2018年02月24日

母と子の剣道日誌(294)習ってから、慣れろ。(後編)

母と子の剣道日誌(293)習ってから、慣れろ。(中編) より続いています。


「慣れるのが大事」というのは、剣道に限ったことではないでしょう。

しかし、剣道は礼儀作法や着装だけでも覚えることがかなり多いうえに、動きにしてもやや特殊なので、他のスポーツよりも「ある程度の線」に行くまでに時間がかかるものではないかと思います。
それだけ、他のスポーツよりもさらに「慣れること」を要求されるものであるのではないでしょうか。



私は、剣道も、上手いほうとはまったく言えません。
もともとの身体的能力もさほどではないし、運動経験も少ないし、反射的に体を動かすのが得意なほうではないのです。

剣道を始めた当初は、自分で想像していた以上に、自分が「下手」で「思うように動けない」ということに、本当に愕然としたものです。

剣道を始めようと考えていた時は「頭を使えば、身体的に弱い部分も多少は補えるのでは…」とか甘いことを考えていたのですが(笑)”あるレベル以上の動きができなければ、足りない部分を補えるどころではない”、ということは、剣道を初めてから痛感しました。

それでも、私は剣道が本当に楽しかったので、多少でも上手くなれるのなら、毎日稽古したっていい…とさえ思いましたが…

しかし、上手くなるために特訓をしようにも、自分の体の構造に限界があり(骨格や腱が私はさほど丈夫ではないようです)、ある程度以上の強度や頻度で運動をするのは無理だろうということもわかってきました。
あまりがんばりすぎると、どこかがおかしくなってしまうのです。


だから、私にできるのは
「週2回の稽古に休まず行くこと」
「家でのほどほどの筋トレ」
「心肺能力強化のための、家での週2回くらいのランニングと素振り」
「ふだんの生活の中でたまにダッシュしたり、階段をかけ登ったりする」
…くらいのことなのです。

これに多少のプラスくらいなら大丈夫なのですが、恒常的に強度や頻度を上げすぎるとかえって良くないということは経験上わかってきました。
やりすぎると、どこかが痛くなったり、疲れが取れなかったりするのです。


だから、私はとにかく…稽古にはできる限り休まないで出よう、と思いました。
「週2回」という頻度での繰り返しが、自分にはちょうどいいペースでの練習ではないかと思いました。




私が剣道を始めた当初はそもそも「きちんとした知識もなかった」わけですが…稽古の積み重ねの中でいろんな知識を身に付けてきました。
実際にできるかどうかはともかく、当会の大人の生徒の中で、N先生の話を一番たくさん聞いているのは私ではないかと思います。
身体的な呑み込みの悪い私は、「頭ではわかっているけど、やろうとしてもできない」ことは、たくさんありますが…


それをひたすら、毎回の稽古の中で
「手の握り方はこうだった」「足の構えはこう、重心のかけ方はこう」「背筋を伸ばして丸まらないように」「打った時の手の形はこう」「立会いの時に力が入り過ぎないように」
などなど、先生や仲間に言われたこと、注意された事を気を付けて稽古しながら、ここまできました。


もちろん、まだまだ、できていない事のほうが多いのですが…
なにせ、試合で「一本」が取れることもほとんどないくらいですから、私はまだ「独り立ちできた」とは言えないようなレベルです。

それでも、できることは少しずつ増えてきました。

前は相手の動きにつられて手元が浮くことも多かったですが、今はそう簡単には構えを崩さないようにできるようになりました。
めちゃくちゃ力が入っていた体も、以前に比べれば力が抜けて”少しは”余裕が出てきたと思います。
(まだ、固いと言われますけど…)



剣道を始めた頃の私が、今の私を見たら、きっとびっくりするでしょうね。
目を覆いたくなるような”ど下手”だった私が、今はいちおう剣道らしい事ができるようになってはきたのですから。


でも、今はまだ、打つ前にも「今、打っていいのか?」とか「こういう時はどれを打つべきなのだろうか」とか、考えてからでないと打てないのですが…

これを繰り返していれば、いつか
「あっ、今はこれを打とう!」
なんて、とっさに”感覚的に”打ったりすることができるようになる…のでしょうか。



私が「経験者からでも、たまには一本を取れたりする」ようになるとは、今は全く想像もできませんが…
これも「慣れ」ると、できるようになるのでしょうか。
っていうか、それができるようにならないと、三段は取れない気がするのですが…(笑)



でも「絶対上手くならないだろう」と思っていた車庫入れも、できるようになったのですから…
私もひたすら稽古を重ねていけば、もうちょっと”感覚的に”できるようになるのかもしれない…と思っています。


「上手くなる裏ワザ」なんて、ないのです。
やるべきことは「きちんと理論を習い、それができるまで何度でも実践すること」ではないかと思います。
私が技術を身に付けるのは、人よりは時間も回数もかかるでしょうけれども。



長年できなかった車庫入れがスムーズにできるようになった、という事実は、私に自信を与えてくれました。
「絶対にできない」かどうかなんて、続けてやってみなければわからないのだと。



「続けていれば、苦手だったこと、できなかったこともできるようになることがある」
という経験が、私にとって多少の「希望」になっているのかもしれません。


まあ、そんな自信がなくても、剣道は本当に好きだから…続けますけどね!(笑)



ところで、今回のブログのタイトルは…
もちろん「習うより、慣れろ」ということわざから来ています。

「習うより慣れろ」の意味は
人や本などから知識として教わるよりも、実際に自分が経験を重ねた方が上達が早い、あるいは早く覚えられる、しっかりと身に付くという意味です。
(※ことわざ・慣用句の百科事典より引用)


確かに「慣れる」ことが一番大事ではあるのですが、私はやっぱり先に必要なのは「習うこと」だと思ったので…
「習ってから、慣れろ」というタイトルにしたのです。

自己流でひたすらやっていてもある程度のことは身に着くのかもしれませんが、技術を身に付けるためには遠回りではないかと思います。
特に、体力が下り坂であり、稽古もたくさんはできない大人は、そこで無駄な時間を使っていてはいけないのです。

特に、剣道のような「無駄をそぎ落としていく」ことが必要なものは…
やっぱり「形から入る」ほうがいいのかなと思っています。


「習ってから、慣れろ。」の話は、これで終わりです。


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2018年02月23日

母と子の剣道日誌(293)習ってから、慣れろ。(中編)

母と子の剣道日誌(292)習ってから、慣れろ。(前編) より続いています。


私が車庫入れが上達したのは、警察の稽古に車で通う前に、JAFの車庫入れ講習会に参加したことのおかげも多分にあったと思います。
「まず車をどのへんに停めればいいのか。どこを見て、どのようにハンドルを操作するか」という理屈はその時にわかりましたから。
もちろん、車庫入れについては免許を取る時にも習ったのですが、そんなに丁寧にはやりませんでしたからね。


ただ、JAFでやり方を習った後も、すぐには上手にはなりませんでした。
しばらくの間は、そのやり方を思い出しながら、一生懸命考えてやらないと、うまく停められませんでした。

だから、一般的な駐車場ならいいのですが…
普通のバック駐車ができないような”ちょっと難しい駐車スペース”だと応用ができず、お手上げでした。

「せっかく習ったけど、私には車庫入れはそんなに上手にはできないままなんだろうな」
と思っていました。


それが「剣道通い」のおかげで、嫌が応でも、週2回の車庫入れをせざるを得なくなったのですが、最初のうちは「嫌だなあ」「上手くいかないなあ」って思いながらやっていたはずです。


でも、その間は特に「技術を向上させよう」と思っていたわけではないのに…
続けているうちに、いつのまにか…苦も無くできるようになっていたのです。



それまでは…
私は、一生、車庫入れは下手なままなんだろうと…思っていました。

だって、それまでも、そこそこ運転はしていたのに全然上手くならなかったのですから。

しかし、それまでより頻度を高く、しかも継続してやったことで、できるようになったのです。
28年間もできなかったことが、ですよ。



これは、私にとって衝撃的なことでした。


「絶対に苦手だろう」と思いこんでいたことが、さほど意識して努力したわけでもないのに、続けていたというだけでできるようになった…

「慣れ」ってスゴイなあ、と思ったのです。



そして、剣道の上達のために必要なのも…
「習うこと」と「慣れ」
かなあ、と思うのです。




私が車庫入れが上手になった経験から思うに

「まずは、正しい理論とやり方を習うこと」
が一番大事だと思います。

自己流で変な癖をつける前に、どうすべきなのかを理解しておくことです。
そして、次に必要なのは…

「間隔をあまりおかず、繰り返し練習すること」

なのでしょうね。
私はそれまで飛び飛びとはいえ28年間も運転をしていたのに、その間は車庫入れはさっぱり上手くならなかったのですから。

もちろん、上手くなろうと意識していたほうがより早く上達はするでしょうけれども…
私の場合は、ただ習った通りに車庫入れの作業を繰り返していただけで、いつの間にか車両感覚が身についていました。

以前は、まず最初に車を停める位置からして、よくわかっていませんでした。
家の車庫だったら、いつも同じ場所に同じものがあるので、同じ手順でやればいいわけですが…

停めたことのない場所に停める時など
「このあたりに停めて、周囲にぶつけず上手く入れられるんだろうか?」
と常に自信がなくて、実際あまり上手くいかず、何度も切り返したりすることも多かったのです。


しかし今は、あまり深く考えなくても
「まずこのあたりに車を停めればいいだろう」
「このくらいまでは車を寄せてもぶつからない」
ということが、”感覚的に”わかるようになったのです。



(続く)


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2018年02月20日

母と子の剣道日誌(292)習ってから、慣れろ。(前編)

今回の内容は、剣道とつながっているのですが、ちょっと違う方向からの話です。


私が車の免許を取ったのは、18歳の時です。
実はその前に「中型」(400ccまでのバイク)の免許を取っていましたが…

でも、中型バイクに乗りたくて取った、というわけではなく…
家にあった原付に乗るために原付免許を取ろうとしたら、父が
「どうせなら原付じゃなくてバイクの免許を取りなさい」
と言ったので…それで取っただけなのです。

でも免許を取ったら中型に乗りたくなり、結局買って乗っていたのですが、バイクの盗難にあって以降、乗らなくなってしまいました…。


まあ、それはさておき、
車の免許を18歳になった時に取りまして。
私は兄がふたりいますが、兄弟3人で車を1台購入して共用していました。
三菱の「コルディア」という、ややスポーツタイプの車でしたが、めちゃくちゃステアリングが重くて、止まっている時にハンドルを切るのにものすごい力のいる車でした。
「パワーステアリング」じゃなくて「パワーのいるステアリング」だ、とみんなで笑っていたほどです。


私は、運転は特に上手いほうでもなく、すごく下手なほうでもなく、まあ女性としては「普通」だったと思います。
バイクに乗っていたので道もある程度はわかっていましたし、ギヤチェンジにも慣れていましたし、ただ公道を走るだけなら楽しくて好きでした。
当時大学生だった主人が免許を取る前は、私の運転でドライブに出かけたりしていました。


ただ…私は”車両感覚”が鈍くて、車庫入れはず〜っと下手だったのです。


安全運転を心がけているので、対人や対車の事故を起こしたことはありませんが、壁やら電柱に車を擦ったことは何度かあります。
どうして他のドライバーは、自分から見えない部分に、車体があるかどうかがわかるのか、私には不思議でした。


そして…
私は28歳の時に結婚しましたが、しばらくは車は持っていませんでした。駅のすぐ近くのマンションにいたので車は必要なかったし、車を維持するお金ももったいなかったからです。

しかし、長男が生まれて、引っ越して、車を持つ必要性に迫られ…中古で車を購入したのです。
しかしその頃は運転は主に主人がしていました。私は走行中に子供の面倒も見なければなりませんでしたし。
たま〜に、私が運転せざるを得ない時もありましたが、やっぱり車両感覚はつかめないままでした。

そして今の家に引っ越してきて、次男が生まれ、長女を妊娠して…
それまで持っていた車では、家族5人乗るのは無理なので、車を買い替えました。今でも乗っている「シエンタ」です。
子供が大きくなってきたら私が運転する機会は増えて、運転の感覚は取り戻しましたが、やっぱり車庫入れはそんなに上手くもなりませんで…

自宅以外の駐車場に車を入れる時はいつも、戦々恐々としていたものです。


「これではイカン」と思い、その頃にJAFの「車庫入れ講習会」に行ってきて、車庫入れの理屈はわかるようになりましたが…
それでも、だいぶ考えながらでないとできないので、他の車が後ろで待っている時など、急がなければならないような時には「無理」と思ってあきらめて別の場所に停めたりしていました。


そんな私の、運転技術に転機が訪れたのは…

”子供が警察で剣道を習うようになってから”のことでした。



それまでは、せいぜい2〜3週間に1度程度しか運転をしていなかったのですが、子供が剣道に行くようになったので、週2回、車で必ず家と警察署の往復をするようになりました。
運転している時間は片道15分くらいでしたが、車庫入れは稽古1回につき2回(警察署と家に帰ってから)やらなければならなくなったわけです。


だからといって、「車庫入れをがんばらなければ!」と意識していたわけではありません。
ただ、週2回の稽古に休まず、必ず車で行っていただけです。
運転については、私は特に何も意識はしていませんでした。


子供が警察で剣道を始めて、半年くらい経った頃でしょうか。
…ふと、気づいたのです。



私が車庫入れをすることに、もはや苦労をしていない…
ということに!




免許を18歳に取ってから、この時まで、実に27年の月日が経っていました。
その間、そこそこ運転はしていたのに、車庫入れは全然上手くならなかったのですが…


わずか半年の間、週2回の運転を繰り返していただけで、いつの間にかそれが身についていたのです!


それ以来、車庫入れは私にとって怖いものではなくなりました。
前は隣の車との間隔が狭い駐車場に停めるのは自信がなくて、入れる時にヒヤヒヤしていましたが…
今は後ろに車が待っていても、焦ることもなくなりました。
普通の駐車場であれば一発で入れることができるようになったからです。


まあ、今でも気を抜くと「あれ、なんでこんなにずれたかな」という事もありますが…(笑)
(むしろ、入れるスペースの隣に車がいない時のほうがずれやすいですね。目測がつきづらくて)
以前の私と比べたら、車庫入れの技術は「雲泥の差」です。


こうなってみると
「なんであんなに車両感覚がわからなかったのか」
が、わかりません(笑)



車両感覚というのは空間認識能力を使うので、一般的には男性のほうが女性よりも身に付けやすいようです。
男性と女性では脳の構造が違い、男性のほうが遠くのものを認識しやすく、立体的に物を見るのが得意なのだそうです。(もちろん、個人差があります)
車の運転も、男性のほうが上手い人が多いですよね。

一般的に、女性は車庫入れが苦手な人が多いのではないでしょうか。
私は女性ですから、やはりあまり「空間認識能力」は高くないようです。

しかし、苦手でも訓練によってある程度はできるようになる…わけです。



以前の私は、車庫入れをするための「知識と、経験が足りなかった」のでしょうね…、



(続く)


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2018年02月17日

母と子の剣道日誌(291)私の「剣風」の変化(後編)

母と子の剣道日誌(290)私の「剣風」の変化(前編) より続いています。


もちろん、試合や地稽古で
”当てられない”
”一本にならない”
のは、私の打つタイミングだけでなく、動きの問題も多分にあります。



以前は、なんで自分の打ちは当たらないのか、当たっても一本にならないのか、自分ではわかりませんでした。
いろんな方に「何がいけなくて当たらないのか」を聞いてみたところ…


私は以前、打つ前に右手を起こして竹刀を手前に引きつけてしまう癖がありました。
それだと”打ちが遅くなる”と言われ、1年間かけてそれをなんとか直したのですが…
基本打ちの時はおおむね「引きつけない」ようにできていたのですが、地稽古や試合となると「先に打たなければ」と思うあまり力が入っていたのか、その癖が出てしまっていたのです。
そのせいで「振りが遅くなり」当たらない、というのがまず一因。

また、右足での踏み込みも、基本打ちの時はできていても、地稽古や試合となるとできていなくて…
打つ時に「手だけで打って」いて、体が前に出ていませんでした。
だから打った時の形もキレイではなく、それで「当たっても一本にならなかった」ようです。

それと、打つべき時に”左足に重心がかかっていない”ことがあるので、いざ打とうと思った時にすぐ出られません。
打とうと思っても重心移動をしている間に一瞬遅れてしまい、相手に先に打たれてしまうのです。


だから、最近の稽古ではそれを意識するようにしていて、
「まずは自分の体勢を整えてから間合いに入るように」しています。

「右手メイン竹刀を操作せず、左手で打つ感覚で」
「間合いに入った時には常に左足に重心をかけて、すぐに打てるように」

ということを自分に言い聞かせながら稽古しています。
それでも、意識すること自体をうっかり忘れてしまったり、やろうと思っていても上手くできないことも多いですが。




N先生は「相手が打ちにくるまで、いくらでも待ちなさい」と言います。

「しびれを切らして動いたほうが負けです。
相手が起こったところをすかさず打ちなさい」
と。

私は、相手が打つのを待っているといつまでも来ないことが多いので、つい自分が打ちに行ってしまっていたのですが…
それではダメだと言われました。

「相手が動かないのなら、攻めて動かすんですよ。
たとえば、少し右足を前に出すとか。
こちらの竹刀で、相手の竹刀をちょっと抑えるとか」

(抑え方のコツなどもいろいろ教えてくださっているのですが、細かいので省略します)


今は私がそれを実践しても、なかなかその「攻め」は通用しないのですが…
でも、「どうすれば攻めになるんだろう」というのを、考えながら稽古しているのです。
それで、なかなか打ちに行けない、ことがあるのですけれども。



私はまだまだ「相手の空いている部分や、いついた瞬間をさっと判断して打ちに行ける」ほど、カンも運動神経も良くありません。
子供の頃にやっていた方や、運動神経のいい方はそうできるのかもしれませんが…

それでも、前よりは多少は相手に当てられるようになってきたので、今は”とにかく前に出て打っていく”ような時期ではなくて…
打つ前にじっくり「考えてやるべき時」なのだと思っています。




しかし、私が思うに…
子供の頃にやっていた方や、大人スタートでも運動神経が良くて順調に上達してきた人は…わりと「感覚でやってきていて」、それでも相手に当てることができてきたのではないかと思います。

「打たれるのが怖くて打っていけないのでは」というような注意は
「感覚で上達してきた方」から言われることが多い…ような気がしています。


そういう方は「自分から打って行く」ことで技術を身に付けてきたのではないかと…。


しかし、鈍い私には「まず体で覚える」ということは、なかなかできないのです。
理論を教わり、それを実践しても、すぐには体が動かないので、また考えながらその動きをして…と、何度も頭と体に交互にフィードバックをしないとなかなか身に付きません。

私もその動作に慣れてくれば「考えなくても動ける」ようになるのですが…
そこに到達するまでにけっこう、時間(回数)がかかるのです。

「感覚で上達してきた方」には、私のような
いろいろ考えてからでないと体を動かすことができない
タイプの人のことは、なかなかわからないのではないか…と感じることが良くあります。



私みたいに「かなりやらないと上達しない」のに、この年で剣道を一生懸命やっている人、というのはあまりいないような気がします。
私が思うに、大人で剣道を続けている人は「子供の頃に感覚を身に付けていた」か「大人スタートでも、運動経験があるか、センスがもともと良かった」のだろう、と思われる人がほとんどです。


センスがないような人は、なかなかずっと続ける気にはなれないでしょう。子供が一緒にいる時にはやっていても、子供がやらなくなったらやめてしまう人が多いのではないでしょうか。
私だって、ここまで剣道が好きにならなかったら、自分の上達の遅さに嫌気がさして、とっくにやめていただろうと思われます。
でも、好きになりすぎたおかげで、自分が下手なほうだということがわかってからも、やめられなかったのです(笑)。

センスがない人は、そうやって淘汰されていくので…(笑)
私みたいな”頭でだいぶ考えて、相当稽古を重ねないと覚えられない”タイプは、大人で剣道をやっている人の中では少数派ではないでしょうか。
だから”感覚でつかんできた”多数派の人たちには、あまり理解してもらえないような気がしています。



もちろん、感覚でつかんできた方の中でも、私のようなタイプを理解して教えてくれる方もいます。
そういう方は、教えた経験が豊富で、運動神経の鈍い人をどうやって上達させるかの方法を知っています。


当会の大人担当のN先生は、高校から剣道を始めたそうです。
剣道部が強い高校だったので、周囲が、剣道推薦で入ってきた、小さい頃から剣道をしているような子ばかりの中で、初心者からスタートして強くなってきたわけで…
「感覚だけ」ではなく、強くなる方法を考えてきたのではないでしょうか。

N先生は体育の教師でもありましたから、運動があまりできない子も見てきているでしょうし、そういう子にどう教えたらいいかという経験もあるでしょう。
だから、N先生が教える内容を実践することが、私の身になるのではないかと。



今はまだそれが、私の結果に結びついてはいないのですが…
(ここでいう”結果”は、一本が取れるようになること、です)
現在は、その途上にいる…のでしょう(たぶん)。



ただ「自分から打って行く」だけなら、いくらでもできます。
しかし、今の私に必要なのはそれではない気がします。

もちろん、あまりに考えすぎて全く打てないのでは良くありませんが、今はまだ「考える時間が長くなってしまう」のは仕方ないかなと思っています。
相手によって違う反応に対して「どうしていけばいいのか」も、まだよくわかっていないのですから。
それはもっともっと、経験を積んでいかなければ身につかないことなのではないでしょうか。


私が身に付けていくべきことは「攻める気持ち」よりも「技術」そして「経験」だと思っています。
技術が身についていないのに気持ちだけあっても、どうしようもない、ですから。


以前の「とにかく先に打って行く」剣風は、今の私にはありません。
そして今現在は、一本が取れる技術をつけるための試行錯誤の最中ですので「剣風」と言えるものはまだない…のです。



「仮免許練習中につき、スローな運転をお許し下さい」
といったところでしょうか(笑)



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2018年02月15日

母と子の剣道日誌(290)私の「剣風」の変化(前編)

先日「母と子の剣道日誌(288)打たれるのは全然、怖くないのです。」 を書いた時に…

「打ちに行けないのは、気持ちが負けているからではないか?」
という、コメントをいただきました。


「負けて当たり前」などと書いたので、私にあまり闘志がないのでは、と感じられたのかな、と思ったのですが…私は「戦う気」はけっこう強いほうだと思います。

今でも、地稽古や試合の時の”気迫だけ”に限っていえば、たいていの相手には「負けてはいない」自信はあります。(勝ってはいないかもしれませんが(笑))
相手が強くても「萎縮してしまう」ということは、私にはほとんどないです。
むしろ、強い人と対峙するのは楽しいのですから。

ただ、強い相手には隙がほとんどないので
「どうすれば当てることができるのだろうか」
「どうやって攻めればいいのだろうか」
と考えていて、あまり打てないことはあります。

「負けて当たり前」と書いたのは、自分と相手の実力差を冷静に分析すればそうなるだろう、ということです。自分が勝てる可能性がゼロだと思っているわけではなく、戦う前から「負けてもいいや」と試合を投げているわけでもありません。




「なんとしても勝つ」とがむしゃらになっていると、多少の実力差がある程度の相手には勝てることはあるかもしれません。私も、まだ1級の頃に三段の方に試合で勝ったことがありますが…。
でも、実力差が大きい相手には気迫だけでは勝てませんし、以前よりは技術がついた今は、自分の姿勢や技を崩してまで「気迫だけで打っていく」ことには、あまり意味がないと思っています。


以前の私は、打ちたいという気持ちが強くて、力が入って崩れてしまっていたようです。
だから、その力を抜くことが、私の今の課題なのです。



私は以前は明らかに「自分から打って行く」タイプでした。
相手が強いとかほとんど気にせず、やたらと突っ込んで行っては打たれていました(笑)。
私がそういう剣風だったのは、私の「怖い物知らず」な性格のせいもありますが…

私が戦う時の性格はこんな感じなのです。
母と子の剣道日誌(205)夏だ!合宿へ!(その7)武蔵!小次郎!ゲーム


それだけではなく、私が最初に剣道を習った、警察の先生の影響が多分にありました。


「私が習った」と言っても、先生は子供に教えていただけで…
私は横でそれと同じようにやらせてもらい、先生が子供に教えるのを聞いて「そうなのか」と思ってやっていただけでした。
先生が、私に直接何かを教えてくれることは少なかったです。
特に、試合のやり方についてはほとんどアドバイスをもらったことはありませんでした。

だから、私の最初の剣風は
「警察の先生が、子供に教えていた内容」
を踏襲していたといっていいでしょう。


「とにかく前に出て、自分から打って行け」
「相手が打ってきてよける時は、竹刀は前に出せ。受けてかわすな」
「相手が間合いを詰めてきた時も、下がるな。下がると打たれるぞ」



今考えると、これは「小中学生に対する指導方針」だったのだな、と思います。
今の剣友会でも、子供に対しては同じような指導をしているからです。


子供の場合は「体で覚える」のがいいと言われます。
最初は理屈を教えるよりも、とにかく前に出て打っていかせて、その感覚を身に付ける。
子供には、理屈を教えてもあまり理解できませんし、体力も反射神経もありますから、そうやって覚えていくのでいいのでしょう。


しかし、大人は、それと全く同じではいけないのだ…
ということは、当会に来て、大人担当のN先生に習うようになってわかったことでした。


大人に対して教える時は「まず理論から」だとN先生は言います。
大人は理解力ももちろんありますし、体を動かして下手に癖がついてしまってから直すのは、大人だと非常に大変だからでしょう。
特に中年以降だと、体力も反射神経も子供ほどはありませんし、稽古できる回数も限られていますから、まずは「頭で理解してから体を動かすほうがいい」ということでした。



「不用意に間を詰めてはいけませんよ。
自分がいつでも打てる体勢にしてから、遠間から中心を取りながら間合いを詰め、きちんと打てる間合いになった時に竹刀で中心を取れたら打ちなさい」

「ここで打ったら当たる”だろう”という”だろう剣道”はダメです。
相手がなかなか崩れなくて中心が取れなくても、崩れるまで待ちます。
相手が焦ってきたら、”何かをして”攻めて崩して、そこを打つんです。
打てるという確信が取れる時だけ打ちなさい。無駄打ちはしないように。」

「やたらと竹刀を大きく動かすのは隙を作っているだけです。
相手の竹刀を抑えたり、すり上げたりする時もできるだけ竹刀を中心からそらさないようにすること。
相手が打ってくる動きを利用すれば、ほんの少しの動きでもきれいに一本が取れますよ。
また、打つ前や後に必要以上に竹刀が下がったり上がったりするのも無駄な動きです。
打った後はすぐに竹刀を戻して次に打てるような態勢を取りなさい。」



当会に移ってきた最初のうちは、今までの警察の先生の教えとは違う内容に、私はすぐには納得ができませんでした。


”これなら当たる”なんて事は私にはまだ全然わからないのだし、どんどん打って行ったほうがいいんじゃないのか、と思っていました。

前にも書いた通り、私は打たれることが全然気にならないので、常に自分から積極的に打つほうだったのです。


自分と互角とか、弱い相手ならば、「とにかく打っていけば」当たることはあります。
しかし、以前は一人だけいた「同期」の女性は(私より上手かったですが)引越しで1年前にいなくなってしまい…
それから私の稽古相手は、ほとんどが経験者の男性で、女性も「自分より確実に上手い人」ばかりでした。


「運動神経ほぼなし」の私が、私より経験が長い人にそうそう当てられるわけがありません。
最近は、試合や地稽古では、自分では「当たった」と思っていても、「気剣体が一致」していなかったようで、一本にはなりませんでした。


「自分から打ちに行く」と、自分のは当たらず、相手に打たれてしまう…
という状態が最近はずっと続いていたのです。
だから「ただ、自分から打ちに行く」だけのことを続けていても、自分の技術は向上しない気がしました。


アラフィフで初心者スタートの私が、子供や男性のように素早く動けるわけでもありませんから、やたらと無駄に打ちに行っていてはいけないのです。
N先生の言う通り「当たると思った時」に打ちに行くようにしないといけないのでは、と思いました。


でも「当たると思った時」なんて、それまで全然なかったのです。
だからまずは、それが見えるように…
あるいはその機会を自分から作れるようにならなければいけないのでは、と思ったのです。


その頃に、SZ先生から
「対峙している時に、相手から目をそらしてはいけない」
と教えられました。

私は打たれる時や、打った時に一瞬、視線をそらしてしまう癖があったのですが、SZ先生に言われるまでそこを意識していませんでした。それでは、きちんと当てられるわけがないですよね。


また、SZ先生からは
「自分で勝手に打ちに行くのではなく、相手が打ってくる、と思うまで待ちなさい」
と言われました。
「相手を良く見て、打ってくると思った時点(でもまだ、相手が動き始める前)に、自分から打つんです」と。

それを身に付けるために、SZ先生と対峙して、SZ先生が打つ時の「起こり」を狙って打つ…という稽古をやらされました。


その二つの点はそれ以降、意識して稽古するようになって…
以前よりは「相手が打ってくるタイミング」「相手を打つ時の部位」を見られるようになってきたのです。


(続く)


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