
SG先生がビデオを焼いて下さるそうなので、もらったらまた研究しようと思います。

この時は、あまりじっくり中心を取ったりとかしないでバンバン打っていったのですが、
「3分間攻め続けたのは凄いじゃないですか、体力ありますね」
と、一緒にサロンSGで飲んでいた、TS会のNM先生から言っていただけました。

しかし、面白いことに、元立ちの方って、元気なはずの最初よりも、やや疲れてきたはずの途中からのほうが調子が上がってくるんですよね。だんだん、動きに無駄がなくなってくるっていうんですかね…。元立ちをやった方はみなさん、口を揃えてそう言うのですよね。

あと、中盤から、SG先生の小手が、すごく絶妙なタイミングで入っていました。さすがに足はあまり動かしていなくて「手で当てているだけ」に近いのに、タイミングが良すぎて思わず旗を上げてしまうような感じだったのです。
こういう時は普通の試合と違って、とにかく相手が自分に向かってくるわけで、応じることに専念するからなのでしょうか。「ここで打つべき」という感覚が冴えてくるのかもしれませんね。

あと、SG先生は試合ではめったに胴を打たないんだそうですが、この日は何度か胴を決めてましたね。
学生時代から考えても、試合で胴で旗が上がったのは初めてかも、と言ってました。(笑)


この日も「サロンSG」での話は、とても楽しかったです。
やっぱり、剣道も、剣道を取り巻く人間関係も…、私にはとても楽しくて、大事なものなのだな、と思ったのでした。


最後に、本日の一枚です。

1/1 6:20 河口湖大石湖畔カメラ より。
元旦の夜明けの富士山です。すっきりと全景が見えている富士山も素敵ですが、こういう感じもまたいいですね♪
IMG_8579.JPG
※この写真は、富士五湖テレビの「富士山ライブカメラ」からのものです。


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posted by はなずきん at 12:02 | Comment(0) | 母だけの剣道2(四段に向かって) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月14日

母だけの剣道日誌(162)元立ちはSG先生。新年恒例「二十人掛稽古」(中編)「打ったアピール」で笑いに包まれた会場。

母だけの剣道日誌(161)元立ちはSG先生。新年恒例「二十人掛稽古」(前編)SG先生の「準備」とは より、続いています。

「二十人掛稽古」の開会式では、まずルール説明がありました。
@ 元立剣士1名に対し、挑戦剣士20名が掛る。
A 試合時間は3分。(有効打突を取っても取らなくても、試合時間は3分間継続する。一本を取っても時計は止めない。)
B 勝敗の決定は、1試合の勝ち本数による。勝ち本数が同数の場合は、引き分けとする。
C 挑戦剣士は、基立剣士に対して人格を尊重し、正々堂々と戦うこと。
ただし、「御情無用」「基立粉砕」を合い言葉に掛ること。
D 次の場合も1本とする。 シ:竹刀放し ソ:場外 テ:転倒
(転倒について:相手選手を倒す目的の組み討ちや、足絡みは認めない。)

そして、審判は一人だったので、審判によって相当、一本の基準に差がありまして…
何試合かごとに審判は交代していたのですが、めちゃくちゃ旗が軽い人もいれば、かなり渋めの人まで、いろいろいらっしゃいました…。


開会式が終わり…先鋒の私は、さっそく面を付けました。
第1試合とは…、私のほうが緊張しちゃいますよ…、(笑)

でも、おかげで私の大好きな「正面に礼」をできたのが、ちょっと嬉しかったです。
(本当は、決勝戦でやりたいですけどね!そんな日は来るのでしょうか…)

N先生が稽古の時に「休ませるな!」と言っていたのを脳裏に…、
私はどんどんかかっていくことにしました。
(N先生は当会の通常稽古で指導をしていたので、応援には来ていませんでした)


私は今まで、SG先生と試合をして一本を取ったことはなかったのです。でもどんなに取られても3分間継続できるわけだし、もし私が掛かるのが後半だったら、疲れていて1本くらい取れないだろうか…?と密かに狙っていたのですが…
さすがにまだ全然元気なSG先生から、一本取るのは難しくて。でも、できるだけ休まずかかっていきましたよ。

2回くらいだったか「相面」ぽいのはあったのですが、どれもSG先生に旗が上がっていました。
結局、私からは1本も取れませんでした。
そして4本面を取られて、竹刀離しでも1本を取られました。(竹刀離しも1本になるのです。)

この竹刀離しは、私がSG先生に打たれて一本にはならなかった時に、振り向いて中段に構えようとした瞬間に、竹刀を叩いて落とされたのですが。
あとでSG先生宅でビデオを見ていた時に、YB先生からSG先生に、
「相手が構える前に竹刀落としをやっちゃダメですよね?」
と突っ込みが入っていました。(そういうものなんですか?)

私の試合が終わって、1本くらい取りたかったな〜、と思いながら戻ってきたら、女性の年配の先生から
「はなずきんさん、相面の時、面が入ってたわよね?」
と、言っていただけたのです。
「SG先生のほうが早かったのかと思いました」
と言ったら
「そんなことなかったわよ」
と言ってもらえました。

3分間掛かり続けたのに1本も取れなかったな〜、とちょっと残念だったのですが、そう言ってもらえて嬉しかったです(^^)


私が面を外したら「計時係をお願いします」と言われたので、その後はずっと試合終了まで計時係をやっていました。
計時係席は観戦するのには特等席でして、隣で記録をつけていたIZさんとあーだこーだ言いながら観戦できて楽しかったです。
この試合は3分間ノンストップで測るだけなので、あんまり計時に神経を使わなくてもよかったのですよね。

計時をしている私たちの横で、シニア稽古会ではトップの戦績を誇るKG先生が、ずっと
「粉砕、粉砕!」
とかけ声をかけていまして…、
そうか、やっぱり「二十人掛稽古」のテーマは「粉砕」なのか…、と思いました(笑)


SG先生は中盤からだんだん疲れてきて、一本取られた後に「わりと遠回りをして」開始線に戻っていたのですが、外野からすかさず
「早く戻って!」とか「休むな!」
なんてかけ声も、かけられていましたよ…、

SG先生は、眼鏡をつけたまま面をかぶっているのですが、途中で眼鏡が曇って前が見えなくなってしまったらしく…一回、面を外す時間を取ることになりました。でも、本当は休んじゃいけないので…、その時審判をしていた先生が
「休憩は5分までだからね!時間、測っておいてね」
と、言いにきたのですよね。みなさん、なかなか厳しいですね…、(笑)


ところで。
SG先生って、もともと、打った時に
「コテコテコテ、コテ〜!」
などと、かなり声でアピールするほうなのですが…

(そのことは、またおやまあさんのブログでネタにされていました…
おしゃべりさん♪

この二十人掛の時は、特にそれが激しくてですね…、
しかも、後半になればなるほど、その「心の声」がたくさん出てきていまして(笑)
後半はけっこう会場が笑いで包まれていました…。


SG先生が自分で「一本取った!」と思った時は、打った時はもちろん、
打った後までも「面、お面〜!」と「審判のほうを向いて」アピール。
それも、もう残心が終わって、完全に竹刀を下に降ろしたような状態でも言うんですよ(笑)

審判が、SG先生側の旗をあげていても、それでもまだ「面!!!!」とアピール。
(あとから聞いたら、あれは自分で自分に言い聞かせていたんだそうですが…
そして、最後のほうの試合はほとんど記憶がない、と言っていました(笑))

審判の旗が相手に上がっていた時に「えー!?」と審判のほうに向かって言っていたりとか(笑)

SG先生の「一本に対する執念」には、頭が下がりました…。
このくらい負けず嫌いでないと、強くなれないのかもしれません(笑)



でも後で回りの人に

「SG先生、試合中、ちょっとクレームが多すぎたんじゃない?
普通の試合で、あんなに審判に文句言ったら退場ものだよ?」


と、言われていましたが…
(冗談で「退場、退場〜!」ってかけ声もかかっていたような気が…)

「いいんですよ、普通の試合じゃなくて、お祭りみたいなものなんだから。
身内(市剣連の人という意味でしょうね)だけしかいないんだし」


と、SG先生は開き直っていました(笑)
(こういう事をさらっと言ってしまうのが、SG先生のキャラなんですよね〜)


TS会の稽古でよくご一緒していた、H剣友会のIB先生
「こんなに笑いに包まれた、楽しい立ち切りは初めてでした」
と、おっしゃっていました…。


SG先生の戦績は、20戦中、10勝8敗2引き分けでした。
そして、終わってもまだお元気そうでした…。
最後のほうでも自分から攻めていましたからね!さすが週5日稽古しているだけのことはありますよ。


ただ…ですね。

その後の新年会でも、二次会でも、SG先生はとてもお元気に見えたのですが…今日聞いたところによると、昨日から風邪で寝込んでいるそうです(^^;
二十人掛で疲れたのと、大きなイベントが終わったから気が抜けてしまったのかもしれませんね〜。

明日は当会の稽古がある日なのですが…
SG先生以外の他の先生も、明日の子供稽古に来られないことがわかり、子供稽古は中止となりました…、
(他の先生方は、みなさんお仕事だそうです…)

そういえば私も、三段審査が終わってブログをアップし終わった時に、ものすごく気が抜けて、風邪をひきそうになりました…(^^;
なんとか持ち直しましたけど。


さて、「二十人掛稽古」が終わりまして、一回家に戻って。
夕方からは、市剣連の新年会に参加しました。
その話は、次に…。


最後に、本日の一枚です。

12/1 16:12 大原富士宮ビガークラブより。
富士山の色といい、笠雲の感じといい、「天使の輪」みたいですね(^^)
IMG_8581.JPG
※この写真は、富士五湖テレビの「富士山ライブカメラ」からのものです。

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2020年01月13日

母だけの剣道日誌(161)元立ちはSG先生。新年恒例「二十人掛稽古」(前編)SG先生の「準備」とは

当市では、毎年新年の行事として「二十人掛稽古」というのがあります。
昨年は、当会のメイン指導のSN先生が元立ちでした。
母だけの剣道日誌(24)「二十人掛稽古」で、SN先生の凄さを見た!(前編)足のケガ…大丈夫でしょうか?
母だけの剣道日誌(25)「二十人掛稽古」で、SN先生の凄さを見た!(後編)「切れてから」が強かった!

そして今年は…、やはり当会の「壮年剣士」SG先生が元立ちに指名されていました。

昨年SN先生に掛かれなかったので、今年こそはかかりましょうね!と、以前からIZさんと二人で言っていたのです。

SG先生は、私のブログにはしょっちゅう登場していますが…65歳という年齢でありながら、稽古の出席率は先生の中ではNo.1ですし、学校の部活の指導も含めたら週5日稽古しているというツワモノです。体格も大きくて、防具は特注サイズだと言っていました。

とはいえ、決して若くはないわけですし、蹲踞はいつも中腰です(それ以上しゃがむのはキツイらしいです)。
稽古の時も、一本打ったらちょっと休んでから次…というような感じのことが多いです。
普通、二十人掛稽古の元立ちに指名されたら、せめて数か月前から体力作りに取り組んだほうがいい…と言われていますが、SG先生はそれに向けたことは12月まで、特にしていなかったようでした。

SG先生がやったことといえば、お正月に食べ過ぎないようにして、二十人掛稽古の2週間前からウォーキングをしていたこと…くらいらしいです。それで、体重は2キロ落ちたそうですが…、


あと、12月の中旬頃に、N先生が「模擬二十人掛稽古」として、SG先生を元立ち、その時の稽古にいる人を全員掛り手として稽古をしたことがありました。本番と同じく、何本取っても、1試合は3分間必ず続けるというやり方です。
この時は、全部で10人くらいの人がかかりましたが…
その時、N先生は掛かり手にも「休ませるな!」と言い続け、SG先生にも「ダメダメ、休んじゃ!」と言って、打った後にもすぐに構えさせるように檄を入れていました。

普通の稽古や試合だったら、しっかり中心を取って、入ると思う時だけ打ちなさい、無駄打ちはしない、という方針のN先生ですが…この時はまるでかかり稽古のように、打ったらまたすぐ打つ、というようなことを推奨されたのです。
だから、これは普通の試合ではなく、そういうものだと理解しまして…、私はとにかくガンガン打ちに行こうと思っていました(笑)

この「模擬二十人掛稽古」の時は、SG先生はけっこうきつそうでした。
10人でこんなにきつそうなら、20人もやって大丈夫なのかな?とちょっと心配でしたが…。
実はその後、SG先生はN先生から「体力を持たせる秘策」を授かったのだそうです。

それは、「足を置く(前後の)間隔を狭くして立つ」ということでした。
ふだんだったら、前の右足と後ろの左足は、ある程度の間を空けて立っているわけですが…それを極端に狭めてもいいと。そうすると前に飛ぶことはできないけれど、足が疲れにくいのだとか。
1月の稽古では、SG先生は稽古の時もそれを試していたようでした。


さて、いよいよ二十人掛稽古の当日…
その日は二十人掛稽古の前に「合同稽古会」が開かれることになっていました。

私はこの「合同稽古会」というのは、今まで1回しか参加したことがありませんでした。というのも、七段の先生が元立ちで、ひたすらそれに掛かっていくというものなので…、私程度の実力で(基本も怪しいようなレベルで)そういう稽古をやる意味は、あんまりないんじゃないかと思っていたからです。

私が参加した1回というのは、たまたま当会の稽古場所を、合同稽古会の会場として使うことになっていた時です。
今年は武道館が改修中だったので、合同稽古会を各剣友会の稽古場所でやるようになっていたから…さすがにこの時は参加しないわけにはいかなかったのです。でも、すごく暑い夏の日だったので、参加者はほとんどいなくて…、いつもとはだいぶ様子が違ったようでしたが。

二十人掛の前の合同稽古会は、かなり参加者が多くて…、しかも勝手がわからなかったので、待ち時間のほうが圧倒的に長くて、ほとんど稽古できなかったのです。かかりたい先生がいたのですけど、待っててもいつまでも空かなかったのです(^^;
寒い日でもあったので、もっと体を動かしたかったし、稽古したかったのですけどね…。素振りや準備運動すらなかったので、ほとんど、汗をかきませんでした(^^;

その時たまたま空いていた、全く知らない先生にもかかったのですが、とても丁寧に教えていただけました。右手打ちになってしまっていると注意されて、面を何度も打たせてもらいました。
それでしっかり覚えていただいたようで、その後の新年会でもお話ができたので、微妙に人脈が広がってよかったかな、と思いましたが(笑)


そしていよいよ、二十人掛稽古ですが…。
元立ちは、当会のSG先生と、もうひとり、KB剣友会のOKさんという方でした。


KB剣友会って…実は、私の「憧れの先輩」K郎君のいる会でもあったのですが、この日もK郎君が来ていたんですよね!
K郎君は警察の時に一緒に稽古していた子で、当時中学生でしたが、まだ剣道を始めたばかりだった私にとっては、先輩って感じなのですよ。

もう大学生なので、すっかり「青年」って感じになってましたけどね。以前はすごく細かったのですが、少しがっちりしたかも?ひさしぶりに見られて嬉しかったです♪
2年前にK郎君に会った時の話はこちら
母と子の剣道日誌(157)憧れの先輩?に2年ぶりに再会!

ただ、彼の試合と私の試合が同時進行だったので、K郎君の試合が見られなかったのは、ちょっと残念でした…、


二十人掛稽古の前に、合同稽古会に参加している人の中から、市剣連の方が掛かる人を選んでいたのですが…

昨年は掛かる人が足りなくて、当会の人に電話をしたりしてかき集めていたのですが、今年は「ぜひSG先生にかかりたい」という人が多かったようで…、合同稽古会に参加した人が多かったようです。

SG先生は、すごくよくしゃべる、とても愛嬌のある方なんです。ちょっと冗談を言いすぎなところもあるのですが、それが許されちゃうタイプで、SZ先生ともちょっと似ている「天然系」なのです。(笑)
あちこちの稽古会にも参加していて顔が広いし、SG先生はやっぱり人望があるんだな〜と思いました。

当会から参加していた人は全員、SG先生にかかることになっていました。
私と、「ママ先生」IZさん、「サイクラー」SZさん、「アスリート」HSさん、メイン指導のSN先生の5人でした。
「理想の上司」ENさんも掛かる予定だったのですが、風邪で来られなかったのでした…。


私が三段審査前にほぼ毎週お邪魔していた、TS会のYB先生とNM先生も、SG先生に掛かりたくて来ていたようなのですけど…、なぜかKB会のOKさんの掛り手のほうに振り分けられてしまったらしく、後で「SG先生をいじめたかった」とブーブー文句を言っていました(笑)
(段位が分散するように、掛かり手を振り分けているようでしたね…)

私はなんと、先鋒(1番目)にされてしまいました!
若手でもないのに、なんで先鋒?と思いましたけど(笑)
私程度が、ウォーミングアップの相手にはちょうどよかったってことなんでしょうか…、(笑)


というところで、次回に続きます!


最後に、本日の一枚です。

数日前に撮影した川の風景です。雲の広がりが綺麗でした。
IMG_8623_1.JPG


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2020年01月07日

母だけの剣道日誌(160)IZさんの幼児指導から学んだこと。

ビミョーにご無沙汰しています〜。

昨年の剣道のまとめを書くといいながら、まだ書いていませんが…、(汗)
とりあえず、先日の日曜日の、当会の稽古はじめのことを書こうと思います。

この日は、ずっと体調が悪くて休んでいた「ママ先生」IZさんがひさしぶりに出てきていまして…。
この日に来ていた、年長さん男子ふたりの指導をしたのです。新しく入会したYTくんと、「フリーダム」HKくんです。

最初の準備体操、素振りの時から、IZさんは幼児ふたりについて、いろいろ指導していたのですが…
私はそれを後ろから「観察」することにしました


HKくんは、もう入ってから2年くらい経つので、基本的な動作はまあまあできています。
よく間違ったりもしていますが、指摘してあげて、思い出せばできるのです。だからたまに声をかけてあげる程度でいいのですが…

YTくんは、稽古に来るのは体験含めて3回目ですから「前進後退素振り」みたいな基本的なことも、まだ全然できていません。右足を前に出して立つ、ということですら、まだ言われないとできないような感じです。


IZさんは、YTくんがみんなに合わせてやるのは無理だと判断したのでしょう。
みんなは素振りをしていましたが、YTくんにはその場で、足の運び方だけを教えていました。

幼児に「右、左」と教えてもわかりづらいからなのか、右足を「1の足」、左足を「2の足」というように教えていて。
前進後退素振りの足を「1、2、2、1」と言いながら、やらせていました。なるほどなと思いましたね。

そして、稽古が終わった後に、HKくんのお父さん(剣道経験者)に、
「今日、足運びはあと少しというところまでできていたんですが、この足運びができるとだいぶ違うので、家で少し練習させるといいと思います」
と、お願いをしていました。
なるほど、そういうことを家族に頼むのも手なのか…、と思いましたね。


素振りが終わって、次は体の横に竹刀を構えた人が一列に並んでの打ち込みです。
大人は竹刀を持つのと、打つのを交代しながらやっていたのですが、幼児と中学男子TH君は、ずっと「打つ」ほうでした。
最初は「面だけ」で、次に「小手、面」→「小手、面、(最後に)胴」とやっていきました。

幼児には細かいことをさせるのは無理なので、
「打つ時に声を出す」「上に振りかぶってから打つ」
だけを意識させてやらせていました。
HKくんは、最初はななめに振りかぶって打っていたので、「上からだよ!」と声をかけて、直させながらやっていました。
でも多少崩れていても、元気よくできたら「いいね!」とほめたりしていました。


それが終わって…いよいよ、幼児は幼児だけの指導です。
IZさんは、ふたりを呼んで、まず自己紹介をしていました。
YTくんはIZさんと初対面だったし、HKくんは前からいるのでもちろん知っているのですが…、IZさんのことはただ「先生」と呼んでいただけで、名前を知らなかったようです。

IZさんは、最初は名字を言ったのですが、幼児には呼びづらそうだと感じたのか、
「わたしのことは、マキ先生(下の名前、仮名)って呼んでください」
と、ふたりに言っていました。

それを聞いたHKくんが
「こっちの先生はなんていうの?」
と、私のことを指して言ったのです。

IZさんはそれを聞いて「えっ?」と言う表情をしました。
それから一瞬の間があってから、それが私のことだと気づいたようです(笑)。
いままで私は「先生」じゃなかったですからね(笑)。

「私は、”はな先生”(これも仮名ですが)って呼んでください」
と言って…、
そうか、私も先生なのかあ…、なんか、くすぐったいな、でもちょっと嬉しいな、と思いました。

まだ私は「卵になりたて」くらいの新米先生ですが、いい意味で「先生」の自覚を持っていこう、でも「先生という立場」に奢らないように気を付けていかなければ…、と思いました。


この日は、IZさんが主体で教えて、私はそれを子供と一緒にやりながら教える、みたいな感じでやりました。
今までは、私も稽古の合間にちらちら見てはいたのですが…
自分が実際に教える立場ではなかったから、「どういう稽古をさせているのか」は見ていたけれども、「どうすれば子供に言うことを聞かせられるか」という観点では見ていなかったのですよね。

だからこの日は、主にそこに気を付けながら一緒に稽古をしていたのですが、IZさんは本当に「ツボ」を押さえているんだなと感心しました。
ふたりとも「落ち着きのない系の幼児」なので、ただ指示してその通りやらせる…、というのは、けっこう難しいのです。
この日は「すり足の練習」だけをやったのですが…二人とも、人の話を聞いていなかったり、途中から違うことをはじめてしまったり。
IZさんは、そういう、子供たちが言うことを聞かない時にどうしているのか?というと…。


@まず一番最初に、きちんと約束をさせていました。
「先生が名前を呼んだ時と、何かをやりなさい、と言った時には”はい”と返事をすること」と。
その指示自体にもきちんと「はい!」と言わせているのも(言うまでは促す)なるほどなと思いました。

A子供と話す時は、基本的に子供の目線になるようしゃがんで目を見て話す。

B指示や約束を守れていない時は、ただ口で注意するだけでなく、子供のそばに言って、きちんと目を見ながら、落ち着いてもう一度指示の内容を話して、「はい」と返事をさせる。

C言ったことができた時には、すぐにたくさんほめる。(犬のしつけみたいですね(笑))
IZさんは、ほめるときになでるとかのスキンシップもよくしていました。

Dいっぺんにたくさんのことを覚えさせるのは無理なので、やるべきことをスモールステップに分けて、ひとつずつクリアさせるようにする。
例えば、素振りなら足だけ覚えさせてから、手を覚えさせる。
すり足なら、「右足が前」ということだけをまず守らせる、というような。

E幼児は長時間は集中力が続かないので、稽古内容に飽きはじめたら「あと何回やったら終わりにするから」と区切りをつけて、そこまではきちんとやらせる。

F最後の黙想や礼の時に、幼児がふたりで笑ってしまってなかなかできなかったのですが、「礼をきちんとするまで、終わりにしません」と断言して、やらせていました。


なるほど…、幼児たちがきちんと指示に従うのは、こういう工夫がいろいろあってこそなのですね。IZさんはこれを自然に身に着けてきたのか、いろいろ考えた結果なのかは知りませんが…、
本当に学ぶべきところが多いと思いましたし、私も、こうやって子供たちに教えられたらいいなあ、と思いました。
IZさんのいいところをしっかり吸収して、自分でもできるようになりたいものです。


子供たちと一緒に稽古していると、子供の奇想天外な言動に笑ってしまうことも多いのですが…子供を教えるのは、そういうのも楽しいのですよね(笑)。


最後に、本日の一枚です。

1月3日に、高尾山(紅葉台)に娘と登って富士山を拝んできました♪
さすがお正月だけあって、富士山がよく見えましたよ!残念ながら紅葉台のお茶屋さんは休みでしたが…、
IMG_8599_1.JPG
3か月ぶりくらいの登山だったのですが、娘が足が痛いと言っていたのでリフトを使ったのにも関わらず、私もわりと疲れてしまいました…、
高尾山ごときでこんなに疲れてしまうとは…もう少し定期的に山登りしないとダメですねえ〜。

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posted by はなずきん at 15:32 | Comment(0) | 母だけの剣道2(四段に向かって) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする